046_これってデートですか?
最初にヒースクリフと一緒に訪れたのは、小ホール。
入り口には”魔法の人形劇”と書かれた垂れ幕があり、中では演劇をやっていた。
「嵐の夜に約束しよう!」
「ええ、必ず迎えに来てください」
カーテンが幾重にも重なる小さな舞台の上で、王子と王女の人形が嵐に吹かれている。
「嵐も人形も魔法で裏からやっているんだー」
「よくできているね、今のところは」
感心していると、ヒースクリフが含みのある言い方をする。
注意深く見ていると、場面がパッと変わる。
「はははっ! 魔女狩りだー」
磔にされたパペット姫が、悪い人形によって火あぶりにされている。
「あれ? 王子様?」
そのまま人形は丸焦げになって、劇は先に進まない。
会場に妙な雰囲気が流れていた。
「……王子様、助けに来れなかったのかな?」
「魔法を使った演出上の問題、かな」
苦笑いしながら、彼と顔を見合わせる。
どうやら火魔法の加減や、パペット王子の登場などの魔法が上手く行かなかったようだ。
ヒースクリフが言っていたのはこのことだろう。
うちのメンバーは優秀な人ばかりなので忘れがちだけれど、魔法の威力の調整というのは簡単にできるものではない。
「悲劇は終わったみたいだし、次へいこうか」
「はい!」
観客が去り始める前に、二人はそっとホールを離れた。
※※※
次に向かったのは、上級生の教室の一つ。
入り口には”魔法の図書サロン”と書かれた小さな黒板が立てかけてある。
「図書? サロン?」
「何だろうね? 入ってみようか」
頷いて一歩足を踏み入れる。
段差のない普通の教室の中には、本棚とベンチがあり、その周りには水が流れていて、小さな滝まである。
屋内なのに、せせらぎが心地良い空間を作り出していた。
「魔法で周りを濡らすことなく水を流すなんて、さすが上級生だ」
「ほんと、すごいですね」
水操作<ウォーター>の応用魔法なのだろう。
「それにしても……店員がいませんね」
客が少数いるものの、働いている人の姿が見えない。
「そういう趣向みたいだよ。リサ、ベンチに座ろう」
ヒースクリフが入り口横にある台をのぞき込むと、勧めてくる。
何か注意書きでもあったのだろうか。
「わっ……えっ!?」
リサがベンチに座ってきょろきょろしていると、本棚一冊の本が舞い降りてきた。
膝に置かれると、最初のページまでめくってくれる。
「お勧めの本を選んでくれるってさ。だから、魔法の図書サロン」
隣に座ったヒースクリフの膝の上にも同じように本が降ってきて、開かれる。
全部風魔法で移動しているのだろうけれど、人の視線や動きを感じないのはすごいことだ。
「私のは……冒険小説。ヒースクリフのは?」
「ふぅん、詩集か――――」
答えるなり、彼がゆっくり朗読を始める。
「優しいもの、愛しいもの。二つが合わさったような唇。墓の中まで焦がれる」
「……っ!」
詩集は詩集でも激し目の恋愛ものだった。
しかも、ヒースクリフは読みながら、リサの唇を熱っぽく見つめてくる。
「つっ、次、行きましょう!」
瞬間顔が真っ赤になり、慌てて立ち上がる。
「リサ、せっかく素晴らしい愛の詩なのに」
不満げに言いながら彼も本を閉じる。
二つの本は来た時と同じように、本棚へと戻っていった。
※※※
校舎から出ると、脇に屋台を見つける。
何を売っているのかとのぞき込むと、看板には”魔法のアイスクリーム屋さん”と書かれていた。
「二つくれる?」
「わっ、ありがとうございます」
何も言わずにヒースクリフが注文してくれる。
屋台の中始まる、魔法でのアイス作りに注目する。
サッカーボールぐらいの球状の容れ物に、牛乳や砂糖、卵、バニラエッセンスといった材料を次々入れていく。
「魔法で冷やすとして……その後はどうするんだろ?」
水属性には凍化<フリーズ>という物体の温度を下げる魔法がある。まずはそれを使うのは間違いなさそうだ。
アイスの作り方って……そうか、ボール!
