041_妄想は無限大
学園に鐘の音が鳴り響く。
それは単なる授業の終わりだけでなく放課後を告げるもので、今日のリサが待ちに待っていたものだ。
「いざ、図書室へー!」
「リサさん、随分とやる気に満ちていますね」
拳を突き上げながら立ち上がったリサに、隣に座っていたローズが微笑む。
「あんまり焦ってやると、いつかとんでもないミスをするわよ」
「そ、そんなことないって……」
デイジーのツッコミに、チッチッチと人差し指を左右に揺らす。
確かにヒロインは、うっかり体質なので要注意だ。
「とにかく、みんなもさっさと行くよ」
「ちょ、ちょっとリサ……まだ心の準備が……」
ステファンと一緒に勉強をするということで、すでに緊張しているアンナマリーの腕を持って強引に立たせる。
さあ、どんな初々しいラブコメを見せてくれるのかな?
それともツンデレっちゃう?
勉強よりもそっちのわくわくが止まらない。
「おーい、リサくん! ちょっといいかね?」
期待と興奮が高まったところで、自分を呼ぶ誰かの声が聞こえてくる。
嫌な予感がして振り向くと、教室の入り口に立つ先生がリサのほうを見ていた。
「先生に呼び出しなんてリサ、なんかやった? まさかのテスト前に落第決定?」
「いやいや、さすがにそれは……思い当たること、まったくないんだけど」
キアランに会うために一日授業をさぼったことはあったけれど、もう随分と前のことだし、今更あれこれ言われるとは思えない。
「いいから、早くいってらっしゃい。先生がお待ちですわよ」
先ほどとは逆に、アンナマリーから促される。
「うぅ……先に言ってて」
あんまり長引かないでと祈りながら、仕方なく先生のところへ向かった。
※※※
呼び出された理由は、リサが養子になったコルテリーア伯爵家から、最近連絡がないので近況を知らせるようにとの伝言だった。
伯爵家には成績などを逐一知らせるように言われていたのだけれど、最近色々なことがあって、楽しくて、つい忘れてしまっていたのだ。
実家には援助を受けているのだから連絡をおろそかにしてはならないと、先生からも軽くお叱りを受ける。
すぐに手紙を書くことを誓ってリサが教員室を出られたのは、放課後を三十分も過ぎた頃だった。
「遅刻、ち――――」
これは言わないほうがいいよね。
ヒロインだから、誰かとぶつかって、好感度を上げかねない。
「さあ、いざ勉強会へ」
図書室の扉を開ける。
目に飛び込んできた光景に、リサは思わず感動して口を押さえた。
第一の机には、アンナマリーとステファンが並び、勉強をしている。出題役は二人の向かいに座るセオとヴィニシスだ。
一方、第二の机にはデイジーとローズが、それぞれキアランとカルツにワンツーマンで勉強を教えている。
こ、これは……絶景!
男性陣に囲まれていた昼休みの時とは違って、皆で勉強しているわいわい感が出ている。
放課後の図書室、九人で勉強会なんて……充実すぎ! 学園生活って感じ!
「遅せーぞ、リサ」
キアランが感動して入り口で立ち止まっているリサに気づき、声を上げる。
「ごめん、ごめん。ちょっと用事があって遅れちゃった。私の席は……」
改めて見ると、何のスキル効果か、もしくは豪華なメンバーに他の生徒が気後れして出ていったのか、図書室は貸し切り状態だった。
さすがに国が運営し、通うのは貴族だけということもあり、図書室より図書館といった豪華さだ。
部屋全体が円形になっていて、曲線上の壁に本棚が埋め込まれていて、本がずらりと並んでいる。
とても探しやすそうだ。
本棚と壁が一体化しているので、巨大なシャンデリアの下、中央の空間は広く空いていて、そこには長方形の机が三つ一組でコの字型に幾つも並んでいた。
その一つ、入り口に最も近いところをリサ達が使っている。
「お前の席はそこな」
「えっ!? いや、そこって偉い人の席じゃない!?」
キアランが指したのは、コの字の真ん中の席だった。
いわゆる、議長席。
どっちかの机に寄せて座らせてくれればいいのに……。
「遅刻したんだから、文句言うな」
心の声が顔に出ていたのか、キアランにびしっと言われてしまう。
でも、考えようによってはちょうどいいかも。
ここからなら、どっちもばっちり観察できるし。
大人しく席に座ると、さっそく左側のメンバーから観察する。
「効率重視の回答は、納得いきませんわ」
「いいや、制限時間がある場合は――――」
二人はやけにヒートアップしていた。
リサが来たのにも気づかずに何かを議論している。
「王となった際、国の大事があれば、熟考せずに、その場で切り捨てていくのですか? もし貴方がそんなことをすれば、わたくしは全力で反対しますわ!」
「ええと……そのたとえは、どうかと」
強い口調のアンナマリーをステファンが困り顔で宥める。
今の彼女の発言だと、ステファンが王になったら自分は意見できるそのすぐ側にいる、というか王妃でいるというのが前提になってしまっている。
なんと無自覚なツンデレなのだろう。
やっぱりステファンとアンナマリーっていいな。
意気揚々とお互いを高めあう関係、揺るぎない高貴なカップル、万歳!
