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007_初めての魔法

 始まりは入学の一年前のこと。


 幼い頃から両親のいなかったリサは、同じような境遇の子供達を集めた養護院という施設で幼少期を過ごした。

 子供は常に数十人いたので、服はあちこちほつれたお下がりのボロボロ、食事も特別な時以外には、お腹いっぱい食べることなんてまずない。


 それでも、皆騒がしくて、皆仲がよくて、家族の多い楽しい生活。

 貴族とも魔法ともまったく縁のない暮らし。


 あの日、までは――――。


 貧しくても平穏な暮らしが、ずっと続くと思っていた。




※※※




 養護院のすぐ近くには森があった。


 寄付される食材だけでは、育ち盛りの子供達の胃袋を満たすことなど到底できるわけがない。

 だから、養護院で年長者となった者は、森で食材を集めることが日課だ。

 リサも例外ではなく、その日もティリルとメーベルという二人の女の子を連れて森へ入り、食べるものを探していた。


「これじゃ足りないー、もっと奥までとりに行きましょう」


 気の強いティリルが、腕を森の奥へ向けて引っ張ってくる。


「こんどでいいよ……たいぶ院から、はなれちゃったし」


 おっとりとした性格のメーベラが、逆の手をそっと掴んできた。


「うーん」


 森の奥まで行くか、戻るか、大いに悩んだ。

 実際、リサの背負っている籠は半分も埋まっていない。

 ここ最近の長雨でキノコや山菜はまずまずだけれど、果実の育ちが悪いのかもしれなかった。


 このまま養護院に帰れば、食べ物の争奪戦になってしまうだろう。

 リサは我慢できるけれど、小さい子達は泣き出して大騒ぎになる。


 しかし、奥へ行くのはかなり危険もあるだけに、躊躇われた。

 養護院の大人達からも、獣に遭遇したり、迷う可能性があるので、あまり奥へは行かないようにと言われている。


 けれど、今日のように食べ物が少ないと、リサは経験がないけれど、子供だけで森の奥まで行くことは時々あった。

 特に年長の男の子はよく足を踏み入れているようで、自慢げに話しているのを何度か聞いたことがある。


 ――――少しなら危険も少ないはずだよね。


 せめて籠をいっぱいにしなくてはと、奥へ進むことを決める。


「じゃあ、ちょっとだけ行ってみよう」


 リサは近くにあった大きめの枝を拾い上げ、折ると棒のような形にした。

 獣が出たら、これで木を叩いたりして脅し、追っ払えばいい。


 ニコッと微笑んで二人を安心させる。


「絶対に私から離れないでね、それだけは約束」

「「はーい」」


 二人が頷くのを確認して、リサは森の奥に向かって採取を再開した。


 手にした枝で、途中途中の木の幹に傷をつけてマークをつけていく。

 こうすれば普段あまり行かない森の奥でも、迷うことなく戻ってこられるはずだ

 まだ太陽は真上にあって明るいので、獣に出会う可能性もきっと低い。


「あっ! キノコ! おいしいやつだよ」

「ティリル!」


 離れないようにと約束したのに、さっそくティリルが前方へ駆け出す。

 しかたないなぁと、後を追おうとした直後だった。


「きゃあああっ!」

「ティリル!? どうしたの?」


 悲鳴を聞いて、慌ててティリルに駆け寄る。


「ア、アレ……」


 驚いて尻餅をついたティリルが前方を必死に指さす。


 そこには――――一匹の狼がいた。


 しかも普通の獣ではない。

 身体はリサよりも遙かに大きく、何より、目が黒い炎のように揺れていた。

 地面には大きな爪が突き刺さり、口には光る鋭い牙を出して、三人をじっと見ている。


 あの爪に一撫でされれば、あの牙に一噛みされれば、リサ達などきっとひとたまりもないだろう。


「ま……もの……?」


 リサを追いかけてきたメーベルが立ち竦み、声を震わせる。


 ――――あれが……魔物!?


