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004_友達からお願いします

 ――――ひとまず、落ち着いて。


 いきなり前世の記憶が蘇ったせいで、色々混乱しているのだろう。

 深呼吸をして、気持ちを落ち着かせると、ひとまず状況を整理することにした。


 辺りを改めて見渡す。


 今、リサがいるのは、特徴的な屋敷の形からして、学園からほど近いアンナマリーの屋敷ヴァルモット公爵邸の庭園に間違いない。

 自分が立っている場所は、噴水の前。

 五歩ほど離れた場所に、憧れのアンナマリーが冷ややかな美しい瞳で見つめてくれている。


 ありがとうございます。とりあえず感謝。


 他には……少し離れたところにアンナマリーの友人が二人、椅子に腰掛けていた。

 アフタヌーンティーの用意だろうか。

 二人が座るテーブルにはティーセット、それにリサの記憶として刻まれているキラキラした百合のような花が活けられている。


 ――――あの花……入学交流舞踏会<プロムナード>のものだっけ。


 ごちゃごちゃになっていた記憶が次第に整理されていく。


 たしか数時間前に魔法学園の大ホールで、入学交流舞踏会<プロムナード>、いわゆる入学式があった。

 そこで新入生が胸に一輪つけるのが、魔法で加工されキラキラと輝く百合のような花。


 入学交流舞踏会<プロムナード>での、リサにとって困った出来事も憶えている。

 学園長のオルトンから誇らしげに紹介されてしまったのだ。

 リサが、三百年に一度現れると言われる珍しい光属性を持っているのが理由なのだけれど……。


 元庶民にしては、目立ちすぎてしまった。

 結果、悪役令嬢のアンナマリーに呼び出されて、恥をかかされそうになっている。


 ――――たしか……。


 ヒロインは何の用だろうって無警戒でアンナマリーについていくのだけど。

 ずぶ濡れにされ、泣かされてしまう。

 しかし、このイベントで最も重要な点は別にあった。


 アンナマリーがリサをずぶ濡れにする様子を、彼女の婚約者である王子様が見て、失望されてしまうのだ。

 つまり、ここから悪役令嬢の転落が始まると言えなくもない。


 ――――いや、でも仕方ないよね。


 リサが同情したのは、アンナマリーが婚約者に愛想を尽かされることにではなく、彼女がリサにちょっかいを出してしまうその心情にだ。

 身分も高くて、美人で、王妃になれる存在なのに、ぽっと出の元庶民のほうが注目されてしまうのは、彼女のプライドが許さない。


 自分が同じ立場でもそうだろう。

 もっと目立たないように、アンナマリーを立てて、と言ってやりたくなる。

 いや、今は自分がリサなわけだけれど……。


「…………」


 突然、黙ったまま辺りをきょろきょろしたリサに、アンナマリーは訝しげな顔をしていた。


 ――――本物の悪役令嬢、綺麗……。


 今から虐められる相手なのに、彼女の美しい顔につい感動してしまう。

 そして、つい本音をぽろりともらしてしまった。


「……私、あなたになりたかった」

「なっ、何をわけがわからないことを」


 リサの発言に、今度はアンナマリーが戸惑った顔をする。

 それでも憧れのまなざしでじーっと見つめてしまう。


「な、何を見てるの? なんとかおっしゃいなさい」


 ただ見つめるリサに、アンナマリーが焦れて、次第にオロオロし始める。

 調子がくるっているところも可愛い。

 このまま、ずっと生暖かく見守ってしまいたい。


「わ、わたくしに……憧れているとでもいうの? 貴女、本当に?」


 顔を逸らし、横目で尋ねてくる。

 ツンのアンナマリーが、照れるあまり、ついにデレの部分が顔を出す。

 それがあまりに可愛くて、尊い。


 どう答えたら、もっとデレな彼女を見られるのだろうか。

 とりあえず大きく頷く。


 その時、公爵邸の大時計がカチッと音を立てた。


「あっ……」


 時計の針は十五時を指していて、そこでリサはハッと思い出す。

 ゲームのヒロインであるリサがずぶ濡れにされる方法を、すっかり忘れていた。

 それは噴水に落とされるわけでも、アンナマリーから水を掛けられるわけでもない。


「危ないっ!」

「きゃあっ!?」


 ガバッと、リサはアンナマリーに飛びかかった。

 自分の身体を盾にして、強引に噴水から引き離す。


 瞬間、プシューッと噴水の中央から水飛沫が上がり、周囲を濡らしていく。

 公爵家の噴水は、九時と十二時と十五時に水が出る仕掛けになっていた。


 本当だったらそれをアンナマリーが利用して、リサを噴水の前に立たせ、ずぶ濡れにさせるのだけれど。