「どっちも、浅いんじゃないの?」
心の中で二人を賞賛していると、向かいに座るセオが口を挟む。
当事者には申し訳ないけれど、見逃せない展開だ。
「貴方の物言い、挑発と受け取ってよくて? それに浅いという言葉は簡単に口にできます。何がどう浅く、対案を言ってくださいな」
アンナマリーがセオをじろりと睨む。
「では言わせてもらうけど、立場が違えば、考え方や価値観が違ってくるのは当然だろ? 王になった際、なんてステファンに今言うのは無意味だ。さらに言えば、アンナマリー嬢が王に口出しできる立場かなんてわからない」
「王族たる者、常に王の立場で考えておくのは重要だと思いますけれど……貴方こそ、ステファンの側に使えている者としての自覚が足りないのでは? ただ側にいるだけですの?」
セオがちくりと攻めると、すかさずアンナマリーも反撃する。
王子には悪いけれど、お互いに腹の探り合いカップルも素敵!
喧嘩が、いつしか恋に変わっちゃう?
いや、ここはやっぱり三角関係に発展しちゃうとか!?
親友と婚約者の間で揺れるステファン、どちらへの気持ちが恋なのか分からなくなるアンナマリー、無自覚に二人の関係に割って入り続けるセオ、みたいなの見てみたい!
頭の中での、勝手な恋愛ドラマ制作が止まらない。
「俺からすれば、二人とも冷静さを失っているだけのように見えるが?」
見かねてヴィニシスが二人の仲裁に入る。
けれど、これだとキツイので火に油を注ぐだけだ。
「あら、失礼しました。けれど、時には熱く議論するのも必要では?」
「冷静さを失えば、判断を狂わせるということを君は知らないのか?」
アンナマリーとヴィニシスの、鋭い剣先を突き合うような言葉の応酬が続く。
ステファンはあたふたするも、ツンとクールな二人の顔の雰囲気を見て、リサは興奮していた。
氷のクールカップルごちそうさまです!
さて、もう一方は……。
アンナマリーとヴィニシスの静かな言い争いは続いているけれど、違う机に座る四人の様子も気になる。
「ここ間違ってる! ちょっと、よそ見ばかりしないで集中して!」
「してたよ! これでもかってぐらい、してたぜ! うるせーな」
こっちでも争いが勃発していた。
すぐ集中力を乱すキアランに、デイジーが注意している。
「うるさいのはキアランが間違えてばかりだからでしょ! このままリサと一緒に貴方も落第していいの?」
「……それは困る。リサと一緒はいいけどさ、俺金ないし」
「だったら、真面目にやりなさいよ」
ううぅ! ケンカップルは鉄板で尊すぎる。
でもさらっと自分を落第確定にしないでほしい、冗談でも!
「どうでしょうか?」
「おっ、解けた……教え方上手いな」
もう一方のカルツとローズのカップリングも見逃せない。
「ふふっ、カルツさんの覚えが早いからですよ」
「やめてくれ、褒められ慣れてないんだ」
ローズの褒め殺しに、カルツはたじたじで、落ちるのも時間の問題だろう。
素直な不器用騎士と教え上手のお姉さん、たまらないです!
「いや、でも……」
改めて全員を見回して、リサは妄想を膨らませた。
クールなヴィニシスと優しいお姉さまのローズのカップリングもあり!
腹黒毒舌セオが、負けず嫌いの強気デイジーに惹かれるところも見てみたい。
悪役令嬢アンナマリーに、カルツが剣を捧げるなんて胸が熱くなる展開だ。
つまるところ――――可能性は無限大!
ヒロインにお任せあれ!
自分はお友達としてやりすぎず、さりげないキューピッド役に……
「小テストで全問不正解だったのに、随分と余裕だな?」
フンフンと興奮していたところで、ヴィニシスにぎらりと睨まれる。
「ごめんなさい、雑念が入りました。入りまくりでした」
我に返って、リサは謝罪した。
元はといえば、この集まりは自分のための勉強会なのだ。
真面目に教科書を広げて、勉強を始める。
でも、やっぱり――――。
みんなで仲良くしている中での、始まるかもしれない、特別な関係も想像しちゃうし。
ヒースクリフの外出の真相も気になるし。
アンナマリーとヒースクリフの喧嘩も気になってしかたない。
「はぁ…………」
ため息をつくと、心の中で叫ぶ。
ヒロインはこんな色々なものと戦いながら、学園生活を過ごしていたなんて、知らなかった!
忙しくも、嬉しい悲鳴だった。
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