次の手を打つことにした5
いやでも、最近は私ともそこそこ楽しそうに会話をしていたではないか。
最初は「はい」と「いいえ」くらいしか言わなかったのに、最近ではそこそこ会話を打ち返せるようになっていたではないか。
ちょっと嬉しそうに、「それは楽しそうですね」とか言えるようになったでないか。
それに困った時はもう何でも「そうですね」とか「そうなんですか」とか「そうなんですか?」とか適当に相づちを打つだけで、きっと周りのお嬢様たちは大喜びするからと言っておいたではないか。
たとえ自分から話題は振れなくても、きっとその周りのご令嬢たちがいろいろ話題を見つけて振ってくれているだろうに。
現に沢山の令嬢たちがあれこれと話しかけている様子が私にも見えている。
それらに適当ににこやかに答えていくだけで、一見スムーズな会話が出来上がりという、この上なく楽な展開になっているはずではないか。
なのに、なぜしょんぼりと垂れた耳が見えるような気がするのか。
なぜ「きゅうん(タスケテ)」という声が聞こえるような気がするのか。
いったい彼は、 何をやっているのかしら。
大丈夫、いつも通り頑張って。にっこりするだけできっと相手がどうにかしてくれるから。
私はそんな気持ちを込めて元気づけるように笑顔を送ってみたのだが、当の彼からはますます悲しげになった視線を返されるだけだった。
女性に囲まれて嬉しそうな顔をするかと思ったら、なんだか心底困っているらしいということに戸惑う私。
男性って、女性にモテたら嬉しいものなのじゃあないの?
こう、もうちょっと目尻が下がるとか、鼻の下が伸びるとか、ねえ?
公爵も困惑しているようだけれども、私も、正直なところ困惑をしていた。
もっと喜ぶと思ったのに。
なぜ、そうも心許ないすがるような視線をひたすら送ってくるのか。
なぜそんなに溺れて必死に助けを求めているような顔になっているのか。
私ははて、と首をかしげつつ考えた。
そしてなんとなく思い至ったことは。
考えてみたら今の麗しの公爵という立ち位置は、ほぼ私がここ最近突貫で作り上げたと言ってもいいものだった。
髪を切るのもお洒落をするのも、決して公爵自身が望んでいたわけではない。
思い返せば思い返すほど、彼は全て「私が望んだから」という理由だけでただただ従っていたにすぎなかった。
文句を言うでもなく抗議をするでもなく、むしろ嬉しそうに素直に従ってくれていたのでてっきり私は公爵自身にも特に不満はないのだろうと思っていたのだけれど……。
私はちょっと動揺しつつ、少しだけアーデン公爵とその周りを何重にも取り囲むドレスの山に近づいて、もう少しよく観察をすることにした。
そして導き出された結論は。
もしかして彼は……突然のこのモテ期に対応出来ていない……?
人はもしかしたら、突然予想外の夢のような状況になったときは、困惑してしまうものなのかもしれないな。
おそらく今までは、こんな状況になったことが無かったのだろう。ふむ。
でももうこれからは、きっと彼はあの状況が普通になる。彼が実は美麗だということが広く知られてしまった今、もう女性たちは彼を放ってはおかないだろう。
だから、彼は慣れるしかないのだ。
そんなことを考えているうちに、またもや公爵が弱々しい視線をこちらに送って来た。
タスケテ。モウムリ。
そんな彼の心の声がまたもや聞こえたような気がした。
……しょうがない。そろそろここは手助けをするべきなのだろう。
私はちょっと小さなため息をついて、すっかり綺麗になった皿とフォークを近くにいた使用人に渡し、様々な香水が混ざり合うドレスの山に向かった。
「公爵様の薄灰色の瞳、わたくし今までこれほど美しい色を見たことがありませんわ」
「公爵様の王都のお屋敷は、うちの近くなんですのよ。ぜひ今度お茶にいらしてくださいませ。どんなお茶がお好きですか?」
「父が珍しい東洋の陶器を買いましたの。公爵様はご興味がおありですか? それはそれは美しいのですわ。ぜひ一度お見せしたく……」
「公爵様」
「公爵様」
「こうしゃくさまあ……!」
どこからどう見ても見事にモテモテである。
美しく着飾った令嬢たちが、争うように彼の気をひこうとしている。
どう見ても普通、夢のような状況なのだと思うのだが。
なのになぜ、今もそんなに必死な視線をこちらに送ってくるのか。
彼の凍りついた表情の中で瞳だけがこちらを向いて、不安げに震えていた。
「公爵様のクールなそのまなざし、わたしもう溶けてしまいそう……!」
なんて台詞も聞こえて来たが、いやいやいや、あれはクールなのではなくて、どうも震え上がっているようです。
「公爵様は無口な方なのですね。そんな落ち着いた感じが大人の男性らしくて素敵」
って、いやいや、どうも緊張して硬直しているだけみたいです。
緊張のあまり口もきけない状態のようで……。
もはや私の目には、大きくて気の荒い犬に囲まれた気弱な小型犬が、逃げ場もなくただプルプルと震えて完全に萎縮して、必死に飼い主に助けを求めているようにしか見えなくなってきた。
……どうやら練習が足りなかったらしい。
まだまだ修業の足りない新兵を、歴戦の猛者の中に放ってはいけなかった。
私は、己の計画の弱点を素直に認め、本日の計画の中止を決断したのだった。






