怪しげな男1
非常に同情的に、やれやれしょうがないから教えてあげるよといった感じのロビンの言葉である。相変わらず貴族という身分が大好きなロビンらしい言い方だ。
と、その時。
「ロビンさまあ、ここにいらしたんですねえ~?」
甘ったるい声がして、ロビンの婚約者であるマリリンがやってきたのだった。
今日も可愛らしくも豪華なドレスを着こなして、そのくりくりとした蒼い目をキラキラさせていた。
「ああ、僕のマリリン、今日もなんて可愛いんだ」
彼女を見て表情をとろけさせるロビン。
「うふふ、ロビン様、それもう今日で五回目ですよ? ところでここで何を……あっ、エレンティナ様……」
私の姿を見て驚くマリリン嬢。さすがにロビンの前婚約者を前にして、少々気まずいようだ。
しかしそんなことはお構いなしにロビンは、
「何度言っても言い足りないよ、僕の可愛いマリリン。さあ、あちらに行って飲み物でも飲もう。もう僕はここには用はないから」
と、うっとりと婚約者を見つめていた。
しかし当のマリリンはというと、私の方を見た後に、その隣の人物に気がついてはっとした表情になった。
「あ、あの……あの、もしや、あなた様はアーデン公爵様ではありませんか……? まあ初めまして! あっ私から声をかけるなんてはしたないとお思いですよね……でも、でもぜひお知り合いになりたくて……! 私、マリリン・オルセンと申しますう! 私、前公爵様の悲報をお聞きしたときは本当に驚いてしまって……それにあなた様のお悲しみを考えると悲しみで胸が張り裂けそうでしたわ……! でもパーティーにいらしたということは喪が明けられたのですね。これからはぜひ私とも仲良くしていただけたら嬉しいですう」
と、なぜかロビンには見向きもしないで私の隣の男をうっとりと見上げたのだった。
ん……? ということは……やはりこの男が……?
「は? 公爵?」
ロビンが素っ頓狂な声を出す。
「え? アーデン公爵ですよね? 先ほど首相と親しげにお話されていらっしゃるのを見てスランベリー公爵夫人がそう言っていたのですけれど。前公爵様が亡くなられて、ずっと喪に服していらしたって。でも大きなお屋敷にずっとお一人ではお寂しかったでしょう? なんておかわいそう……。私でよければお慰めして差し上げたいくらいです。でも、ご迷惑ですよね……?」
マリリンはちらっと上目遣いで私の隣の男を見上げたのだった。
なのでロビンは、
「ああマリリン、なんて優しいんだ。でも彼は大丈夫だよ。僕がボヤージュの店を教えてあげたから、きっと彼はこれから忙しくなる。彼の相手はミスターボヤージュに任せればいいよ。さあ、僕たちはもう行こうか」
と言いながら、マリリンに手を差し伸べた。
でもマリリンはそれを無視してもう一歩、私の隣の男の方に踏み出していた。
「まあ! それは素晴らしい提案ですわね。でもボヤージュの店にはお一人で行かれるのですか? それより誰か女性からの助言もあった方が素敵な服が仕立てられると思いますわ。もしよろしければ私、お力になります!」
マリリン嬢はこの場を去りたいロビンとは違って、私の隣の男とどうにか次の約束を取り付けたい様子だった。全身から健気な様子がにじみ出ている。
こんなマリリンの様子は私はよく知っていた。
社交界で、沢山の令嬢やその母親たちが有力な独身貴族相手に繰り広げているありふれた光景である。そしてかつてはロビンに対してとっていた態度でもあった。
この彼女がここまで必死になるということは……。
私は一人蚊帳の外で素知らぬ顔をしながら心の中では驚愕していた。
これが。この男が。
おそらく私の婚約者…………。
しかし当の男はだんまりのまま、ただ硬直していたのだった。
肯定も否定もせずに、相変わらずそのぼさぼさの髪のせいで目元の表情もわからずただ棒立ちしている。
普通の紳士はこういうときはにこやかに返答して会話を続けるものだと思っていた私は、隣の男の紳士らしからぬ態度にも驚いていた。
「マリリン、人違いじゃないか? なにも答えないし、なにしろその、風貌が……とても側仕えのいる高位貴族とは思えない。いくら君が優しいからといって、君が手を差し伸べるような相手ではないよ」
「まあ、ロビン様。公爵様はきっとお忙しかったのです。でも、そうですわね。公爵様、たとえばそのお洋服を違うものに変えたら、きっともっと素敵になりますわ。もしよろしければ私が少々アドバイスをしても?」
ロビンの方をちらとも見ずに、ひたとひげ面で髪もボサボサの男をくりくりとした瞳でひたすら見つめ続けるマリリン嬢。
私はただ唖然と二人、いやロビンを含めた三人を交互に見つめるしか出来なかった。
うっとりとした表情で返事を待つマリリンに対し、私の隣に棒立ちする男は、かなりの間があった後に、かろうじて小声で言った。