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008_友人と朝食を

 リサは寮の部屋で目を覚ました。


「ここ……どこだっけ?」


 起きたばかりの頭はサボっているようで、現状が把握できない。

 何とか瞼を半分開けて、ゆっくりと辺りを見渡した。


 わずかに開いていたカーテンから光が入り、床で踊っている。

 リサがいるのは、壁際につけられたカウチにもなるベッドで、天井から赤紫の豪華な天蓋が覆い被さっていた。


 ベッドから足を下ろすと、床に敷かれた花模様の入ったベージュの絨毯がふんわりとした感触を伝えてくる。


 天井は高く、壁には高級感のある黄土色の壁紙が貼られていた。

 一見、貴族の部屋に見えるけれど、部屋の広さはそれほどではない。

 そう思わせるのは、一室に必要な家具が一式、置かれているからかもしれなかった。


 天井からは小さいけれど豪華なシャンデリアが吊り下げられ、ベッドの他には手紙を書いたりする机と椅子一式、食事などを取るテーブルと椅子、鏡台、本棚とクローゼットが一室にすべて置かれている。


 養護院は相部屋なので、まったく違う。

 次に前世の自室が思い浮かんだけれど、やはりもっと狭いし、家具がまるで違う。

 続いて、養子になったコルテリーア伯爵家の部屋を疑ったけれど、そもそも滞在した時間は短く、思い出せない。


「あぁ、そっか。学園の寮……だっけ?」


 やっと思考が回り始めたのか、今どこで、何をしているところなのかを把握する。

 国で唯一の魔法機関である王立魔法学園には、寮が併設されていた。


 アンナマリーやステファン王子のような王都に拠点を持つ上級貴族は、外から通っているけれど、遠方の地方貴族はそういうわけにいかない。


 学園に通うためだけに、近くの屋敷を買って住む者も中にはいるらしいけれど、それはごく稀だ。


 両親にとってはそのほうが負担が少なく、手間も掛からないうえに、同じ生徒と交流が生まれやすいという環境もあって、ほとんどの者が寮通いを選択していた。


 リサも例にもれず、その一人。

 生徒は全員貴族ということで、寮の部屋は個室でそれなりに豪勢だけれど、大勢の生徒を受け入れるために広さはそれなりに抑えたのだろう。


「養護院の相部屋に比べたら、天と地の差だけれどね」


 基本的に寄付で成り立っている養護院で、個室はありえない。

 男の子と女の子が別れているだけで、大部屋にベッドを並べただけだった。

 現状把握にこんな時間がかかったのは、きっと昨日思い出した前世の記憶と、見ていた夢のせいだろう。


「この一年の……夢」


 偶然、魔物に出会って、魔法に目覚めたのは昨日のことのよう。

 まさかあの時は、一年後に貴族の養女になって王立魔法学園に通うなんて思いもしなかった。

 そもそも魔法や魔物を知らなかったぐらいだ。


「……あっ、もうこんな時間!?」


 ふと視界の隅に入った時計が、九時を過ぎている。

 貴族は朝が遅いのだけれど、それでも食堂の注文は十時までだった。


「急がなきゃ。朝食、食べ損ねちゃう!」


 慌ててネグリジェを脱ぎ捨てて裸になると肌着をつけ、真新しい学園の制服に袖を通していく。


 白いブラウスは学園の刺繍付きで、シルクの肌触り。

 胸元の開いた形のベストと一体化した、装飾の意味合いが大きいコルセットは、バックスタイルに紐があり、軽く締めることができる。


 腿まである絹の靴下に、ひざ下のスカート。

 足元はぴかぴかに磨かれた、ほんの少しかかとの高い革の靴。


 朝食抜きで授業中にお腹の音が鳴るなんて、恥ずかしい目立ち方は勘弁したい。

 早期滞在<プレスクール>で、一カ月前から入寮や学園への出入りを許されているため、生徒は皆がすでに顔見知りとなっている。

 だから、数日前に来たばかりのリサは注目を浴びやすい。


 姿見でおかしなところがないかを確認すると、リサは自室を飛び出した。


※※※


 前世のゲーム知識があるので、初めて行く食堂も迷うことなくたどり着く。

 学園の生徒は三学年で三百人ほどになるので、その寮の食堂ともなれば、大きな舞踏会ができそうなほど巨大だった。


 天井は三階ほどの高さがあり、一定間隔で設置された巨大なシャンデリアが、頭上から明るく照らしている。

 左手には窓が学園の旗とセットで並び、正面には大きなステンドグラス。

 テーブルは円卓になっていて、椅子が六つずつ置かれていた。


 一同揃って食べるのではなく、好きな時間に来て食べることができるのは、入学の説明で聞かされていた。


 ――――でも、これ、一人だとかなり厳しくない?


