038_聞いてません!
悪魔の襲撃から数日後、リサは普通の学園生活に戻っていた。
「光の矢<ライトアロー>!」
中庭にある魔法訓練場で、特殊な金属製の的に向かって初期魔法を放つ。
「やった!」
光の矢は的の中心寄りに刺さり、砕け散った。
左右では、同じように魔法を放とうと思っていた生徒達が驚きの顔で立ち尽くしている。
今日は序盤のイベント、魔力テストだ。
テストといっても分岐のない強制イベントなので、重要ではない。
それでも実際に自分の実力を試す機会には違いなく、気合が入っていた。
エリオットとの戦闘のせいで、魔法、上手くなっている気がする。
倒していないとはいえ、撃退したのでレベルが上がったのかもしれない。
元々は中盤のイベントだったので経験値量が多かったのだろう。
「素晴らしい威力だ、君に負けるなら仕方がない」
的の前から皆が待機している場所に戻ると、同じ列で先にテストを終えていたヴィニシスが手放しにほめてくれた。
研究者でもある彼の評価は誰よりも客観的なので、純粋に嬉しい。
「正確性だと、ヴィニシスには勝てないけどね」
彼の水魔法は的のど真ん中を正確に穿った。
「水は搦め手向きの属性とは言え、威力があれではね」
ヴィニシスほどの優秀な使い手でも、金属製の的を貫くことはできなかった。
それは、属性ごとに得意や不得意があるからだ。
火力でいえば火属性が断トツだし、回復や補助は水、速さは風、付与や変化は地、リサの光はというと――――特殊性といったところだろうか。
「それでは成績上位者を発表する」
全員が的に撃ち終わったところで、魔法実技の先生がメモした成績を読み上げる。
「三位、アンナマリー・ヴァルモット」
いきなり最初にアンナマリーが呼ばれたことに驚く。
周りも同じようにざわめいた。
「二位、ヴィニシス・ミットフォード。そして、一位は……文句なしにトップ合格のリサ・コルテリーアだ。おめでとう!」
皆から拍手されて、照れながら頭を下げる。
視界の端に俯いたアンナマリーが映った。
何かあったのかな?
リサ自身の魔法の威力が上がったこともあるだろうけれど、今回の結果はライバルであるアンナマリーの不調が原因に思えた。
前世のゲームの中でも、今までの実際の学園生活でも、魔法に関することは、必ずといっていいほどアンナマリーとリサが競っている。
ヒロインとしてリサは素質抜群だけれど、アンナマリーは完璧さとそれを支える持ち前の努力で、二人の魔法の力は拮抗していたはずだ。
「リサ……お見事でしたわ。今回は完敗を認めます。けれど、学力テストでは負けなくてよ」
視線に気づくと、顔を上げ、いつものように自信のある顔つきを見せてくれる。
それでもまだどこか元気がなさそうには見えるけど……。
んっ? 今何か、アンナマリーが気になることを言わなかった?
ゆっくり彼女の発言を思い出す。
「ええっ! 学力テスト!?」
その単語にたどり着いて、愕然とする。
魔力テストの次に学力のテストがあるなんて、把握してない。
急いで前世の記憶を引っ張り出す。
そんなのあった!?
テスト……勉強……勉強会!? 二人で勉強!