 養護院の近くで魔物が出たことなんて、今まで一度もない。

 大人が子供を怖がらせるためのおとぎ話だとばかり思っていて、誰も信じていなかった。


 しかし、今、目の前にいる狼は聞かされていた魔物の姿にそっくりだ。

 牙や爪がやけに鋭く、身体がとても大きい。

 そして、特徴的な黒く、揺れる瞳。


 ――――二人を守らなきゃ!


 年長者として、リサは無我夢中で二人の前に立った。

 棒の先端を狼に向け、必死に威嚇する。


「こっ、来ないで! あっ……」


 しかし、狼は一気に距離を詰めると、リサの持つ棒を口で掴んだ。

 枝で作った棒は、魔物の牙でパキンといとも簡単に折られてしまう。


「ひっ!」

「えーん、えーん……」


 後ろにいるティリルとメーベルが恐怖で泣き出す。

 これではリサが引きつけて、二人を逃がすことも難しそうだった。


 ――――どうしよう……。


 このまま何もしなければ、襲われ、引き裂かれるか噛み引きちぎられるのを待つだけ。


 ここで終わってしまうなんて、嫌だ。


 死の恐怖に脅かされながらも、リサは屈しなかった。


 何か、何か考えないと。

 生き残る方法を、獣を追い払う方法を……。


 一度離れていた狼は棒の半分を奪ったことで、再びじりじりと距離を詰めてくる。

 いつ飛び掛かってくるかわからない中でも、リサは考え続けていた。


 必死に、祈るかのように、どんなものにでも縋るつもりで。

 それは自分の奥底に眠っているものを、引き出すことに他ならず――――。


 一筋の光明を見いだすことに成功した。


「……あ……っ」


 突然、身体に何か力が満ちてきて、頭の中に言葉が浮かんでくる。


 自分が使えるはずない。

 それは魔物と同じく、養護院の子供達にとっておとぎ話の中にしかないもの。


 けれど、言葉が脳に刻まれ、力があふれようとしていた。


「眩忘の光<ニフライト>!」


 耐えきれず、その力をリサは外へと放出する。

 言葉とともに広げた手を、自然と狼へ向けていた。


「えっ……」


 眩い光に魔物が包まれていく。

 完全に狼の姿が見えなくなるまで光は大きくなると、今度はゆっくりと収縮を始めた。


 そして、最後には狼の姿と一緒に消えてなくなった。


「何が……起こった……の?」


 信じられない光景に驚き、目をぱちぱちとさせる。

 緊張が解けて、リサもティリルの横にストンと尻餅をつく。


 自分でやったことなのに、とても信じられない。


「「おねえちゃん!」」


 ティリルとメーベルが同時にリサへ抱きついてくる。


「もう……大丈夫……きっと……よくわからないけど」


 呆然とするリサは、安心させようと二人の頭を撫でる。


「すごーい、魔法が使えるなんて」

「きれいだった……」


 戸惑うリサと対照的に、二人は先ほどまでの恐怖はどこへいったのか、初めて見た魔法に目を輝かせていた。




※※※



 これが、リサが初めて魔法を使った出来事。


 養護院に戻ったティリルとメーベルは、興奮しながら大人達に事の顛末を伝えてしまう。

 国がそれらを聞きつけるのは、恐ろしいほど早かった。


 あとでわかったのだけれど、養護院育ちの子供が、しかも極稀な光属性の魔法を使ったことは、国を揺るがす一大事だったのだろう。


 数日後には使者が来て、リサは養護院ごと国の監視下へ置かれる。

 それから、養子先となる家が決まるまでが長かった。


 物々しい護衛がつけられた養護院の一室で、毎日のように候補となる貴族と面談させられる退屈な日々。

 表でも裏でも、国と養護院の責任者である院長のもと、貴族による壮絶な争奪戦が繰り広げられているようだった。


 最終的には養護院に元々多額の寄付をしていて、さらにたっぷりの寄付の上乗せを約束したコルテリーア伯爵家の養女に決まったのは、つい数日前のこと。


 さらにリサが養護院の皆に別れを告げて、王立魔法学園への移動を済ませたのは、入学式の直前だった。

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