042_放蕩貴族とカジノ
結局、翌日のテスト結果がどうなったかというと――――。
「まず始めに、今回のテストですが落第者はなしです!」
さらっと先生が告げる。
もったいぶって発表されるかと思ったけれど、どうやら落第者がいないのは普通のことなので、そんな必要もないらしい。
「ではテストを返却するので、呼ばれたら取りに来るように」
順番に同級生の名前が呼ばれて行く。
「リサ、どうだった?」
解答用紙を受け取ると、さっそくデイジーがのぞき込んでくる。
「ばっちり!」
落第のボーダーラインの七割正解を余裕で越えて、八十点台が並ぶ。
一番苦手だった魔法哲学も八十九点だ。
“攻略対象に教えてもらわないと勉強できない病!<ヒーローティーチミーシック>”には焦ったけれど、男性陣に教えてもらえれば十分チートなスキルに変貌する。
「がんばったわね、リサ」
「そうだ! 勝負していたんだっけ」
魔力テストの時に、次は学力テストで勝負だと言われたのを思い出す。
「勝負はもういいんじゃないかしら?」
「そんなこと言わずに見せて、見せて!」
アンナマリーの成績も気になって、彼女の答案をのぞき込む。
彼女はさっと隠したけれど、一枚目だけが一瞬見える。
そこには満点の記号が並んでいた。
「さ、さすが……アンナマリー、様です」
「急に畏まらないでくれる? ふふ、ふふふふ」
点数同様、アンナマリーの表情から不安な色は消えている。
ステファンと勉強したからか、それとも勉強会が気分転換になったからかはわからないけれど、リサとしてもほっとして、一緒に笑った。
※※※
無事、学力テストを合格点で終えたリサは私室の窓部に立ち、じっと外を見ていた。
すでに空は暗くなり、月と星が主役になっている。
「今夜は、来ないのかな……」
コツンとガラスに額をつける。
「テスト……無事に終わったって、言いたいのに」
外は気温が下がっているらしく、リサの吐く息でガラスが少し曇る。
「アンナマリーも、元気になってきたよって、教えたいのに」
無意識に、指が自分の唇に触れていた。
「ヒースクリフ……」
会いたいと口に出しそうになって、飲み込む。
言えば本当に来てくれそうで、ただ会いたいだけなのに、申し訳ない。
「どこで、何をしているんだろう」
窓の外に広がる闇深くに意識を向ける。
今にも窓がコツコツと音を立てて、ヒースクリフがいきなり現れそうだ。
しかし、外からは何の音も、何の気配もしなかった。
今日はやはり来ないのかもしれない。
それでもリサはずっと外を見ていた。
なぜか、闇の中にいつも彼がいる気がしたから……。
※※※
その頃、ヒースクリフはというと――――。
噂どおり、カジノに入り浸っていた。
「パス」
ディーラーから配られた同じ枚数のカードを一瞬見ると、数枚を捨てて交換し、素早く次のプレイヤーの番に回す。
その間、一秒にも満たない。
すべてが頭に入っているのでカードは台に伏せたままだ。
「ビッド」
二周ほどしたところで、役が揃ったらしく、先に他のプレイヤーから勝負の宣言が出る。
以後は賭けたチップを捨てて勝負を下りるか、この周の手で勝負するかしかない。
「レイズ」
ヒースクリフは最後にドローして得たカードを見る前に、賭けるチップをせりあげた。
しかも上限いっぱいまで金貨をカードの前に投げる。
それは屋敷が一件、軽く買えてしまうもので、違法と呼べるものだった。
これがこのカジノが賑わう人気の理由の一つ。
財のある貴族であっても、一夜で破産することも可能だ。
しかし、来る者は大抵、一財産作って逆転することを夢見ている。
運なんて不確定なものに未来を託して、馬鹿げたことだ。
「では皆様、オープンを」
勝負の宣言が出てから最後のプレイヤーまでがプレイしたところでディーラーが告げる。
「ストレートっ!」
「俺はフラッシュだ!」
掛け金が高額なだけに震える声で自分の役を告げていく。
役が上回った者は歓喜し、下回った者は崩れ落ちる。
一通りカードが表向きになったところで、ヒースクリフはニヤリと笑みを浮かべた。
「フォア・カード!」
カードをテーブルの上に投げ捨てる。
スペード、ダイヤ、ハート、クラブそれぞれのクイーンが表向きになる。
参加せずに遠目に見ていた者達から「おぉ」と歓声が上がった。
他のプレイヤーの賭けたコインがヒースクリフの目の前に、すべて運ばれていく。
「すごい、また勝った!」
「お強いのね」
「俺には幸運の女神が二人もいるからね」
椅子の左右には派手なドレスを着た女性が二人座っていて、ヒースクリフはその腰に手を回す。
ここは、最近急に人を集め出したと噂の比較的新しいカジノだ。
今も深夜にもかかわらず、多くの者が賭け事に興じている。
人間の様々な強い感情が渦巻く、妖しい空気がカジノに満ちていた。
「だったら、私達も貢献しているってことよね? 分け前をいただけるのかしら?」
「いいだろう。好きなだけやるよ」
「ほんと!?」
二人の女が色めき立つ。
「俺のキスでよければ、好きなだけ」
「も、もう! わかってるでしょ、そっちじゃなくて、こっち」
女があざとくチップを指す。
「じゃあキスのあとでな」
「それならいいわよ」
左の女の顔に唇を寄せる。
「…………」
しかしヒースクリフは、キスするのではなく耳元で何事かを呟いた。
これならば、目の前のディーラーにも気づかれることはない。
「さあ、話してくれるね?」
「ええ……何でも聞いて……」
女は目をとろんとさせて、ヒースクリフに身体をさらに寄せる。
「やっぱり、ここは俺と相性がいいみたいだな」
「相性? どういうこと?」
右の女がヒースクリフの言葉に首を傾げる。
「…………」
怪しむ前に、左と同じように耳元で囁く。
すると、同じように右の女も身体をしなだれてきた。
「さあ、好きなだけ俺に、秘密を話してもいいんだ」
女が二人ともこくりと頷く。
「少し休憩してくる」
ディーラーに席を離れると告げる。
ヒースクリフは左右に女を抱いたまま立ち上がると、奥の休憩部屋に姿を消した。
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