前世の知識から、アイスクリームを手作する方法を思い出す。
たしか材料と氷を一緒に入れて、しっかり密閉したら、しばらくそれをボールにして、転がせばできあがり。
魔法でやるとしたら――――。
「あぁ、風魔法の旋風<ドライ>を使うんだね、こんな使い方もあるとは」
ヒースクリフが言うとおり、店員は冷やしたボールに風魔法を掛ける。
旋風<ドライ>は、小さな風の渦を作り出して、本来は対象を乾燥させる魔法だ。
それを応用して、ボールをその場で高速回転させていく。
「おまたせしました」
中から二人分のアイスクリームを大きなスプーンで取り出すと、ガラスの器に盛りつけ、最後にスプーンをつけて手渡してくれる。
「ひんやりっ……できたて、美味しい!」
きっと隣にヒースクリフがいるからということもあるだろうけれど、手作りの冷え冷えのアイスクリームは予想以上に美味しい。
来年は屋台で何か作るのも悪くないかも。
スイーツもいいけど、たこ焼きとか、焼きそばとか、縁日っぽいのもいいな。
一年後の妄想がすでに始まっていく。
「そんなに気に入った? 俺のも食べるかい?」
ヒースクリフはすかさずスプーンでアイスをひと匙すくうと、リサの口元へ運ぶ。
「えっ?」
「溶けちゃうよ」
焦ったし、恥ずかしかったけれど、妖艶な彼の誘惑には勝てなかった。
「…………」
無言で、顔を真っ赤にしながら、ヒースクリフのスプーンにパクつく。
そして、心の中で叫ぶ。
これだとアイスクリームじゃなくて、こっちが溶けちゃうよー!
※※※
最後に向かったのは、学園の裏庭。
ここだけはリサが事前に見てみたいと思っていた出し物だ。
「大きいし、随分凝った作りをしているね」
さすがのヒースクリフも驚きの声を上げる。
目の前には”魔法の大迷路”と看板に花で文字を象ったものと、バラの巨大アーチの入り口が置かれていた。
その奥には完全に人の姿が隠れる高さの、バラの生け垣が見える。
「さすがに数人では作れないだろう?」
「はい、地魔法を使える生徒、教師まで有志が集まって、2週間かけて作ったらしいです」
「へぇ、学園の庭師が見たら卒倒しそうだ」
生徒の間で制作中から話題となっていたので、かなりの盛況で、二人が見ている間にも人が次々入っていく。
「中はどうなってるの?」
「根ごと動かして作った巨大迷路になっています。ゴールには宝箱が置かれているらしいですよ」
「本格的だなぁ」
ヒースクリフは、若干呆れている。
たしかに魔法祭で、学園の庭をここまで作り替えてしまうなんて、ちょっとやりすぎだ。
「宝箱の中身は最初に到達した人がもらえるらしいですよ、一緒に挑戦してみませんか?」
おそらく何も言っていないので、宝箱はまだ誰にも見つかっていないのだろう。
「いいね、行こう」
ヒースクリフがリサに手を差し出してくる。
思わずまじまじと見てしまう。
「迷路だからね、迷ったら困るだろ?」
微笑みながら、彼が理由を説明する。
「よ、よろしくおねがいします」
迷子になったら、困るもんね。
言い訳を心の中で呟きながら、彼の手を握る。
「この手のは得意だからまかせて」
彼のほうは一切緊張する様子もなく、リサの手を引っ張っていく。
「……これ、上から見たら、ゴールわかりますよね?」
「飛行防止用に迷路が動いたりして。けど、隠れているような人の気配がしないな……造って力尽きたか」
そんなことまでヒースクリフにはお見通しらしい。
しばらく手を繋いで二人で迷路を歩く。
「僕の予想だと、ここを曲がったところがゴールかな?」
「えっ、もう!? 本当ですか?」
迷路に入ってから、まだ十分ほどしか経っていない。
けれど、ヒースクリフは常識外れのことを度々やってのけているので、正解にたどり着いた可能性が高い。
