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009_中庭に腹黒が落ちていた

 食事を終えても、まだ始業までは時間があった。

 学園生活は貴族の活動時間に合わせてあるので、一コマ目の授業は十時からだ。

 朝日とともに起こされ、掃除や採取に出掛けていた養護院が思い出される。


 リサは食堂から出ると始業までの時間をどう過ごそうかと悩みながら、とりあえず学園の建物に囲まれた中庭へと出た。


「しかし、学園は王宮の隣だけあって、立派……」


 広くて美しい庭を見渡す。


 背の高い木は庭の外側に何本かあるだけで、噴水を中心として、小道の左右には芝生が広がり、季節の花々や低木で見事な模様が描かれているのが見渡せた。

 線対称ではなく、道も含めて全て曲線で描かれている複雑な形は感動さえ覚える。

 きっと庭師が毎日丹誠込めて、手入れしているのだろう。


「…………」


 アンナマリー達がいないかと思ったけれど、その姿はなかった。

 待ち合わせはここではないのかもしれない。


 けれど、気持ちいい天気なので、一人でのんびりするのも悪くないと思った。

 せっかくなので、ひとまず芝生に入って花でも眺めようかと思う。

 前世も含めて、これまで庭をじっくり見る機会には恵まれなかった。


「えっ? あっ……」


 一歩踏み出したところで、低木の間に何かがいることに気づく。

 危うく踏んでしまいそうになるのをなんとか留まった。


 猫でも日光浴していたのかと思ったけれど、低地の影から思ったよりも大きなものがぬくっと起き上がって、こちらを見た。


「ちょっと。あと一歩で、オレ踏まれそうだよ」

「きゃああっ、ごめんなさい」


 慌てて、足をひっこめる。


 そこにいたのは、昨日ステファンと一緒にいたセオ・ラサウェイだった。

 青みがかった銀髪ウエーブは、絶妙な加減で風を含んでふわりとしている。


 寝ていたせいか、制服のタイはなく、首元のボタンが一つ外れてゆるんでいた。

 着崩しているのに、妙に様になっていて色っぽい。


 ラサウェイ伯爵家次男で第二王子ステファンの幼馴染。

 一見、人当たりのいい優しいお兄さんに見えるけれど、実際には腹黒策士系で毒舌キャラ。


 さりげなくステファンといつも一緒にいて、彼を守っている。

 今日は一緒ではないようだけれど……。


「ああ、昨日会った、光魔法の……リサ嬢だったね」

「はい。ラサウェイ伯爵家のセオ様ですね」


 セオが芝生に膝をついて、視線をばっちり合わせてくる。

 これだとまるで……。


 ――――あぁ、そっか。これって、セオとの出会いイベント!


 さすがヒロイン、歩けば攻略キャラにエンカウントしてしまう。

 まさか攻略対象が地面に落ちているとは思わなかった。


「……んっ? どうかした」

「な、なんでもありません。よろしくお願いします」


 自己紹介すると、微笑みながらも、観察するような視線をセオが向けてくる。


「セオでいいよ、よろしく。まあ、オレはどんな女の子でも特別扱いしないけど」


 ――――遠回しの牽制きたー!


 最初冷たいのには、たしか理由がある。

 リサは前世の記憶でそれをはっきり知っていた。


「はい! ステファン王子に取り入るために、幼少の頃からのご親友のセオにまとわりついたりしませんとも!」


 リサの言葉に、セオがぽかんとする。


「おや? お見通しかな。あなたはオレが考えていたよりも賢いんだね。意外だ。悪い虫を払う手間が省けていいけどね」

「お褒めいただき幸いです」


 腹黒い笑顔に、こちらもにっこりと微笑み返す。


「じゃあ、オレ寝るから。ステファンが早起きすぎて、眠たいったらないよ」


 話は終わりとばかりに、セオが追い払うかのような手振りをする。

 再び芝生に寝そべって、目を閉じてしまった。


「――――」


 まさか……もう寝てる?


 セオの顔をのぞき込むも、反応はない。

 しかし、さすが攻略対象。芝で寝っ転がってても、絵になるったら……。

 何も知らない、普通の令嬢なら、胸が高鳴るタイミングかもしれない。


 ――――私はヒースクリフしか眼中にありませんけど!


 セオを置き去りにして、何もせずにその場から去る。

 背中に再び彼の視線を感じたけれど、それも無視して中庭を離れた。




※※※




 貴族の屋敷もそうだけれど、学園には幾つもの庭がある。

 学園の建物から中庭に出て、外へと向かって歩いて行くと、そこには鉄製の大きな門があって、周囲をそのままぐるりと覆っていた。


 昼間は開いているその門をくぐると、今度は前庭が広がっている。

 芝生中心の中庭と違い、広くて真っ直ぐな石畳の左右にこんもりと色鮮やかな花々が植えられていた。

 花壇の奥には背の高い木も並んでいる。


 景色を楽しむなら中庭だけれど、花を観賞するならば、前庭の方が適しているだろう。

 ここなら、セオのように寝っ転がらなくても、木陰がある。


 リサが花壇を見て回っていると、前から歩いてくる人物に気づいた。


「アンナマリー! デイジー! ローズ! おはようございます」


 三人が並んで、こちらに歩いてくる。

 捜していたわけではなかったのだけれど、偶然、出会えたらしい。


 通いの生徒は前庭のさらに先にある正門で馬車を降りて、この道を歩いてくることになるから、前庭がアンナマリーとの待ち合わせの場所だったのだろう。


「あら、リサ。おはよう」


 ――――今日も凜々しいお姿!