連想してやっと思い出す。
フラグに関係のない攻略対象のアピールタイムとして、それぞれと勉強するシーンがあった。
その後、三問だけ問題と答えとなる選択肢が表示される。
教室の背景に、問題と選択肢だけが出るだけの淡泊なものだったので、すっかり記憶から抜け落ちていた。
たしか、設問はこうだったと思う。
問一、王家の名前を答えよ。
A オルディーヌ王家
B オルテイッカ王家
C オルドロス王家
問二、今年度の魔法学園一年生の生徒数を答えよ。
A 96人
B 960人
C 9600人
問三、魔溜まりが溢れた場所をなんと呼ぶか答えよ。
A 魔物スポット
B 魔物ツパット
C 魔物ツボ
全部の問いの答えは、一番上のAだ。
乙女ユーザーに配慮したのか、デバッグを簡単にするためか、謎の仕様だった。
ちなみに“デバッグ”とはゲームの不具合をチェックする作業のこと。
正解が全部一番目だと確認しやすいので、最初はそうしておいて、大抵は後でシャッフルしたりするのだけれど、忘れてそのままだったということも結構ある。
「リサ? まさか、学力テストがあるのを忘れていたなどということは――――」
「ないない。もうテスト勉強はばっちりだから。アンナマリー、負けないからね」
訝しがるアンナマリーへ、自信ありげに答える。
正解が全部一番上はないにしろ、あの程度の問題なら“マジラバ”愛で楽勝だ。
※※※
楽勝だ、ったはずなのだけれど……。
なぜか教室に座るリサの手には、羊皮紙に書かれた全問不正解の小テストの用紙が置かれていた。
「…………あ、甘かった」
幸いだったのは、これが本番の学力テストではなく、力試しとなる授業中に行われた小テストだったこと。
まだ取り戻せる。
「この小テスト十問は、本番にも形を変えて出題されます! 来週の学力テストは百問。七十点に満たないものは落第です」
リサの知らない、無情な設定が教室へと響き渡る。
「ま、まずいよね……これ……」
青ざめ、思わず呟いた。
全問不正解から、七割正解に持っていくのは、かなり辛い。
ゼロ点は、十問だろうと百問だろうと、どこまでいってもゼロ点だからだ。
「お、落ち着こう」
とりあえず深呼吸して、心を落ち着かせる。
ゲーム内容に関することとかじゃなくて、魔法社会学とか魔法統計学とか、魔法数学って、なにーっ!? なによー!
無理だった。
考えれば考えるほどやばい。
この世界はゲームではないので、三択ではないし、やり直しも利かないし、攻略ページもない。
「ちょっとリサ、どうした……のっ!?」
デイジーがリサの答案をのぞき込み、絶句している。
いやいやいや、デイジーはこっち側の人間でしょう。
失礼なことを言いながら、彼女の答案をのぞき込む。
「八十っ点!?」
思わず驚きの点数を口に出す。
あれってもしかして……誰もが普通に解ける問題なの?
「リサ、短い間だったけれど、楽しかったわ」
肩を叩かれ、同情される。
「リサさんがどうかしたのです?」
二人のやりとりに、ローズとアンナマリーもリサの机の上をのぞき込む。
素早く隠そうとしたけれど、それより早く二人に見られてしまった。
「えっ!? 全問不正解? き、今日は体調がすぐれなかったのですか?」
いつもおっとりお姉さまのローズでさえも、引いている。
「元気いっぱいです」
「では、解答欄を間違えました?」
「そもそも白紙です」
「先生への抗議目的、ですか?」
「ちょ、ちょっと勝手が違って?」
ローズが違う答えを必死に探してくれているのに対して、リサには疑問形で答えるのが精一杯だった。
「冗談でなく、このままだと牢屋行きよ!」
「はっ……なにそれ?」
デイジーの言葉にきょとんとする。
「はぁ……魔法学園での落第は処罰の対象です。次の学年まで牢屋で勉学、翌年に再入学となりますわ」
深いため息をついてから、アンナマリーが説明してくれた。
「ええっ! 聞いてない!!」
「成績で落第する者などほとんどいませんから……というか初の牢屋行きの生徒になるのではないでしょうか」
そんな不名誉な記録いらない。
ゲーム画面に見えないところは、なんというシビアな設定なんだろう。
それぞれが期待を背負って入学しているんだから、ありえるけど……牢って!
アンナマリー達がからかっているわけではなさそうで、頭を抱える。
「…………」
再入学になったら、皆と学年違って一緒にいられない。
せっかくできたアンナマリー達との学園生活が終わってしまう。
「……こうしちゃいられない。ちょっと、勉強してくる! お先に」
こうやって落ち込んでいる時間ももったいない。
早く勉強するべきだ。
心配そうなアンナマリー達に見送られ、リサは教室を出て、真っ直ぐに部屋へと向かった。
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