005_お茶会の乱入者は
「名前はもう知ってるわよ……っ! さっさとお座りになったら?」
最初が肝心と元気いっぱい挨拶したリサに、デイジーがあきれ顔で答える。
しかし、アンナマリーが彼女に睨みを利かせた途端、丁寧な言葉遣いで着席を勧めてきた。
「わたしはローズ。ローズって呼んでくださいね」
「学園では、身分関係なく親しくするって聞いたから、デイジーって呼んでもいいけど」
アンナマリーとローズの間の椅子に腰掛けると、二人が改めて挨拶してくれる。
どうやら三人とも、仲間に入ることに歓迎はしてくれているようだ。
呼び出された時とは、随分と違う穏やかな雰囲気になっていた。
「はい、ローズ。デイジー。ア、アンナマリー!」
緊張するあまり、最後に感極まってアンナマリーの名を呼び捨てしてしまう。
「え、ええ……よろしくね、リサ」
いきなり名前で呼んでしまったことに慌てたけれど、当の本人はまんざらでもないようだ。
ほっと胸を撫で下ろす。
いじめっ子といじめられっ子の関係から、一気に友人にすべり込めたのだ。
このチャンスは逃せない。
外を出歩ける元気な身体に加えて、いきなり“マジラバ”で友達が三人できたのだから。
「しかし……リサは思っていたのと、違う印象ね」
「そ、そうですか?」
幸せを噛みしめているところを、アンナマリーにじっと見つめられてしまう。
ありがたき幸せだけれど……ぎくっとした。
つい先ほど頭をぶつけて前世の記憶を取り戻したわけで、それまではリサの元の性格だったはず。
印象が変わったというのは、正しい。
「そうよね、入学交流舞踏会<プロムナード>でのリサは、なんというか……虐めたくなる感じだったし」
またもデイジーの失言をアンナマリーが目で指摘するも、訂正しない。
「ごめんなさいね。こうして話す前の貴女は、何も知らない純粋無垢で、見ていると苛つく存在に思えたわ」
「外見や雰囲気ではわからなくても、話すといい人だったりするものですからね」
アンナマリーがわざわざオブラートに包んでくれて、ローズも付け加えてくれる。
「ありがとうございます、これから精進します!」
「べ、別に貴女に何かを望んでいるわけでは……今の感じの貴女は……別に嫌いではないわ」
あぁ、なんという慈悲の心とツンデレっぽいセリフ。
アンナマリーにはなれなかったわけだけれど、すぐ近くでこうして彼女を見ていられるほうがいいかもしれない。
「おやおや、こんなところにキュートなお嬢さん方がいらっしゃる」
幸せを噛み噛みし続けていると、不意に横から誰かの声が聞こえてきた。
ドクンと胸が大きく高鳴る。
――――絶対に……間違えるわけない!
このわざとらしいまでのチャラチャラのセリフ。
甘ったるい話し方に、突然の登場は間違いない。
――――ヒースクリフ!
振り返るとそこには憧れのキャラが立っていた。
アンナマリーよりも、もう少しだけ赤みを帯びた茶色の髪は光の下で輝いている。
そして、家族の中で一番深い色とされている濃青色の目は、何もかもを知り尽くしているようにも見えた。
仕立てのいいシャツにベスト、上着は紺色に金のライン。
クラバットは淡い水色の薄い生地で、風を受けて、軽やかに動いている。
「んっ? 俺の顔に何かついているかい?」
「い、いえ……その……」
――――ずっと、ずっと好きです!
思わず告白しそうになって、なんとか踏み止まる。
彼もリサのことが気になるのか見つめていた。
きっとアンナマリーの取り巻きでいつも見ない顔なので、妹思いのヒースクリフが気にしてのことだろう。
――――ヒースクリフ! きゃああっ、本物! なに、このご褒美だらけの世界。
喜びのあまり固まっていると、アンナマリーが口を尖らせてヒースクリフに文句を言う。
「リサが困っていますわ、お兄様」
「この珍しく美しい花はリサという名前なのかい。あぁ、俺が迷い込んだのは一体、どこの花園だろうか? 王宮? 天国? どちらにしろ、ここ以上美しい場所が他にあるだろうか」
ヒースクリフが額に指先を伸ばし、嘆く。
その大げさな仕草がなんとも様になるから、ついつい虜になってしまう。
「もうっ、お兄様! わたくしのお客様に、おかしな言葉をかけるのは止めてください!」
真っ赤になるリサと違って、他の三人は呆れ顔になる。
「いくら愛しい妹でもその願いは叶えられないな。蕾の花のお嬢さん<フラワーズレディ>が勢ぞろいしているこの場に、偶然居合わせたのだから。本心を隠し、偽ることなど俺にはできない」
思わず「きゃぁー」と歓声を上げたくなる。
ヒースクリフお得意のチャラ甘いセリフを生で見られるなんて、幸せすぎる。
これでもうドロドロでぐっちょりなバッドエンドに直行でも満足。
「ここにヒースクリフが参りました。ようこそ、お嬢さん方」
ローズとデイジーに向かって、ヒースクリフがウインクすると手を差し出した。
「――――」
「その手には乗りません」
ローズはやや遠くを見て無視し、デイジーはきっぱり断る。
二人はなんという意思の強さなんだろうか。
「つれないなぁ。だが、それがいい。簡単に手が触れては、高嶺の花と言えないからね」
ヒースクリフはがっくりと肩を落としながらも、すぐに復活する。
そして、リサのほうを改めて見た。
「こっちの可愛らしい花はどうかな?」
「改めまして、リサ・コルテリーアと申します」
今度は喜びのあまり固まってしまわずに、ちゃんと自己紹介することができた。
「もしかして、噂の光のお嬢さんかい?」
「は、はい!」
「最高に可愛いね、リサ。頬が赤いのは、かっこいい俺に惚れてしまったからかな? 触れたら火傷しそうだけれど、どうかな?」
魅力的な微笑みを浮かべながら、ヒースクリフが手袋をしたままの指でリサの手を取る。
一瞬、彼がびくっと震えて離れたけれど、またゆっくり触れてくる。
今のは……なんだったのだろうか?
