そのまた次の手を打つことにする1
ことを急ぎすぎたのだ。今日はここまで。
とりあえずは「アーデン公爵は素敵な結婚相手」という印象を残せただけでも今日の成果はあった。
そう思うことにして、私は今にも卒倒しそうな気配を出し始めた公爵を救出することにしたのだった。
私は令嬢たちの人垣の外から公爵に声をかけた。
「公爵様、お話中申し訳ありません。あちらに、ぜひ公爵様にご挨拶したいという紳士が」
とかなんとか口実をでっちあげて呼びかけると、公爵は明らかに目に安堵の色を浮かべて私を見つめ返してきた。
ちょっと、どれだけ必死なのこの人……。
「ああ……では、お嬢さん方、申し訳ない……」
そう言いつつちらりとドレスの山の方を見たような見ないような。
もう決して一人一人の顔に焦点は当てないぞとでも言うかのように薄ーく形だけ辺りを見回して会釈をしたようなしないような曖昧な挨拶をしたあと、いそいそと令嬢たちの輪から抜け出すと、アーデン公爵はがっしと私の腕をつかんで引きずるようにその場を足早に逃げ出したのだった。
ちょっと、だからどれだけ必死なのこの人……。
「人見知り」
そんな言葉が浮かんだ私だった。
うーん、でもこの人、紳士に対しては普通に喋れるのよね。
パーティーでの振る舞いも、ボヤージュの店の男性店主とのやりとりも、見ていると普通にリラックスして会話をしているのだ。
ということは、単に女性に慣れていないだけだと思っていたのだけれど。
だから最近は私という女性と話す機会が何度もあって、そしてだんだん私とは自然に言葉も交わせるようになってきたから大丈夫だろうと思っていたのだけれど。
まだこれまでの練習では足りなかったか……。
しかし爵位を持つ貴族として、結婚は義務である。そして結婚相手は女性に限るのだ。
頑張れ公爵、より幸せで充実したあなたの人生のために。
そのための、よりよいお相手探しのために。
そのためには私、これからも頑張ってお手伝いしますからね!
何度も会っているうちにこのアーデン公爵という人に少々情も移ってきた自覚のある私は、せっかく知り合ったのだからこの人の良い公爵にはぜひとも幸せになってもらって気持ちよく見送りたいと、今では思っているのだ。
なので家に帰った私は、さっそく今後の計画を再構築することにした。
あの後アーデン公爵は、もう私を離すまいとでも決めたかのように私の側を離れなかった。
おかげで他の令嬢たちからの視線が痛いったら。
この婚約破棄大はやりの時代において、婚約したてのほやほやのカップルなんていつ別れるかわからない。
ならば次の相手は私と、そう思う令嬢がたくさんいるのはもはや普通だった。
ましてや相手が地味の代名詞のような私である。
私より容姿も家柄も良い令嬢たちはきっと納得がいかないだろう。
私の一見地味でありきたりな髪と瞳の色よりも、ずっと美しいとされる金の髪や蒼やエメラルドの瞳を持つ令嬢はたくさんいる。
そんな人たちからは、明らかに私の容姿を下に見ているのを感じていたのだから。
自分で決めたこととはいえ、私はいつまでこの魔法をかけ続ければいいのかしら……。
私は部屋に一人なのを確認すると、ため息を一つついてから鏡の前で自分にかけていた魔法を久しぶりに解いてみた。
とたんに鏡の中に現れる白く輝く肌、長い銀の髪、そして輝く金の瞳。
成長するごとにキラキラと派手になっていくこの容姿は、魔力を持つものの特徴だった。魔力が強さに比例して派手に美しくなる容姿。
銀の髪は伝説の偉大な魔女だった先祖からの遺伝。そしてことさら輝く金の瞳は高い魔力を持つしるし。
私のこの本当の姿を見れば、誰もが私が強力な「魔女」であるとわかってしまう。
だから隠さなければならなかった。
もし「魔女」だと知られたら、もうこの貴族社会では生きてはいけない。
特権階級と権力を何よりも愛する人たちは、自分たちの理解できない不思議な力を持つ「魔女」や「魔術師」を、それはそれは忌み嫌って徹底的に排除するのだから。
貴族社会からの即時追放。
存在の痕跡の抹消。
抵抗する者には罰を。
逆らう者には後悔を。
一人でも「魔女」を出した家はその血を忌み嫌われてその家に嫁ぐ人はなく、いずれその一族は消滅してしまう運命となる。
かつてそうして途絶えてしまった家がいくつもあったと歴史で学んだ。
でもだからといって、平民であれば大手を振って生活出来るというものでもなく。差別が多少はマシになるだけで生きづらいことには変わらない。
だから、隠した。全てを。
それは私にとっては平穏に生き延びる術であり、そしてそれほど難しいことではなかった。
私の魔力は、「隠す」ことが得意なのだから。
実際に、私の知っている今いる「魔女」や「魔術師」の中で私ほど上手に「隠す」ことが出来るひとは誰一人としていなかった。






