新しい婚約者1
この国ではなぜか魔力を持って生まれるのが圧倒的に女性が多く、そしてみな一様に美しい容姿を持ちあわせていると言われている。
そのため人を簡単に惑わして意のままに操る邪悪な存在、というのが昔から変わらない一般的な「魔女」への評価となっていた。
だから権力のある男性たちからはことさらに恐れられ忌み嫌われそして女性なために排除もしやすく、今まで長い迫害の歴史が作られてきたのだ。
なのに、それでも歴史からいまだに「魔女」は消滅していない。それはなぜか。
その理由としては、今では魔力は遺伝するという考えが一般的になっている。
過去の不幸なその長い長い「魔女」の歴史を何人もの研究者が詳細に検証して導き出された、それはおそらく真実。
どうも男性では単に魔力が発現しにくいだけでその血統は子孫へと続き、その子孫に女性が生まれた時、まれに魔力を持った状態で生まれてくるという仕組みらしい。
現に、私の魔力も父親譲りの可能性が高いのだ。
実は父方の先祖には、非常に強力で有名な「魔女」がいたらしいのだから。
しかし当然、表向きには我が家もその事実を完璧に隠している。
それはもう、完璧に。
なにしろもしもバレたら「魔女」は即座に追放され、一族もその血を恐れてこの貴族社会では未来永劫後ろ指をさされてしまうことになるのだから。
だけれど普通、「魔女」はその見た目ですぐにわかってしまう。
魔力のある者は、もれなくその瞳が黄金に輝くのだ。
だからもしも「魔女」の血統に生まれた赤子が金の瞳を持っていたら、親はその子が追放されないために、家の外に間違ってもその情報が出ないように、すみやかに、かつ密かに対策をほどこすことになる。
私も先祖の「魔女」から密かに言い伝えられた指示に従い、ただちに親と離され隠されて育った。
うっかり「魔女」だとバレないように。自分の瞳の色と魔力を上手に隠せるようになるまで。
その隔絶された「学園」の中で、集められた子らは迫害の歴史を学び、そしてどんな時にも魔法を発現させないように訓練されるのだ。
この国の「魔女」やごく希に生まれる「魔術師」は、一生細心の注意を払って必死でその能力を隠しながら生きる定めなのだから。
それは代々魔力を遺伝させてしまう家たちが作り上げた、暗黙のルール。
子を、そして一族を守るためにいつの間にか密かに作られた仕組みだった。
私の魔力は先祖返りなのかはわからないが多くの「魔女」たちより随分大きかったので、うまく制御できるようになるまで時間がかかってしまい、その学院を「卒業」するのが随分大きくなってから、つまりは今からほんの数年前だった。
平民の子も混ざる中で、お互いに身分や身元を意識しないで単に同じ「魔女」としての勉強と訓練の共同生活を長い間してきてしまったため、年頃になってやっと実家に帰ってきた時の私の意識はおそらくはほとんど平民とあまりかわらない状態だった。
もちろん実家に戻ってからは貴族令嬢としての常識やしきたりや所作などの猛特訓を受けたので今では表向きはなんとか繕ってはいるが、しかし中身はそうそう変わるものではなかった。
なのに今、貴族令嬢としての私に両親が望むのは貴族令嬢としての結婚、そして幸せで。
だけれど私が貴族と結婚するということは、「魔女」が特に「魔女」を忌むべき者と蔑む人たちの中で生きるということにほかならない。
しかし考えれば考えるほど、私は結婚相手にまでそんな重大な事実を隠して一生を過ごすのは無理なのではないかと思うのだ。
それにもしも娘が生まれたら、その娘にも魔力が宿るかもしれない。その時は、またそれを隠すために途方もない努力をしなければならなくなる。
そんな苦労をしてまで、結婚なんてする意味があるだろうか? 否!
そこまでして得る「幸せ」に、私はどうしても興味が持てなかった。
そんな苦労をするくらいなら秘密を抱えなくてすむような、自分が自分らしくいられる場所で一人で生きていきたいと思う。一生秘密を抱えてびくびくしながら過ごすのなんてまっぴらごめんなのだ。
やっと帰って来た娘が、それまで思い描いていたような従順な娘ではなかったのはとても申し訳ないとは思うけれど。
それでも私は、自分が「魔女」であることに価値がある場所で生きていきたいと思っている。
私はこの生家に戻ったときには、とっくにそう結論づけていた。
そしてそのための地道な努力が、今日やっと実を結んだのだ。ロビンにどうにかして婚約破棄させるという、努力が。
婚約を破棄された令嬢は、貴族社会ではその理由に関係なくもれなく評判が悪くなる。
たとえそれが男側のただの気まぐれだったとしても、婚約を破棄されるなんて何か問題があったのかもしれない、そんな見方をされてしまうのが女性側なのだ。ああ理不尽極まりない。
しかしということは、地味でつまらなくてとうとうロビンに捨てられた女、それが今の私。
今まで散々ロビンが私の悪評を広めてくれたお陰で、今や社交界での私のイメージは最悪だろう。
さあこれで私と結婚しようという人は、もういない。
そう確信した私は、その日それはそれは晴れ晴れとした気分で床について、心ゆくまでぐっすり眠ったのだった。
というのに。
と、いうのに!
なーぜーーー?
次の日、珍しく早起きして朝食の間にやってきた父は、私の顔を見るなり喜色満面で叫んだ。
「ティナ! 喜べ! すばらしい縁談だ! なんと次は公爵様だぞ!」
「はあ!?」






