幻の王女3
「……?」
なぜか困惑した表情で見つめ返されたのだった。
あれ?
「えーと、そんな噂を聞きましたもので。お散歩したり、お芝居を観たりされたのでしょう? お友達がたくさん出来て、良かったですね」
「……それは初耳です。そんな記憶はありませんが」
「はい?」
「だいたいよく知らない誰かと散歩したりお芝居を観たりなんて、私は特段したいとも思っていませんし」
「はい? でもお散歩に行ったりしませんでした? たとえばブローレスト侯爵令嬢とかと」
「いいえ? それにブローレスト……? ああ、あの法案に反対している……へえ、お嬢さんがいたんですね」
「え? 令嬢をご存じない……? お散歩したって聞いたんですが」
「全く覚えがないですね。そもそもあなたとなら散歩も楽しいでしょうが、私は特に散歩が趣味というわけでもありませんから。他の誰かと散歩に行く意味がありませんね」
「じゃあ他の令嬢とも」
「なぜ私が行かなければいけないのです?」
「あれ?」
とても不思議そうにそう言うアーデン公爵が、嘘を言っているようには見えないのが反対に不思議だった。
では、私が聞いてきた数々の浮名は? 次から次へと出てきた令嬢たちはどこに行った?
「もうあなたという婚約者がいるのに、他の女性と出かけたりなんて仕事でないかぎりしませんよ。そもそもめんどくさい」
「めんどくさい」
「今日は久しぶりに家を出ました。さすがにあなたからのお誘いなら喜んで出ます。でもそうでなかったら、基本家からは出ませんね」
「久しぶり……?」
「そうですね。前に家を出たのはいつだったかな。ああ、君をパーティーの帰りに家へ送って帰ってからは基本家から出ていません。議会の招集もありませんでしたし」
「え、でもそんな噂を私は確かに聞いたのですが」
「? ああ、そういえばお誘いはいろいろ来ていたようですが、全部執事と秘書に対応させて断らせました」
「えええ……そんな……じゃあ誰とも会ってない……?」
え、じゃあ私の今までの努力は!? とはさすがに言えなかったが。
「なぜ会う必要があるんです? 目的もなく誰かと会うほど私は暇ではありませんし、時間の無駄です」
心から不思議そうにそう言われたら、もうどう返していいものやら。
じゃあ私の聞いたあの数々の噂は……?
私は、噂のいい加減さに呆れたのだった。
まさかの全部、嘘……。
たしかに公爵をお誘いしたのにあっさり断られたなんて、なかなか言えないプライドもあるだろう。
令嬢同士で誰がアーデン公爵を真に射止めるかなんて会話をしていたら、そこで見栄を張りたい人もいたのかもしれない。
他の令嬢を牽制するためなのか、それとも私に公爵を諦めさせるためなのか。
何が真実かはわからないが、もしかしたらそういう様々な思惑が重なった結果の噂の一人歩きなのかもしれないが、まさか見事に全部、嘘とは。
さすがに私も、噂好きのご婦人方の言葉よりも、公爵本人の言葉を信じる。
しかし開いた口が塞がらないとはこのことである。
だってつまりは、私の努力は全部徒労だったということなのだ!
かたや公爵の方は、何を当たり前のことをとでも言うようにきょとんとしていた。
じゃあなにこの人、ずうっと引きこもっていたの?
ということは公爵のお家の前でわざわざ馬車を故障させたどこぞの令嬢も、もしや執事が対応してさっさと送り返されたということか。
公爵家の執事、さすが有能だった。
考えてみれば、主人が対応しなくても執事がその場はもてなして馬車の修理を手配すればいい話ではある。
……普通はどんな理由であれ家に人が来たら、主人として一応は顔を出して挨拶をするものだと思っていたけれど。
しかしこの公爵の様子では、そんなことは「めんどくさい」の一言で終わらせたのかもしれない。
うん、きっとやりそうだ。
なんというかこの人は、きっとずっとお家に引きこもっていても平気なタイプの人なのだろう。
どうりでかつての私も名前は知っているのに顔を知らなかったはずである。
これは手強い……。
私は他の令嬢と公爵が知り合うきっかけがとっくに完全に失われていて、全く何も始まってさえもいなかったことにショックを受けた。
じゃあどうやってこの婚約を破棄してもらえばいいの……。
もう、「魔女」であると告白するしかないのか?
そんな風に考え込んでしまったとき、ちょうどオルセン男爵が得意気に本日は皆様ようこそお越しくださいました、実は我が家は、と壇上で話を始めたので、そろそろ本日の主役のお披露目なのだろう。






