念願の婚約破棄2
だから女性だけの控え室で、とにかく貴族と結婚したい。そうしたら贅沢できるから、などとのたまっていても、もちろん私は聞かなかったことにした。
もう既に彼女に夢中になっていたロビンに、彼女のそんな本心を伝えても誰も幸せになんてならないしね。そう、誰も。ロビンもマリリンも、そして私も。
私は今までの幸せそうな二人を思い出して思った。二人はもうこの世にはお互いしかいないかのように、よくうっとりと見つめ合っていたものだ。
熱烈に愛し合う二人。なんて美しい光景でしょうか。
しかしこのマリリンは、もう少し狙う相手の財政状況をちゃんと調べるべきだったとは思う。
そもそも私とロビンの婚約がなされた理由というのが我が家の、いえ、少々後ろめたさがあるがゆえに父が必死に積んだ私の持参金がロビンには必要だったから、ということはきっと知らなかったのだろう。
そしてロビンの普段の煌びやかな服装を始めとしたこの華やかな生活が、全て彼の父であるアンサーホリック伯爵の財産を今も容赦なく減らしているということも。
そのうち彼の父がぶち切れる。既にもうその兆候が感じられる。それに伯爵位を継ぐ予定の彼の兄はさらに、ロビンの散財を苦々しく思っている。あの兄が伯爵位を継いだ暁には、きっと弟にアンサーホリック家の財産をこれ以上食い潰されないように厳しい態度に出るはずだ。
ということは、今後彼は持参金の多い妻を迎え入れるか返す当ての無い借金をするしか今の生活は維持できないということだ。だからこその私との婚約だったというのに。
なのに恋に目がくらんでマリリンを選んだロビンは、いつまで今の生活を続けられるのかしら。
ああ、そんな計算も出来ないなんて、
「残念ね……」
私は自分の館に帰るとまっすぐに父の書斎に向かい事の次第を報告し、そして手近な椅子に座ってそうつぶやいた。やれやれ。
でも私の父であり、この由緒ある伯爵家の歴史ある書斎に座るトラスフォート伯爵は違う意味だと受け取ったようで。
「ああエレンティナ、私の可愛い娘! あの男は見る目がなかったんだよ。このパパがすぐにもっと素敵な男性を選んであげるからね。そうだ、持参金をもっと増やそう。そうしたら、きっと沢山の男が君の魅力に気がつくに違いないよ」
私の様子にオロオロしてそう言うのだった。
ちなみにこの父は、本気でそう思っている。
たしかにこの貴族社会、持参金のない娘には誰も見向きもしないというのが悲しい現実だった。そして私のように少々後ろめたい事情があれば、その金額はさらに膨れ上がることが多い。
なんて世知辛い世界なのだろう。
だけども私は言った。
「まあ、ありがとうございます、お父様。でももういいのです。お父様もおわかりでしょう? むしろあんな男に大切な我が家のお金を使われなくてよかった。それに前から私はお金で買われるのではなく、仕事に生きたいと申し上げていたではありませんか。今回のこともきっと神様が私に、お前は一生仕事に殉ずる運命だと教えてくださっているのですわ」
ことさらにしみじみとした風を装ってから父親を見つめる。
伯爵はしかし、いままさに「みずから」売れ残ろうとしている娘を見つめて、そのもじゃもじゃした眉を八の字にして言うのだ。
「しかしティナ、君は私の娘であり正真正銘の貴族なのだから、そんな平民みたいにあくせく仕事なんてしなくても、何かしたいのだったらそれなりの貴族に嫁いでから時間のあるときにボランティアをすればいいんだよ。それが貴族女性の正しい生き方なんだ。何も自ら苦労することはない。私はかわいい娘に後ろ指をさされるような人生を歩ませたくないんだよ」
それはもう、飽きるほど聞かされた言葉だった。が。
「しかし今は貴族でも愛のある結婚をするのが流行りらしいではありませんか。でも私にそんな方はいらっしゃいませんし、そして将来現れるとも思えません。第一私が『魔女』だという事実に耐えられる方なんているとは思えませんわ。ですからお父様、その私の持参金は私にくださいな。私はそれで自立して一人で立派に生きていきますから!」
そして私は晴れやかに、今ではすっかり馴染んだ優しい父にそう言って微笑みかけたのだった。
だってしょうがないじゃない。私は「魔女」なのだから。
「魔女」
それは、この国では忌み嫌われる存在だった。
学校の教科書で、代々の口伝で、はるか何百年も前から教え伝えられる「邪悪な魔女」の話をこの国で知らないものはいない。
『――かつて、邪悪な「魔女」がいた。
何百年ものはるか昔、その「魔女」は類い希なる美貌とその黄金の瞳によって、たくさんの人々を魅了した。
その美貌と黄金の瞳に魅せられた多くの人々が彼女の前にひれ伏し、彼女の関心を得るためだけに喜んで殺し合った。
その中には当時の王もいて、王はとうとう全てを殺し尽くした後に、その血濡れた手で『魔女』の黄金の瞳に忠誠を誓い自分の全てを捧げたのだった。
それを憂い、長い長い戦いの末に王とその邪悪な「魔女」を殺した新しい王は、高らかに宣言した。
「魔女」は人を惑わす忌むべき者である。
見つけしだい、殺さなければならない』
――創世記「王の誕生」より――
この国でも「魔女」は実は常に少数とはいえこうして一定数生まれてくるというのに、過去のその邪悪な一人の「魔女」のせいで常に忌み嫌われ、今では殺すことはしなくても、それでも見つかり次第追放される存在だった。






