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003_転生したら

 河西千早希は制服姿で、春木響子の告別式に呆然としながら参列していた。

 前方の祭壇には、木製の棺と響子の大きな写真が置かれ、たくさんの花が囲んでいる。


「響子……」


 嘘みたいだった。

 病弱でもいつも明るかった彼女が、もういないなんて。


 これまで身近な人の死に接したことがなかったし、響子の最期を看取ったわけでもないので、千早希にはまったく実感がわかなかった。

 響子とほとんど面識のない同級生の女子さえ泣いているのに、千早希の瞳は乾いている。


 それは斜め前にいる響子の弟の竜太も同様に見えた。

 人懐っこく、普段は少し騒がしいぐらいに元気な彼は、会場に入った千早希へ悲しげに挨拶してきただけで、同じようにぼんやりと座っている。


 まるでドラマの悲しい場面に突然、放り込まれたかのようだった。

 周りの感情に同調することもできず、演技をすることは知らず、ただじっとしてシーンが終わるのを待つことしかできない。


「……響子さん、まだお若いのに」


 彼女の親戚の誰かだろう。

 かすれた声で発したその言葉に、千早希の胸にじわじわと実感が湧いてきた。


 もう彼女はいないのだ。

 少なくとも自分以外の人達はそう思っている。


 客観的な事実が押し寄せてきて、頭は認めるけれど、やはり感情は置いてきぼり。


 ――――響子……。


 遺影を見ながら、彼女のことを思い出していた。


 仲よくなったのは、特に理由も特別な出来事もない。

 家が近く、年齢も同じなので、自然と一番身近な友達になっていた。


 けれど、小学校に上がった頃だろうか。

 時々彼女は体調を崩すようになり、それが完治の難しい難病だと知らされた。

 それでも彼女の側に居続けたのは、理由がある。


 憧れていたから、響子に。


 彼女は他の人とは少し違った視点を持っていた。

 変身する魔法少女の誰が好きかという話を友達とすれば、普通なら、格好よく悪を倒すヒロインのうちの一人か、彼女を見守る男の子を上げるだろう。


 けれど、響子は時にライバル役の男性だったり、時にヒロインを影から助ける脇役を選ぶ。

 そして、その魅力を熱心に語る。

 いつも漠然と、大多数と同じ意見を選んでしまう千早希にはそれが羨ましかった。


 人とは違うものを選び取り、語れるほど熱意があるのだ。

 そうした時の響子はとても輝いて見えた。

 そして、時に頷きながら、時に茶化しながら、聞くのが千早希は大好きだった。


 もう彼女の熱い話が聞けないと思うのが、悲しい。

 まだ響子の死は完全に受け入れられていないのに、自分でも変な気分だ。


「それでは故人と最後のお別れをどうぞ」


 葬儀会社の人が静かに告げると、告別式に参列していた人達が一斉に立ち上がる。


 千早希は座ったままだった。

 一緒に参列していた千早希の母が心配そうに娘を見るも、父がそっとしておこうと首を横に振って、二人が離れていく。


「千早希さん、行こう」


 声がして顔を上げると、目の前に竜太が立っていた。


 男の子って強いな。


 千早希よりも先に、彼は響子の死を受け入れられたのかもしれない。

 しかし、震えている竜太の指先を見て違うのだと気づいた。


「……うん」


 まだ彼も受け入れている最中なのかもしれない。

 見ていられなくて、千早希は頷くと彼と並んで棺に向かった。


 開けられた窓から響子の顔が見える。

 化粧のせいか、病死だからか、とても穏やかな顔だった。


 もしかしたら、転生ってやつ、できたのかも。


 そう考えると、少しだけ気が軽くなった。

 次はベッドの上から動けない人生ではなく、元気に好きなところへ行って、持ち前の個性的な価値観で色々なことをしてもらいたい。


 心の中で念じると、千早希は制服のポケットの中から用意していたものを取り出した。


 ――――今度は思いっきり、好きに生きてね。


 響子が好きだった悪役令嬢アンナマリーとその兄ヒースクリフのポストカードを、千早希は棺に入れる。


「それ、ゲームの子だろう?」


 いきなり横から声がして、びくりと震える。

 ポストカードに気づいて声を掛けてきたのは彼女の祖母文江<ふみえ>だった。

 おずおずと頷く。


「千早希ちゃん、ありがとうね。響子ちゃんが好きなもの、どんどん入れてあげてちょうだい」

「はい……」


 響子のぴくりとも動かない顔を見たからだろうか。

 返事をしながら、今になって涙が溢れてくる。


 他の人の邪魔にならないように、棺から離れて泣こうと思ったのだけれど……。


「そうそう、ポスターがあったわね。すっかり忘れてた」


 文江のもらした言葉に足を止める。

