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023_騎士兄弟に巻き込まれ

「ヒースクリフ成分も補充したことだし? 最後の攻略対象いっちゃいますか!」


 今度は学園の敷地を出て、東側に流れる川を渡った先にある大きな建物の前にリサはいた。


 大きく、四角い館は、一見、貴族の屋敷のようだけれど、窓が極端に少なく、屋上には矢を射るための凹凸があったりする。

 ここは、騎士の詰め所だ。


 この世界の騎士は、魔法使いより身分が低い。

 魔法は人が生身で出せる力を遙かに凌駕し、限られた者しか使えないからだ。

 国の政策によって魔力を持つ者は必ず魔法機関に所属しなければならず、騎士隊には一人も存在しなかった。


 ただ、騎士を著しく下に見るような風潮はないし、魔法使いとの確執もほぼない。

 騎士の主な役割は、魔物スポットの見張りのような警備や警護のような根気と体力のいるもの。


 武器を用いた戦技を日々磨くだけでなく、魔法との連携を大切にしていて、学園の生徒とも手合わせして指導してくれている。


 騎士隊は魔力を持たざる者の中でのエリート集団であり、武芸に誇りを持っていた。


 そんな騎士に憧れる魔力保有者が現れても不思議がないわけで――――。


 用件を伝えて、騎士の詰め所に入るとリサは中庭へと向かった。


 建物が囲むようになっているので、外から見えないが、詰め所の中心は主に訓練を行うために見晴らしのいい広場のようになっている。


 馬上の訓練さえできるほどの広さで、地面は踏み固められた土が剥き出し。

 庭と呼ぶには草木が少なくて寂しく、実際に騎士からは中庭ではなく、訓練所と呼ばれていた。


「はっ! やっ!」


 今は集団での訓練をする時間ではないようで、騎士が数人、対峙して木剣を振り合っている。


「出会いは訓練所のはずなんだけれど……」


 じーっと訓練している騎士達を見つめる。

 観察しているのは、騎士自身ではなく、その手に握られた木剣だ。


 前世の知識では、誰かの手からすっぽ抜けた木剣がリサを襲う。

 その時に助けてくれるのが――――カルツ・クルダンのはずだ。


「ゴム製……なわけないし、当たったら痛いよね、あれ」


 守られるはずだけれど、すでにゲームと色々違うことになっているので、絶対とは言えない。

 死角をなくすために訓練所の外側をカニ歩きをし、いつ飛んできても対処できるように両腕は腰の位置に構える。


 どこからどう見ても怪しい動きだった。


「ダメだ……身構えすぎて、自然体になれない……ふぅぅ……」


 緊張のあまり疲れてしまい、リサは木陰を見つけると幹に背を預けて座り込んだ。

 これから起こることを知っているとこんな弊害があるなんて、思いもしなかった。


「そんなものか!」

「違う! まだだ!」


 すると、近くから激しい二人の声が聞こえてくる。

 ガッ、カツッと木剣がぶつかり、刀身が削れるかと思うほど激しい音が同時に辺りへ響く。


「いたっ……お兄さんと訓練している」


 声と音のするほうを見ると、二人の男性が激しく動きながら木剣を振り合っていた。


 必死に打ち込んでいるのが、今回のお目当てのカルツ・クルダン。

 クルダン子爵家の三男で、年齢はリサの一つ上。

 地属性の魔力を持ちながら、騎士に憧れるリサの同級生だ。


 制服の上着を脱いで、防具をつけている。

 黒い短髪が、精悍な顔をより真面目そうに見せている。

 鳶色の瞳がさらなる凛々しさをプラスしていた。


 一方、彼の攻撃をすべて片手で受け流しているのは、彼の兄グンラム・クルダン。

 騎士を束ねる騎士隊長の役職につき、カルツの憧れの相手でもある。


 グンラムは鎧姿だった。

 背が高く、濃茶色の髪を後ろへ流して額を出すワイルドな風貌。

 鳶色をした目の輝きは兄弟ともに同じ色だ。


「動き、速い……すごい……戦ってる!」


 初めて見る騎士の本気の訓練に、思わず小声でもらす。

 カルツは素早く動いては、上下左右に木剣を振っていく。

 しかし、グンラムは最小限の動きで彼の攻撃を軽く受け流していた。


「あれ? 何か……だんだんと近づいてきているような……」


 カルツが兄の隙を見つけようと、執拗に動いて揺さぶっている。

 なので、段々と二人の位置が移動していく。


「そんな剣で騎士になれると思っているのか?」

「うるさい! おれは騎士になるんだ!」


 何やら激しく言い合いをしながら、二人が剣を合わせている。

 近くの木陰にリサがいることに、気づいている様子はない。


「このシチュ……ま、まさか……」


 立ち上がって、逃げるべきかと思ったけれど、動けなかった。

 二人の威圧感に飲まれてしまう。


「魔力を持つお前はすべきことがあるだろう! ここへは二度と顔を出すなっ!」

「学園長が騎士の訓練に参加してもいいって言ったから、おれはしぶしぶ入学したんだーっ!」


 カルツは木剣を上段に構えると、グンラムに突進した。

 素人目にも、それが捨て身の攻撃だとわかる。


 地面を蹴ると、飛び上がり、体重を乗せて兄に振り下ろす。


「ふざけるなっ! 生まれ持った才能を無駄にすることは許さん!」


 そんなカルツの必死の攻撃を、グンラムは受け流すのではなく、木剣を振り上げることで相殺しようとする。


「っう!」

「むっ!?」


 二人の木剣が激しく衝突する。

 木剣がその衝撃に耐え切れず、根元から折れた。


「へっ……きゃああっ!」


 二人の木剣の刀身部分が、ブーメランのように回転しながら真っ直ぐにリサ目掛けて飛んできた。


 ――――二本、同時に飛んでくるなんて、聞いてないー!