「宝箱の中身はなんでしょう――――」
楽しくて、跳ねるようにして、彼が示した角を曲がる。
「あれ? 行き止まり……」
奥まで行ってみると、看板に“残念。はずれの道、休んで考えよう”と書いてある。
ヒースクリフが間違えるなんて、珍しい。
「おかしいな、道を間違えたみたいだ」
「思ったより巧妙に作ってあるのかもしれないですね」
すぐに戻ろうとするも、繋いだ手が引っ張られる。
「ヒースクリフ!?」
「おや、こんなところに迷子の新米メイドがいた」
「もう、からかわないでください」
照れながら、もう一度戻ろうとするも今度は強く引っ張られてしまう。
「ここなら、薔薇の屋根があるから、屋敷の者からは見えない。おいで」
「きゃっ!」
くるりと回され、位置が逆転する。
リサの背には薔薇の生け垣があり、ヒースクリフは悪い笑みを浮かべながら覆い被さってくる。
「アンナマリーと仲直りできると思わなかった。優秀なメイドに感謝の口づけをしたいのだけど」
色っぽい彼の様子に、胸が高鳴り過ぎる。
「わ、私がしたくてしたことなので……」
「じゃあ、いらない?」
「――――いり、ます」
ここで断るなんてことできない。
もちろん、恥ずかしさで顔は真っ赤だった。
「挨拶のキス? 大人のキス? 淫らなキス?」
「お、大人っぽいやつ?」
疑問形で答えてしまう。
すると、身体を生け垣に押しつけられる。
彼とぴったりとくっついたまま、キスされた。
「……きゃっ、んぅ!」
しかもしっかりとキスした後で、リサの首筋へとキスを這わせていく。
「っ……ん、そこまではキスに入ってません……誰か、来たら……」
前世にはなかったヒースクリフのイベントがR指定になったら、困ります!
頭の中が真っ白になっていく。
その間も、耳や頬を彼の手が愛撫していく。
「このメイドは恥ずかしがり屋のようだ。それとも、無体な放蕩貴族を退けるすべを知っているかな」
ちゅっと音を立てて、耳にキスされる。
それでやっと解放された。彼の身体が離れていく。
「リサ、感謝している」
「ど、どういたしまして……っ」
こんな風にしかお礼を言えないなんて……。
ヒースクリフのほうが恥ずかしがり屋だけど、言わないでおこう。
「そろそろ、戻ります。交代の時間なので」
顔を赤くしたまま、メイド服の乱れを直す。
自然な動作で、ヒースクリフもリボンを整えてくれる。
アンナマリーがいるから、手慣れているのだろうけれど、ドキドキしてしまう。
「魔法祭が終わったら、リサにドレスを贈っていいかい?」
「はい? どこかへ行くんですか」
首を傾げて尋ねると、ヒースクリフが急に真面目な顔になる。
「あの悪魔が、カジノ経営をする成り上がり貴族のところにいる」
「調べたんですか! さすが……って、あれ……香水とか、夜に出歩くとか、そのせい?」
思わず、身を乗り出す。
すると、彼がしーっとリサの口に人差し指を当てた。
「解決するから、アンナマリーには内緒だ。どうか力を貸してほしい」
内緒話……実はこれが本題だったのかな。
「まかせてください」
胸を張って頷く。
「五日後の夜、カジノで仮面舞踏会がある。それに紛れて潜入しよう」
「兄妹の仲を切り裂く悪魔は、ヒロイン<わたし>がばっさり倒しますから!」
「ははっ、期待してるよ」
自信たっぷりにいったけれど、内心ではドキドキしっぱなしだった。
ヒースクリフが、仮面舞踏会にエスコートしてくれるみたい。
えっ! もしかして、これって夜のデートですか……!?
9/14よりKADOKAWA フロースコミックで
コミカライズ連載がスタートしました!
(漫画:御守リツヒロ先生)
そちらもぜひお楽しみください!
気に入っていただけましたら
↓の☆☆☆☆☆から評価をしていただければ励みになります。