 じっと見つめていたせいで、そのことを彼女は忘れてしまっていたのだろう。


「間一髪、と言いたいところですが、少し、濡れちゃいましたね」


 当然、かばったリサは背中を中心に水しぶきを浴びてしまう。

 一方、アンナマリーもかばいきれなかった髪や腕に水しぶきがかかってしまった。


 でも、どさくさに紛れて、しっかり抱きしめさせていただきました。

 柔らかくて、いい香りがして、最高。


「っ……知っていましたし、このぐらい自分で避けられましたわ」


 照れながらツンツンする様子のアンナマリーは、また可愛い。

 このまま飾っておきたいぐらい。


 ――――それにしても……。


 ゲームのシナリオでは、リサがずぶ濡れるになるはずだったのに、今はアンナマリーも巻き込んで多少濡れてしまったという結末に変化している。


 この世界、わりと自由が利く?


 いわゆる強制力的なものは、もしかして弱いのかもしれない。

 今回だけかもしれないけれど、思わぬ収穫だと言える。


 強制力があまりないのであれば、リサが上手く立ち回って、ゲームとして知っている“マジラバ”のストーリーを改編できるかもしれない。

 運命を変えるというやつだ。


「旋風<ドライ>」


 突然、庭にエコーがかかった不思議な声が響く。


 声のしたほうを見れば、アンナマリーの友人の一人が片手を上げていた。

 リサとアンナマリー、それぞれを中心としてそよ風が生まれ、濡れた服や髪を乾かしていく。


 ――――わっ、魔法。本当に使ってる!?


 自分も使えるはずだけれど、前世の記憶を取り戻してから初めて見た魔法だった。

 本当にあることに感動する。


 ちなみに、旋風<ドライ>は下位の風魔法で、普通は乾燥ぐらいにしか使えないけれど、魔力が高い人なら、竜巻を作り出して攻撃することも可能らしい。


「お二人とも、それぐらいにしないと紅茶が冷めてしまいますよ」


 風魔法を使った彼女が手を下ろし、優しい微笑みを浮かべる。


 彼女はたしか……アンナマリーの友人の一人でローズ・ベルクリー伯爵令嬢。


 前世の知識ではなく、リサとしての記憶がそう告げている。

 彼女達は、“マジラバ”だと名前もない、イベントスチルでも顔のない、悪役令嬢の取り巻きでしかなかった。


「魔法、ありがとうございます」

「濡れたままだと気持ち悪いでしょうから」


 お礼を言うと、アンナマリーに続いて、ローズ達のいるテーブルに向かう。


 ローズは、近くで見ると見事な銀色をした細かく波打つ長い髪を揺らしていて、庇護欲がたっぷりと湧いてしまいそうな、美しい令嬢だった。


 前髪をくるんと中央で分けてちらりと覗く額の下、瞳は吸い込まれそうな金茶色をしている。

 おっとりとした天使の微笑みに、長い睫毛、声は鈴の音のようだ。

 黄緑色の穏やかな色をしたドレスに、クリーム色のレースが上品である。


「貴女、リサだったかしら? 新入りなら、こっちにも挨拶しなさいよ」


 ローズの隣に座る令嬢が、ツンと澄ました顔で唇を尖らせている。


 彼女は、やはりアンナマリーの友人の一人で名前をデイジー。


 パツンと切りそろえた前髪はやや幼い印象があるものの、猫の目のような好奇心に溢れた緑色の吊り目が可愛らしい。

 肩にかかる程度の藍色の髪は、伸ばしている途中みたいだ。

 紫色と白の縞模様のドレスはウエストラインから銀の飾り布がかかっていて、よく似合っていた。


 ちなみに彼女は女男爵だ。

 男爵位は、魔力がある庶民に一代限りで与えられる。


 リサのような庶民であれば、他の貴族の養子になるのが一般的。

 魔法使いになるのは、多額のお金が必要になるので貴族からの援助を受けたほうがいいからだ。


 しかし、それも元の家に貴族並の資産があれば養子になる必要はない。

 彼女のように一代限りとはいえ、新しい男爵として貴族の一員になれる。


「デイジー、言葉が悪いですわ」

「はーい」


 ぴしゃりと指導したアンナマリーに、デイジーがややふて腐れながら返事をする。


 どうしよう、ずぶ濡れにされたのとは別な意味で……泣きそう。

 そんな光景を見て、リサは感極まった。


 “マジラバ”の世界が、景色が画面外まで続いて、知らない脇役の一人一人にも顔と名前と過去があって、意思を持って動いている。

 なんて素晴らしいのだろう。


 自分がアンナマリーではなく、リサだったことは大いに不満だけれど。

 贅沢なんて今はもう言えないです! 最高です!


「新参者のリサ・コルテリーアです! どうぞよろしくお願いします」


 三人に向かって頭を下げると、リサは三人の輪に喜んで飛び込んだ。

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