 アンナマリーの制服姿はリサとまったく同じはずだけれど、洗練されている。


「おーっ、ラッキー! やっと会えたね。今日はリサが一段と光輝いて見えるよ」


 アンナマリーの後ろからひょっこりヒースクリフが顔を出す。


「って……ヒースクリフ様!」


 慌てて、髪を手櫛で整える。


 ――――わっ、私のほうがラッキーなのでは……!?


 どうしよう、寝癖ついてないかな。

 もっと鏡をちゃんと見てから来ればよかった。

 まさか、朝からヒースクリフと出会えるなんて夢にも思わなかったから、気にしてなかった。


「そんな他人行儀な呼び方はよくないな。昨日、運命を感じ合った仲じゃないか。ヒースでも、マイディアでも、リサの思いのままに呼んでおくれ」


 いつもの軟派な口調だとわかっていても、頬が熱くなってしまう。

 しかも呼び名を変えるチャンスだ。


「あっ、う……じゃあ、ヒース……クリフ」


 呼んでから、赤くなって俯く。


「ふぅ……送迎は不要と言っているのに、勝手についてきてしまって」


 アンナマリーが二人のやりとりに、うんざりとしている。


 ――――そのおかげでお二人そろって、朝から会えました!


 幸運を“マジラバ”の神に感謝したい。


「アンナマリーは大切な存在ですから、心配なんですよ。お兄様の愛です!」


 ヒースクリフの妹愛をリサは力説する。

 するとヒースクリフが大喜びしてくれた。


「さすが、リサ、意見が合うね。これからは、我が魂の友と呼ぼう!」

「よ、よいのですか!?」


 うんうんと大きくヒースクリフが頷く。


「しかし……魔法学園は過保護な貴族の子弟ばかりなのだから、授業以外は、その家族は顔パスであるべきだろう。同情すべきは門衛の記憶力だ!」

「私もそう思います!」


 ヒースクリフと意気投合する。

 こんな素敵な朝があっていいのだろうか。


 すると、ふとヒースクリフが色っぽく目を細めた。


「なーんて、我が妹は口実で、本当のところはリサに会いたかったから来たんだ」

「えっ? えっ?」


 いきなり距離を詰めてきたヒースクリフに、戸惑う。

 彼の後ろでは、残りの三人が呆れ気味に首を横に振っていたけれど、それも気にならない。


「もう、情熱のリサで火傷しないように対策済みさ。昨日の続き、する?」


 リサの手を、恭しくヒースクリフが取った。


 それだけでぞくっとして、頬は火が出るほど熱くなる。

 きっと目玉焼きも作れます。


 ――――はっきりいって、したいです!


 いやでも、恥じらいをなくしてただの不愉快ヒロインになっては、世界観の恥になってしまう。


「あの……おっ、お友達の前だし……?」


 ヒースクリフが手を取っていないほうの手を、自らの頭にやる。


「おっと、俺としたことが、リサしか見えなくなっていた。光のお嬢さんとたっぷり語り合いたいことはあるけど、今日は退散しよう」


 そう言いながらも、手は握られたままだった。


「でも、ちょっとだけ、続きだ」


 ふふっと笑って、手の甲に顔を近づけてくる。


「えっ? あっ……ひゃっ……」


 ちゅっと音を立てて、ヒースクリフがリサの手にキスをした。

 恥ずかしさと、嬉しさで、力が抜けて、へなへなと地面に座り込む。


 朝から……幸福の嵐だ。


「リサ、そろそろ教室に行くわよ」


 もう見ていられないと、アンナマリーがヒースクリフとリサの間に割って入る。


「アンナマリーとヒースクリフの、ヴァルモット公爵家は私が守るからねーっ」


 座り込んだままの姿勢で、リサはアンナマリーの膝に抱き着いた。


 この尊い日常は壊したくない! 壊しちゃいけない!


「なっ、なんですの? 急にっ!」


 アンナマリーは驚きながらも、やや照れた顔を見せる。


「い、いいから離れなさい! こんなところ見られたら、またどんな勘違いをされてしまうかわからないわ」

「あ、そうでした。ごめんなさい」


 ぱっとリサはアンナマリーの膝から離れた。

 土下座したところをステファンに見られて勘違いされそうになったんだった。

 昨日の今日で同じことを繰り返すところだ。


「リサ、デイジーとローザも行きましょう」


 ヒースクリフに見送られながら、リサはアンナマリー達と校舎に向かう。

 そして、先ほどのことを真剣に考えていた。


 ヒースクリフの甘い言葉を思い出してにやにや、ではなく――――。


 ヴァルモット公爵家を守るということについて。

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