幻の王女4
私と公爵は、会場の隅に陣取って、事の次第を眺めることにした。
ここで公爵が目立ってはいけない。極力公爵の存在がそのお嬢さんの立場の箔付けに使われてはいけないのだ。私たちは傍観者。そういうことで。
だからマリリンが急いで私のところにきて、
「エレンティナ様、どうぞもっと前にいらしてくださいな。私の新しい家族にどうぞお言葉を」
などと言われても、
「ごめんなさい、ちょっと疲れたみたいで気分が……。私はここで休ませていただきますね」
と固辞した。
するともちろん公爵も、
「エレンティナ、それはいけない。もう帰ろうか?」
と心配そうにしてくれるので、そこでさすがのマリリンも「じゃあ公爵様だけでも」とも言えなかったらしく、
「まあ、それはいけませんわね。椅子をお持ちしましょうか?」
と、とにかく私たちを会場に留めるだけでよしとしたようだ。
ああ面倒くさい。
本当ならこの場で帰るべきなのかもしれないのだが、私が件の令嬢を見たいがために留まっていた。
オルセン男爵が噂の令嬢を保護したいきさつや、「大変珍しい形見のブローチ」をその令嬢が持っていたこと、そのブローチには驚くべき秘密があったことなどを蕩々と語っていた。
肝心なことはけっして言わないが、それでもそれが「王家につながる重要な証拠」であることを繰り返し暗に強調するオルセン男爵。
そしてその話がやっと終わったとき、とうとうその令嬢がお披露目されたのだった。
美しいドレスを身にまとって登場した令嬢は、とても美し……い?
その令嬢を見た私は、その瞬間、何か違和感を覚えたのだった。
黄金の……瞳?
いいえ、あれは、ただのシトリンの色。黄色いけれど、そこに私や他の「魔女」たちの本来の瞳が持つような強い輝きは感じられなかった。
では隠している? でもどうせ隠すなら、瞳の色を変えるものでは? 私のように。
普通の人ならば。
「魔女」の瞳を見たことのない人ならば、もしかしたら誤解するかもしれないほどの黄色い瞳。でも。
私は判断した。
あの人は、「魔女」ではない。
しかしそれは、私が「魔女」だからこそ、そして本物の「魔女」や「魔術師」と共に育っているからこそ見分けられることでもあった。
現に隣の公爵は、何の表情も浮かべずに、いつものクールと言えばクールなただの何を考えているのかわからない無表情で王女のことをただ見つめている。
しかしほどなくして、その私の結論は裏付けられた。
その令嬢をエスコートしていたオルセン男爵が、こほんと一つ咳をしたあとに言ったのだ。
「紹介しましょう。こちらが私が今回保護したマルガリータです。彼女はその昔『魔女』として追放されたために、この16年という長い歳月の間とても不幸な生活をしていました。しかし彼女が大変珍しい貴重な形見をそうとは知らずに持っていたお陰で、私は彼女がただの不幸な平民の女性ではないとわかったのです。このマルガリータを見つけ出し保護することができたことは大変に幸運でした。『魔女』だというのは誤解だった。私は方々の有識者にこの娘をみせ、そしてその誰もから『魔女』ではないと保証されたことをここで発表いたします!」
そして会場中がどよめきと拍手で満たされたのだった。それはよかった、めでたいと口にする貴族たちも多い。
もはや、今お披露目されている若い女性が本物の王女だと確信している人も多いようだ。
なにしろ、そういえば噂の庶子の王女の名前がたしかマルガリータだったのだから。
しかし私には他の人々とは違う気持ちがわき上がっていた。
「魔女」でなかったのがめでたいのか。
しかし、ならばなぜ、彼女は16年間もの間不遇な境遇のまま放っておかれたのか。
「魔女」か否かという判別だけなら、もっと前に出来たはずである。
そしてあの瞳を見れば魔力のないのが一目瞭然なのに、生まれたときになぜ「魔女」と判定されたのか。
たしかに一般の貴族ならば「魔女」の黄金の瞳を見たことのない人は多いのかもしれない。
しかし仮にも王の子として生まれた赤ん坊の魔力の判定が、そんな杜撰なものだとは思えなかった。
なのになぜ、誤判定されたのだろう?
私は何か釈然としないまま帰宅したのだった。
あの後は件のマルガリータという令嬢を、あっという間に貴族たちが取り囲んでいた。
様々な思惑でその令嬢と縁をつなごうと沢山の人が頑張っていた。
そんな貴族たちの中で、オルセン男爵は鼻高々のようだった。
しかし私は腑に落ちない。
仮にも王家の血を引く娘であれば。
その子が「魔女」だと判別されたのなら、どうして私のいた学院に送られなかったのか。
母が「魔女」だったのならば、その生家を通じて極秘に、しかし速やかにおそらくはその母の母校でもあるあの学院に収容される案件である。
なのになぜ市井に放置されていたのか。
そして思い出したことが一つ。
「紋章入りのブローチ」と聞いたときに、思い出したのは学院でのとある出来事。
かつて私はあの学院で、紋章が入っているブローチを頼まれて「隠した」ことがあったのだ。