エレンティナは考える1
でも甘い言葉や愛の告白なんて、全くありませんが?
今日もアーデン公爵は律儀に私を迎えに来て、目的であるどこぞの紳士とのおそらく政治的な何かの会話が終わった後は、基本ずっと私と一緒にいた。
知り合いを増やそうとか、最新の噂や話題を取り込もうとか、ちょっと賭け事しちゃおうかな、なんていう紳士の好きそうなことをする気はいっさいないらしく、おそらくは私がパーティーに飽きて「もうそろそろ帰りましょうか」と言うのを横でずっと待っている。
これはもはや、忠実に主人につき従うワンコ以外の何者でもないのではないか。
だから公爵に隙を作るためにちょっと離れようと「私、あっちでお料理をいただいてますね」と伝えても、なぜか必ず「ああ、いいですね」とにこにこ付いてきてしまう。
一見パートナーの意を汲んで優しくエスコートする公爵、しかしその実態はひたすら私にくっついてくる忠犬。
かつてのロビンだったら、「そんなにパーティーで食べるなんてはしたない」とお説教した後にさっさと離れてくれたのに。
なのにこのアーデン公爵は、今も素直についてきては一緒に料理をとってにこにこ食べている。
そして最近は彼もさらに私に打ち解けたらしく、私が、
「そのサーモン、美味しいんですか?」
と、皿に山盛りにサーモンを盛っては食べている公爵に話しかけると、
「はい。美味しいです。この王都ではなかなか美味しいサーモンは手に入らないのですが、さすが船をたくさん所有しているだけあります」
とにこにこ答えるようになっていた。笑顔が眩しい。
出会った最初の頃だったら緊張した顔で「はい」「いいえ」くらいしか言わなかった人が、随分饒舌になったものだと私は思わず遠い目をしてしまった。
傍目にはクールな美形の公爵が、うっすらと微笑んで間近から見つめ返すという普通の令嬢だったら卒倒しそうな場面のはずなのに、うっかり美形を見慣れている私の目には、後ろに無邪気に振られるふさふさとした尻尾が見えるような気さえしてきていた。
懐いた、といえばそうなのかもしれない。
公爵が、素直に純粋にこちらを信頼して心を許してくれているような気がして、私は良心がちくりと痛むのだった。
こんな純粋そうな人を騙している。
こんないい人の期待を裏切ろうとしている。
でも、「魔女」を忌むべきものとして排除する貴族たちの、その中でも頂点の貴族である公爵家の当主であるこの相手に、私は自身を「魔女」だと告白する勇気はいまだなかった。
貴族というものは、あまねく「魔女」を嫌悪している。
私は今までの人生で、嫌でもそのことを実感していた。
現に去年、「魔女」だと些細なきっかけでバレてしまったバルマス子爵夫人は、その血を引く子供もろとも即刻子爵家から縁を切られて追放されてしまった。
かろうじて跡継ぎの長男だけは残されたらしいが、いつかその長男が適齢期になっても、おそらくは結婚相手が見つかる可能性は低い。
それだけ「魔女の血」というものは嫌悪されるのだ。
被害者ともいえるバルマス子爵も、今では社交界に出てこなくなった。
もし出てきたとしても、他の貴族からの好奇と蔑みの目からは逃れられないからだろう。
そんな不幸な事件が今でも起きているという事実に、私はもううんざりしていた。
魔力があるというだけで、犯罪を犯しているわけでもないのに非難され追放される。
バルマス子爵夫人が「魔女」だと看破して告発したオルセン男爵はとても得意気だったが、その姿は私には嫌悪しかなかった。
私はそんなことをする人たちの仲間として、その人たちの社会の中で生きていきたいとは思わない。
どんなにお金があっても、どんなに高貴な身分だと偉そうにしていても。
罪を犯したわけでもない、真摯にただ真面目に生きている人までをも軽々しく排除しようとする人たちと関わっていきたいとは思えなかった。
明日は我が身。いつ非難とともに追放されるかびくびくしながら生きるなんて。
「魔女」だという事実を告げた途端に、このご機嫌な公爵もたちまち嫌悪に満ちた目を私に向けるかもしれない。
そう考えるたびに、それはとても辛いと思っている自分を私は自覚していた。
当初予想だにしていなかったことだが、私はこのアーデン公爵という人に、最近ではとても親しみを感じ始めている。
なにしろとても話しやすいのだ。
何を言っても何を主張してもにこにこと聞いてくれて、否定もしない。だからついついあれこれと話をしてしまう。
仕事をしたいと語っても、結婚はもう少し先がいいと言っても、お好きなようにと言ってくれるし、私が失神しそうなくらい散財させても自分がしたくて払っているのだから全く問題ないと言う。
けっして批判的なことを言わない。女性なら、貴族令嬢ならこうあるべきとも言わない。
ただ私の話を穏やかにふむふむ聞いて、ご機嫌に幻の尻尾を振っている。
そんな人だったから。
基本おしゃべりな私にとって、とても居心地の良い人だったのだ。
何ていい人なんだろう。
なんて楽な人だろう。
なんて一緒にいて楽しいのだろう。
そんななんでもうんうんと聞いてくれる彼が唯一うんと言わないのは、「婚約破棄」だけだった。
……どうして?