「あっ……」
考えようとするも、指先の感触に邪魔されてしまう。
ヒースクリフは、手を取るだけで終わらない。
手のひらに指を這わせてくる。
――――手袋に萌えるフェチとかじゃないのに、あっ! 布の感触が……。
「柔らかくて、気持ちいい手だ。まるで吸い寄せられる……」
彼の指に指先を包まれたかと思うと、今度はゆっくり指と指の間に入ってきた。
赤面はそのままに、胸の鼓動が早くなる。
嘘、本物のヒースクリフが……手、手がっ、ぞくぞくしちゃ……。
「リサ、振り払わないと悪ふざけがエスカレートしますわよ。わたくしの兄だからって、遠慮はいりませんわ」
――――そんな、もったいないことできませんっ……!
アンナマリーの忠告に、リサは目をぎゅっとつむって心の中で叫んだ。
「手も熱くなってきたね。気持ちいいのかな?」
「ひ、ひゃい……」
手のひらを指先で引っ掻かれ、ぴくんと痙攣してしまう。
顔から火が出るほど熱くて、もう思考を放棄。
「じゃあ、もっと気持ちよくしてあげないと、ね」
ゆっくりヒースクリフの顔が、リサの手の甲に近づいて――――。
キ、キスされる!?
「お兄様! ふざけないでっ!」
直前で、アンナマリーが立ち上がって怒る。
「ふざけてはいないのだけど、今のはさすがにやりすぎたかな。我が妹の機嫌を損ねたようなので、今日は退散させてもらうね。再び巡り会える奇跡を切に願っているよ、見目麗しいお嬢さん方」
神々しいまでの微笑みを浮かべて、ヒースクリフが去っていく。
気づいた時にはもう姿が見えなくなっていた。
彼はゲームの中でも神出鬼没で、いきなり現れては、いなくなる時もぱっと消えてしまう。
「ハーッ。見苦しいところをお見せしましたわ。あの人はもう……」
いなくなったところで、アンナマリーが盛大なため息をつく。
「もう、慣れました。真面目に相手をしなければいいだけだし」
「アンナマリーさんが悪いわけではないです……」
悪態をつくデイジーと違って、ローズは小声で絞り出すような声だった。
「はぁ……かっこよかった」
まだヒースクリフに触れた余韻が残っていて、手を宙にかざす。
つい、本音がもれた。
「「はっ!?」」
三人が一斉に疑問の声をもらす。
「えっ? な、何か間違った……? あんなお兄さんと一緒にいられていいね」
本心だったけれど、三人から頭は大丈夫かといった様子で顔をのぞき込まれてしまう。
「そんなことを羨ましがられたのは初めてですわ」
リサが本気で言っているとわかり、アンナマリーが戸惑いの表情を浮かべた。
誤魔化すこともできたけれど、思い切って彼女達に話す。
「実は、暴露しますと……アンナマリーになりたかったのはね。ヒースクリフ様の妹になって同じ屋根の下にいられるからなの」
「えっ……お兄様を? 恋人ではなく? 妹として?」
さらにアンナマリーが困惑する。
まあ、普通の感覚だと、理解できないよね。
自分のことながら、アンナマリーの反応はよく理解できる。
「でしたら、わたくしの家の養女にでもなります? 光属性の貴女なら、王族からだって引く手数多ですわよ」
「それは、反則な気がします」
リサは首を横に振った。
養女になって悪役令嬢家に入り込むのは、裏技でフラグを弄って物語をねじ曲げてしまうようなもの。
“マジラバ”の世界観を愛する者としては、許せない。
ほんのちょっとだけ……アンナマリーの提案に惹かれたのは否定できないけれど。
「アンナマリーにもリサにも悪いけど、魔力を持たない人なんか家族とも思わないし、恋人にだってなれないわ」
デイジーが口を尖らせて、意見する。
よほどヒースクリフをよく思っていないらしい。
魔力を持つことで女男爵になった、彼女なりの価値観があるのかもしれない。
「わたしはお友達ならなれますけど……政略結婚であっても、魔力のない方は両親が絶対に許さないと思いますし……」
ローズからもきっぱりと否定されてしまう。
そう、ヒースクリフは公爵家に生まれていながら、魔力を持っていない。
それが、彼が皆から煙たがられる理由の一つだった。