 足早に葬儀会場を出た文江は、丸めた大きな物を抱えてすぐに帰ってきた。


 嫌な予感がする。


「これ、響子ちゃんの部屋の一番目立つところにあったから、きっと持っていきたいと思ってね」


 文江がわざわざ広げて、千早希に見せてくる。

 それは“マジラバ”のパッケージの絵柄を使った大きめのポスターだった。


 響子が好きだったゲームなので確かに喜ぶと思うのだけれど、問題はそのイラストにある。

 中央に大きく描かれているのは、当然、悪役令嬢のアンナマリーではなく、ゲームのヒロインのリサというキャラだ。


「あ、あの……」


 どうやんわり伝えたらいいのか迷っていると、文江はそんな千早希の様子に気づかず、棺へとポスターを持っていってしまう。


「響子ちゃんは遠慮しいな子だったからね。こんな小さく描いてあるお嬢さんじゃなくて、本当は真ん中に大きく描いてある子がいいに決まっているよね」


 ポスターの中央に描かれたリサを見ながら、文江が呟いた。


 違う。

 響子が好きだったのはヒロインのリサではなく、アンナマリーとヒースクリフだ。


 ヒースクリフはきちんとポスターの隅にいるが、アンナマリーに至っては髪型で判別がつくものの、顔がわからないほどの小ささだ。


「その……それは……」

「いいの、いいの。紙だからちゃーんと燃えるし、響子ちゃんも大好きなものに囲まれたほうが天国で嬉しいさぁ」


 止めようとしたものの、勘違いされてしまう。

 千早希が、そんなに大きなポスターを入れて大丈夫か心配していると思ったらしい。


「センターだからねぇ、響子ちゃんが主役さぁ」


 文江が千早希の置いたポストカードを棺の端に追いやると、持ってきたリサが中央のポスターを胸の真ん中に置く。


 決して、悪気があってのことではないと思う。

 響子が脇役のアンナマリーが好きなことを、まったく知らないだけ。


 ――――なんとかしないと……。


 どう言ったらわかってもらえるのか、おろおろしてしまう。


 竜太に助けを求めようとするも、彼はすでに棺から離れていた。

 連れてきて文江に言ってもらおうかと思ったけれど、それだと目立ってしまう。


 下手したら、周りからは千早希がポストカードを退かされたと文句を言っているかのように見えてしまうかもしれない。

 葬儀で騒ぎは起こしたくない。響子も天国できっと困ってしまう。


 ――――ごめん、響子。止められないよ。おばあちゃんを説得できる自信、わたしにはない。


 棺に向かって、謝ることしかできない。

 それにゲームのキャラになるなら、不幸になるアンナマリーではなく、皆から愛されるリサのほうがいいと、千早希も少なからず思っていた。


 大変な人生だったから、二度目はもっと楽しく、楽な道を歩んでほしい。


 ――――やっぱり駄目! 響子が好きなのはリサじゃなくて、アンナマリーだし。


「では、皆様は移動のほうを……」


 なんとか文江を説得しようと心に決めたところで、無情にも進行役の声が響く。

 棺はポスターを胸に乗せたまま閉じられてしまった。




※※※




 春木響子改めリサ・コルテリーアは、噴水の前で立ち尽くしていた。


「せっかく転生できたのに、どうしてヒロイン……」


 がっくりと肩を落とす。

 これほどご無体なことがあるだろうか。


 大好きな悪役令嬢アンナマリーではなく、彼女を没落させる原因を作るリサに転生してしまうなんて……。


 リサは無垢で元気でいい子だけど、これだけ前世で願ったのなら転生先はアンナマリーでしょう!


「何をぶつくさ言っておっしゃっていますの? 当たりどころがよくなかったのかしら?」


 振り向くとそこには自分の願望が見える幻でも、分離した人格でもない、本物のアンナマリーが立っていた。


 ――――アンナマリーに話しかけられている!


 ゲームではなく、実物の彼女が存在することに、大げさではなく感動を覚える。

 頬を触ったりしていたけれど、あれは自分の分身だと思っていたのでナシ。


 すっごい美人。髪も自然な感じでくるくるだし。

 って、見惚れてたら変な子だと思われる。


「だ、大丈夫です」


 慌てて取り繕ってから深く後悔した。


 記憶を取り戻して、ちゃんと意識した、いわば憧れのアンナマリーへの第一声とも呼ぶべきものが噛み気味に「大丈夫です」って、普通すぎる。


 せっかくなら「あぁ、アンナマリー様の美しさが眩しくて転んでしまいました、てへ」とか、「私のような者、声を掛けて頂けるだけで幸せです。もっと罵声を浴びせてください」とか、もっと印象づくセリフを言うべきだった。


 ほとんど時間を空けずに、またもリサは一人落ち込んだ。


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