 料理は使用人にオーダーすれば、持ってきてくれるらしいけれど、そのためには先に席へ座る必要がある。

 あの広い円卓に一人で座るのは、かなり勇気がいるように思えた。


 元庶民で、寮に入ったばかりの、リサも他人事ではない。

 食堂の巨大さに立ち竦み、次にどこへ座ったらいいのか怖じ気づく。


「リサー! こっちよ」


 すると、誰かが自分の名前を呼ぶ声がした。

 広い食堂を見回すと手を上げている者に気づく。


 ――――デイジー、それにローズも!


 アンナマリーが通いなのはわかっていたけれど、二人が寮生活なのかはわからなかった。

 これで席に迷う必要がなくなって、ほっとする。


「気づいてくれて、ありがとう」


 席に向かうと、真っ先に二人への礼を口にした。

 昨日の今日で、友人として認識してくれたようで、とても嬉しい。


「別に……随分遅かったわね」

「いつ来るかって、デイジーさんずっとそわそわしていたものね」

「ちがっ! たまたま視界に入っただけ!」


 ローズの天然気味の指摘に、デイジーが唇を尖らせて反論する。

 アンナマリーのように完成されていない、ツンデレっぷりも、これはこれでイイ。

 二人とも制服姿が新鮮で、似合っているし!


「とにかく、ありがとう。初めてだから助かった」

「そうそう、貴女が困っているんじゃないかと思って」


 それだと、やっぱりデイジーはリサを捜してくれていたことになるけれど、ありがたいことなのであえて心の中だけでもう一度感謝しておく。


「リサさん、席について早く注文しないと食べる時間がなくなってしまいますよ」

「そうだった!」


 ローズの指摘でやや寝坊気味だったことを思い出す。

 すぐ彼女達のテーブルの席につくと、使用人がやってきた。


「何をお持ちいたしますか?」

「えっと……」


 メニュー表などはないので、どう注文すればいいのか戸惑う。

 リサはテーブルの上に並んだ二人の朝食を確認した。


 どちらもほとんど変わりはなく、ナッツやドライフルーツが入った小ぶりのパンが数種類に、塩とハーブで味付けしたグリルチキン、割れ目も焦げもない綺麗な黄色いオムレツに、サラダ、果物のジュースなどが置かれている。

 とても美味しそうで、量も食べきれないものではなさそう。


「彼女達と……友人とだいたい同じものってお願いできますか?」

「畏まりました」


 少し緊張しながら、友人と言い直す。

 ローズがにっこりと微笑み、デイジーは満足げにパンを頬張っていた。


 当たり前だけど、この食堂や朝食もゲームでは見えなかったことだらけだ。

 こんな形で、友達ができて、前世では叶わなかった学園生活を送れるなんて、思わなかった。

 とても新鮮で嬉しすぎる。


 ――――健康なカラダ万歳!


