028_初めてのキス
ドクン、ドクンと胸が高鳴る。
嘘みたい……こんな……。
ショールがほどけ、シュッと小さな音を立てて長椅子の下に滑り落ちていく。
リサは長椅子に押し倒されたまま、憧れの相手のヒースクリフにキスされていた。
唇に伝わる甘い痺れに、何もかも委ねてしまいたくなる。
「…………」
リサは目をトロンとさせ、キスに酔いしれていた。
ヒースクリフしか感じない……唇も何もかも……気持ちよくて……。
これが、キス……。
「……いい子だ」
目を閉じ、すべてを受け入れたリサに、ヒースクリフが囁いた。
「んっ……」
さらに首を横へとずらし、唇と唇の隙間をぴったり埋めていく。
「あっ……んっ……んぅ」
続けて、ヒースクリフの舌がちらりと入ってきたことに驚きの声を上げるも、抵抗することなく、リサは受け入れた。
「……っ、ふ……」
やっと唇が彼から解放され、互いに息を吸う。
「あまりに蠱惑的だったから、俺のものにしたくなった」
ヒースクリフは、やや上からじっとリサのことを見ていた。
告白できて、伝わって、キスされて……人生に悔いなし……。
あまりに幸せ過ぎて、うっとりしてしまう。
「今夜のことを誰かにバラされたくなければ、これからは俺に従って――――」
ヒースクリフが何かしら言おうとしていたのだけれど、途中でやめてしまう。
そして、今度はリサに尋ねてきた。
魅力的で、格好良い、笑みを湛えながら。
「そんなに俺のことが好きなら、何でも捧げられる?」
「……はい」
リサは目を潤ませ、間髪入れずに返事をした。
迷うことなんて一ミリもない。
「素直で可愛いね、リサ。ご褒美だよ」
ご、ご褒美!?
何をしてもらえるのか、緊張で震えていると、ヒースクリフの腕がリサの頭に伸びる。
「あっ……」
髪をひとふさ撫でて広げると、ヒースクリフが額にキスをしてくれた。
チュッと蠱惑的な音が響く。
しかもそれは一回だけではなかった。
「んっ……ぁっ……ん……」
次にリサの頬へキスすると、唇にされる。
手首にもチュッとしたかと思うと、また唇に戻る。
なんて、刺激的なキス!?
リサの身体は熱くなり、頭の中は真っ白になっていった。
「これは、俺の印」
唇が離れ、耳元で囁いたヒースクリフの言葉に、首を傾げる。
すると視線を下へと誘導され、そこには腕につけられたブレスレットがあった。
キスされている間にそっと付けてくれたみたいだ。
それは金色の細い、留め具のないバングル型のもので、真ん中の部分が折れるような構造になっていて手首へ簡単に嵌めることができた。
途中にはチャームのような吊り下げる飾りガラス玉がつけられていて、中には珍しい小さな花が埋め込まれている。
「ありがとう。肌身離さず、持ちます」
バングルを見て、顔を輝かせる。
好きな人からの贈り物なんて、初めてのことで、嬉しさが爆発しそうだ。
「光のリサはもっと美しく目立つべきだからね」
「……嬉しいです」
そんな風に思ってくれていたなんて、今度は感激してしまう。
「…………?」
思わず彼に抱きつきたくなるけれど、微かに聞こえてきた外からの声にリサはびくっと身体を震わせた。
「リサー」
アンナマリーの声だ。
ヒースクリフを見ると、彼もそのことに気づいたようだった。
「時間切れかな。続きはまた、今度」
アンナマリー達が淑女の三十分ルールを知らせにきてくれたのだろう。
「は、はい」
名残惜しいけれど、キスまでしてもらったので今日は十分だ。
乱れた髪を直していると、ヒースクリフが落ちていたショールを拾い上げ、つけてくれる。
「あ、ありがとうございます」
そんな彼の動作さえも急に恥ずかしくなってきてしまう。
感謝の言葉を口にすると、リサは図書室から急ぎ足で出た。
「遅い、二十五分経ちましたわ」
出てくるなり、アンナマリーからお説教されてしまう。
ローズとデイジーもリサのことを心配し、三人で迎えにきてくれたらしい。
「ごめんなさい。教えてくれてありがとう」
あのまま時間を過ぎていたら、自分はどこまでされてしまったのだろう。
鼓動の高鳴りがまったく収まりそうにない。
「まあ、時間はきちんと守れたのですから……あら? 素敵なブレスレットね」
アンナマリーを宥めてくれたローズが、リサの手首にある物をめざとく見つける。
「もらっちゃった」
照れながらも、戦利品を三人に見せびらかす。
このブレスレットを見ると、ついつい頬が緩む。
「殿方から身に着けるものを軽々しくもらってはダメなのよ。まあ……あの方なら強引に贈りかねませんけど」
「本人が喜んでいるからいいの。よかったですね、リサさん」
呆れ顔のデイジーをやはりローズが宥めてくれる。
「うん、すっごく嬉しい」
「まあ、リサがそう言うなら、あたしは、別にいいんだけど……ちょっともう一回よく見せてよ」
デイジーとローズに取り囲まれる。
「ここは夜中の廊下ですわ。続きはお部屋で」
きゃっきゃっと盛り上がる三人をアンナマリーが冷静に指摘し、三人が「はーい」とハモる。
三人と静かに来た道を戻り始めた。
「アンナマリー?」
ふとアンナマリーの姿がないことに気づいて振り返ると、彼女は図書室の扉の前で一人、立ち止まったままだった。
何かを考え込んでいるかのようだ。
「アンナマリー、どうかしたの?」
「ううん、何でもありませんわ」
それの言葉は、リサにというより、アンナマリーが自身に言い聞かせたかのようなニュアンスだ。
一瞬気になったけれど、その時はヒースクリフとの甘い一時のことで頭はいっぱいで、すぐに忘れてしまった。
9/1より第二章の投稿を始めました!
KADOKAWA フロースコミックでコミカライズが
9/14より連載開始予定(漫画:御守リツヒロ先生)ですので、
そちらもぜひお楽しみください!
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