まずは説得を試みる3
たしかに公爵様ともなれば、正面きって苦言を呈するのは王族くらいなものかもしれないが。
いいのか、それ。いやダメだろう。
それに公爵が気にしなくても、やはり周りが気にするだろうに。
なにしろ貴族が仕事をするというだけでもスキャンダルなのに、その仕事だって「魔女」として働くという、この上なく後ろめたいものなのだ。そもそも夫の公爵にも言えない仕事なんて、出来るわけがない。
さすがにそれは言えなかったが。
だからなんとか断るための穏便な理由を探す。
「えーと、でもお仕事にも影響が出るのでは」
「そんな人間は相手にしなければいいのです。問題ありません」
「もっと政治的に有利になるご令嬢と結婚したほうが」
「我が家にその必要はありません」
「公爵家には王族とか公爵家とかせめて侯爵家あたりのご令嬢と結婚したほうが相応しいのでは」
「相応しいかどうかは私が判断することでは? 伯爵家でも何ら問題はありません」
うーん、全く動じないよ。
しかし貴族なんて、みんな父やロビンのようにプライドが高くて体裁だとか格式だとか上下関係だとか、とにかくしきたりに煩い人ばかりかと思っていたのに。
最高位の公爵様となると、随分いろいろ自由なんだな……。
いやしかしだからといって。
はいそうですかとは言えない事情が私にはある。
「魔女」
それはこの国の一番のタブー。さすがに私もそれだけはバレずにひっそりと社交界を去りたいのである。
「あー、でも私が申し訳ないので――」
「私が良いと言っているのに?」
……なんだろう、この押しの強さ。というか、頑固? 石頭? そのボサボサの髪の中身は石なのか?
「……では、この婚約を解消する気はないと?」
「はい。あなたさえ良ければ」
いやなんで今ここでその貴族的常套句。
だからさっきからやんわりと嫌だと言っているではないか。こういうときだけそういう貴族的な空気を読まないごり押しはいかがなものか。切り替えがズルい。
「……しかしどうして私なんですか。一体何のメリットが? まさか初対面の私を好きだからとかおっしゃいませんよね?」
私は思わず聞いた。
なにしろこんなに渋っている相手を説得するよりも、もっと公爵夫人という地位に対して条件も顔も教養もそして何よりやる気が素晴らしい相手が、今日のパーティーだけでも山ほどいるに違いないのに。
なぜこうも粘る? 一体私の何が目的なんだろう? 目的があるなら言ってほしい。言ってくれなければ解決も出来ないのだから。
そう思って聞いたのだが。
「っ……!」
なんと、目の前の男が、固まった。
今まで多少は慣れたのか一応は相づちだの返事だのを自然に返してくれていた相手が、突然カチコチに固まって絶句していた。
珍しい。この反応は初めてだ。
――これは、もしや私には言いづらい事情があるのかもしれない。
その事情にはさっぱり想像がつかないが、しかしどうやら相手はこの婚約に乗り気で、そして破棄するつもりがないようだ。
それだけは、ようくわかった。
これは……手強い……。
結局、その後何の進展もないまま公爵は他の貴族の紳士に見つかって話があると連れ去られ、私も帰宅のために呼びに来た父につれられて、すごすごと帰るしかなかったのだった。
自室に帰ってベッドに潜り込んだ私は、その晩あったことをじっくり考えてみた。
一、公爵は、悪い人ではなかった。むしろ私としては話しやすい。
二、風貌がこの上なく怪しかったのは、おそらく自分の見栄えに全く関心がないからだろう。
三、ロビンのように口うるさくお小言を言うこともなく、結婚しても好きにすればいいと言ってくれるような包容力? がある。
四、なんだかんだ延々と私の話を聞き続ける忍耐力もある。女が主張したりしゃべり続けるのを嫌がる男性も多い中では寛容な人だ。
総じてあの見栄えにさえ目をつむれば政略結婚相手として悪くはない。
なのにめざといマリリン以外には、その後彼に秋波を送る令嬢もいないようで、そしてマリリンはロビンにがっちり捕らえられていた。
いや、マリリンがめざといのではなく、単にあの公爵が大人しすぎて、そして見栄えが悪すぎて令嬢やその母親たちの視界に入っていないだけなのかもしれない?
社交界の女性たちは、見栄っぱりも多い。
だから付き合う相手もあまりに見栄えの悪い人は避けられるのかもしれない。いくら公爵といえども、さすがにあれだけ怪しい風貌となると。
爵位目当てであんなのに言い寄ったのねとヒソヒソ噂になる未来が私にも見えた気がした。
今は特に「真実の愛」がもてはやされているから、明らかに地位目当てで言い寄るのは外聞が悪いのかもしれない。
なるほど、じゃあ公爵の方は、公爵位を継いだからそろそろ結婚を、と周りにせかされでもして、そんな時にちょうど婚約を破棄された私の名前を聞いたので、ならば今申し込んだら名誉挽回とすぐに承諾されるだろう、簡単に結婚できるとでも思ったのかもしれない?
きっとまともなお家では後から文句が出るような何かがあるのだろう。風貌の問題かもしれないが。だからあえて断られにくい相手を狙ったとしたら、私はちょうどうってつけだった。






