037_誰に許されるでもなく
悪魔を一人で退けて見せたリサが皆に囲まれているのを、ヒースクリフは遠目に見ていた。
俺があきらめていたことを、当たり前のように、抗ってみせるんだね。
リサなら、運命を変えられるかもしれない。
「騒いでないで、すぐに学園へ戻るぞ!」
やっと我に返った教師が騒ぎの収拾を図る。
今度は入念に生徒全員を確認してから、学園へ戻る準備を始めた。
部外者の自分も今のうちに姿を消した方がいいだろう。
幸い、悪魔との戦闘で皆興奮していて、生徒ではないヒースクリフがいることに気づいた者はほとんどいない。
「お兄様……」
森へ一度隠れてから魔法を使おうとしたところで、いきなり背後から声をかけられた。
アンナマリーだ。
「あとでお話があります」
振り向くと、彼女の手にはあの壊れたブレスレットがあった。
元々あのブレスレットを知っていたのか、もしくは悪魔が自分の名を呼んだことに気づいたのか、それとも勘なのか。
どれにしろ、自分の悪行がアンナマリーに気づかれてしまったようだ。
「…………」
無言で頷くと、そのまま姿を消した。
※※※
その日の深夜、ヒースクリフはあの図書室にいた。
今日はワインを飲む気にも、調べる気にもならない。
窓枠に腰掛け、闇をぼんやりと見ていた。
考えていたのは、もちろん今日の悪魔との出来事だ。
リサに悪いことをしたとは思っているけれど、行為自体は後悔していない。
責められれば甘んじて受け入れるつもりだったし、結果的には悪魔に対抗しうることもわかったわけで、意味があった。
けれど、アンナマリーに勘づかれたのは厄介だった。
信頼してもらえなければ、彼女を守ることはより困難になる。
「…………」
静まり返った図書館に、コツコツという音が響く。
それだけでノックした相手が誰なのか、しかも相手が怒っているのがわかる。
「いるのでしょう? お兄様」
やはり不機嫌そうな声が聞こえてくると、返事もしていないのに図書室の中へと入ってきた。
禁書庫に逃げ込みたいところだが、仕方なく出迎える。
「いるならいるとお返事をなさってください」
「ちょっと考えごとをしていたんだよ」
言い訳なのはバレバレだけれど、無言よりはいい。
やはりアンナマリーは怒りをにじませていた。
「夕食にも戻らず、逃げ回って、それでやり過ごすおつもりなのですか?」
「あっ、ああ! 話があるんだったね。うっかりしていたよ、アンナマリー。そんなに怖い顔をしないで、美人が極まって妖艶だよ」
茶化して誤魔化そうとするも、彼女の顔は険しいままだ。
どうやら煙に巻くのは難しいらしい。
「軽口はやめてください。答えて、お兄様――――あのブレスレットは、悪魔が好む香りを放つ魔道具でした。なぜ、リサに贈ったのです?」
「…………」
今度こそ黙るしかなかった。
悪魔の狙いをアンナマリーからリサに押しつけようとした、なんて言えるわけがない。
「質問を変えます。お兄様はあの悪魔と面識があるのですね? 贄<にえ>とは誰のことですか?」
アンナマリーが眉をつり上げ、イラだった様子で詰問してくる。
きっとこの完璧な妹は、パズルの破片を集めて、全体像をほぼ把握してしまっているのだろう。
ヒースクリフがやったことに気づいている。
だからこそ、怒って、こうして問い詰めているのだ。
「あの時、お兄様はわたくしだけを助けようとしましたね……」
悲痛な顔で彼女がこちらをじっと見つめてくる。
視線を合わせることさえ、今の自分にはできなかった。
ヒースクリフがアンナマリーのために全てを犠牲にする覚悟であることさえ、すでに気づいているのかもしれない。
「何も言えない……」
「なぜ?」
逃がさないかのように、すぐさまアンナマリーが問い返す。
「悪魔が来るからだ」
「…………」
悪魔という言葉に、アンナマリーが目を伏せる。
あの時の恐怖が蘇っているのかもしれない。
「アンナマリー、どうかこれだけは信じて欲しい……俺は大切な妹を守りたいだけなんだ」
今度はアンナマリーをしっかり見つめて伝えた。
「…………」
今度はアンナマリーのほうが沈黙する。
何を考えているのか、わからない。
以前は手に取るようにわかったのに、今のアンナマリーのことはわからない。
自分は人としてだけでなく、彼女の兄としても、道を違えてしまったのだろうか。
「リサはわたくしの大切な友人です。傷つけたらお兄様でも許しませんわ!」
やがて決意の証のように、アンナマリーがキッとヒースクリフを睨みつけ、口を開いた。
「そうか……」
アンナマリーは自分のためにリサが傷つくのは許さないと宣言した。
それは、裏を返せば今回はヒースクリフを許すと言っているのだ。
「くくっ……くくく……」
「お兄様?」
いきなり笑い出したヒースクリフに、アンナマリーが戸惑いの声を上げる。
「許す? みんな、俺を許し過ぎだよ」
自嘲的な笑みを浮かべる。
許されようなどと思っていない。
そもそも誰にも許されてはいけない存在だというのに。
リサといい、アンナマリーといい……甘すぎる。
「…………」
信じて欲しい? 許す? 許さない?
俺は何を言っているんだ?
そんな考えは甘えでしかなかった。
悪魔のことは自分の罪であって、他の誰も関係ない。
アンナマリーに嫌われようと、何を犠牲にしようと、悪魔のすることを阻止するだけだ。
それがエリオットと契約してしまった自分の役目……いや、償い。
「おやすみ、アンナマリー」
話はこれ以上ないと、自分から先に図書室から出た。
背中を向けても、アンナマリーの苦悩が伝わってくる。
けれど、何も言わない。何もしない。
「わたくしも信じたい……けれど、お兄様がわからない……」
最後に聞こえてきた悲痛な声さえ、ヒースクリフは聞こえないフリをした。
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