 前世では病気で長い時間をベッドで過ごしていたので、普通なら当たり前のことかもしれないけれど、ずっと憧れていた。


 やがてリサの料理が運ばれてきて、お祈りをしてすぐに食べ始める。

 見た目どおり、野菜は新鮮で、パンも料理も調理したてで、とても美味しい。


「ねぇ、リサ。寮の部屋って狭いと思わない?」


 食事に一段落ついたところで、デイジーが話しかけてきた。

 彼女達はすでに食後の紅茶を飲んで優雅に過ごしている。


「そう……かな? 一人部屋なら充分だと思うけど、家具も揃ってるし」


 養護院の大部屋に比べたら、快適すぎる。

 デイジーも元庶民なわけで、その辺の感覚は一緒だと思ったけれど、どうやら違うようだった。


 養女ではなく、女男爵になることを選んだのだから、実家は相当裕福で、寮の部屋では狭いと感じるのかもしれない。


「ローズはどう思う?」

「私は暮らしやすい部屋だと思いますが、たしかに手狭ではありますね」

「やっぱり! 本物の貴族が言うならそうね。荷物が全然入らなくて困るわ」


 デイジーには、実家から持ってきた荷物がたくさんあるのだろう。

 リサなんて、荷物は小さな袋一つだ。


「ここは社交界ではなく、爵位による身分差もないのですから、そんなこと言っては駄目ですよ、デイジー」

「さすが、深窓令嬢! リサ、知ってた? ローズったら外からでも通えるのに、親の反対を押し切って、社会勉強のために寮なんだって」

「そうなの?」


 初耳だったので、思わずローズの顔を見ると彼女が頷く。


「勉強熱心だね」

「そう言っていただけると、嬉しいです」


 親としては心配だろうけれど、馬車での移動もなく、魔法の勉強に集中できるのかもしれない。


「ローズがいて寂しくなかったけど、リサが来たから、もっと退屈しないかもね」


 不意にデイジーがつぶやく。


「それは、私も。寮生活……と、友達と一緒で……今も楽しいから」


 照れてしまって、嬉しすぎて、上手く言葉にできない。

 前世で不遇な人生も相まって、思わず感情的になってしまう。


「ま、まあね。昨日は意地悪するために呼んだみたいで悪かったわ。アンナマリーもあたしも、リサにちょっと嫉妬してたのよ。一昨日のことで」


 泣かせてしまったのかと勘違いしたデイジーが、謝ってくる。

 彼女の謝罪にぶんぶんとリサは首を横に振った。


「もう私は気にしていないから。デイジーも気にしないで」

「リサ、ありがとう」


 彼女の言った一昨日のこととは、魔力測定のことだった。

 入学式の前日、すべての生徒は特殊な水晶に触れることで、魔力の有無と属性を確認させられる。

 学園の入学条件が魔力を持つ者なので、正確には生徒の魔力を登録することが目的だった。


 魔法は使えば、痕跡がその場に残る。もし、魔力が登録されていれば、魔法で犯罪が行われた時にすぐに誰がやったのかがわかる。


 そのため、魔力測定は例外なく生徒全員が行うのだけれど……。

 やはりそこでもリサは希少な光属性ということで目立ってしまった。


『これに触れて自然に呼吸をしてください。魔力量ではなく属性を見るだけだから、緊張しないで』

『あ、ああ……これが光属性、初めて見ました。なんて美しいのでしょう』


 驚く魔力測定の担当者の顔が思い出される。


 しかも順番がアンナマリーのすぐ後で、どう考えても面白くはなかっただろう。

 彼女の友人であるデイジーとローズも微妙な気持ちになったはずだ。


 けれど、今はこうして数少ない学園の友人になれているのだから、昨日のことは感謝したいぐらいだった。


「……リサ……ちょっとリサ聞いてる?」

「えっ!? あっ、うん……ごめん」


 一昨日のことを思い出すあまり、デイジーの会話を聞き流していたらしい。

 せっかくできた友人なのに、大失態だ。


「もう……まあいいわ。今度たっぷりあたしの話聞いてもらうから」


 デイジーはあっさり許してくれる。

 口は少し悪いけれど、彼女もアンナマリーやローズ同様にいい人だ。


「…………」


 ふと二人がそわそわとしているのに気づいた。

 ――――あっ、もしかして待たせている?


 ふと二人のカップには紅茶がなくなっていた。

 リサが遅れてきたので、食事の時間が合わないようだった。


 今まで気づかずに、申し訳ない気持ちになる。


「ごめん、まだかかりそうだから、先に行ってて」

「そう? 悪いけど、アンナマリーが待っているかもしれないから、そうさせてもらう」

「うん、気にせずに」


 リサの言葉で、デイジーとローズが立ち上がる。


「またあとでね」

「四人で並んで授業を受けましょう」


 二人が食堂を出て行くのを、リサは手を振って見送った。

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