 避けることができずに、思わず目をつむる。

 数秒後、耳元でブンッ、ダンッと恐ろしい音がした。


「ひっ、ひぃぃぃ……」


 おそるおそる目を開ける。


 状況を確かめるまでもない。

 リサの首を挟むように、木剣の刀身が後ろの幹に刺さっていた。


 どうやら風穴を開けられるのだけは、回避できたらしい。

 いつものヒロインの力で助かったみたいだけれど、これだと幸運なのか、不幸なのかわからない。


「「大丈夫かっ!?」」


 カルツとグンラムが駆けてきて、同時にリサへ声を掛けた。


「は、は……はい……あはは…………計算どおり……? です……」


 恐怖による金縛りが解けて、苦笑いする。

 冷や汗がツーッと額を流れた。


 ――――出会ったけれども!? なぜ二本! そして、どっちかは庇って!


 リサが警戒しすぎるあまり、タイミングがズレたのかもしれない。

 神様の意地悪!


「怪我はないか? 申し訳ないことをした」


 グンラムが、首を挟んでいる木剣を引き抜いてくれる。

 そして、二人が同時に片膝をついて左右から手を差し伸べてきた。


 ――――タブル、騎士様風エスコート!?


「悪い。カッとなって周りが見えなくなってた。痛いところはないか?」


 カルツも申し訳なさそうに謝ってくる。

 リサとしてはそれどころではなかった。


 ど、どっちの手を取って体重かければいいの?


 どちらか一方の手を取れば、もう片方の厚意を無視したことになる。

 迷った結果、リサはどちらの手にも手を置く。


「ありがとうございます」


 ――――ヒースクリフ以外は、人類みな平等。


 けれど、二人に均しく体重をかけるのは至難の業だった。

 そのまま立ち上がろうとしたけれど、左右の力の具合を均等に保とうとするあまり、重心が左にいったり、右にいったり……。


「わわっ!」

「「危ない!」」


 バランスを崩して倒れようとしたところを、カルツとグンラムが咄嗟に受け止めてくれた。


 二人の力強い腕が、今度こそリサをしっかりと支えてくれる。

 とっても至近距離で、密着しながら。


 ――――結果抱き合っている感じで、すごい形で庇われてしまいました……。


「あ、ありがとうございます」


 さすがに照れながら、今度こそリサは立ち上がった。


「俺は騎士隊長のグンラムと申す者。ご無事でよかった。魔法学園の生徒のようだが……」

「初めまして、グンラム様」


 彼のことは、当然よく知っている。

 ヒースクリフより不遇な、顔アリなのに、お友達エンドすらない、人気投票第三位。


「おれはカルツだ……んっ? おまえは、入学式で見た、光属性のリサか」


 カルツがリサに挨拶しながら、あっとなる。


「なんと、大切な御身でありながら……重ね重ね謝罪いたします」

「大丈夫です。たぶん、私、とっても丈夫なので! 頭を上げてください」


 病弱な前世と違って、無敵のヒロインだし、きっと何が起きても生き残れる自信がある。


「そうだ、リサ殿。よろしければ、愚弟を授業へ連れて行ってはくれまいか?」

「兄さん!」


 グンラムの提案に、さっそくカルツが反発する。


「いいですけど……」


 カルツのほうをちらりと見る。

 明らかに不満でむっとしている。


「カルツ、お前がリサ殿をしっかりエスコートしろ。騎士ならば当然の行為だ」

「……わかった」


 騎士と言われて、カルツがしぶしぶ頷いた。




※※※




 授業を朝からサボったのに、三箇所を回ったので、すでに日が傾き始める。


「…………」


 夕日が辺りをだんだんとオレンジ色に染める中、リサはカルツと学園に向かって無言で歩いていた。

 防具を外したカルツは、騎士の見習いっぽく、制服の上にマントをまとっている。


「お兄さんと、稽古しながら喧嘩してたの?」


 学園と騎士の詰め所の間にある川にかかる橋まで来たところで、我慢できずにリサは切り出した。

 話題の選択に迷ったけれど、やはり彼と彼の兄の話題は避けて通れない気がする。


「ああ……訓練に来るな、教室に行けって言われて」

「カルツはやっぱり騎士になりたいの?」


 橋に落ちる彼の影は長く、どこか寂しげだ。


「あぁ、おれは兄さんみたいな騎士になりたいのに――――」


 カルツは兄に憧れているが、魔力があるために学園へ通わされ、反発している。


「でも、魔力があるから、学園に入学することになったんだよね?」


 途端に厳しい顔を浮かべ、その言葉にむっとしたのがわかる。

 実直で、感情が顔に出るタイプだ。


「魔力があり、魔法使いの素養がある。だから、学園で魔法を学ばなければならないのはわかっているが……俺は騎士になりたい。そう思うのは、許されないことなのか?」

「あーんな、強くてかっこいいお兄さんがいたら、憧れて目指すのは当然だよね」


 リサは肯定でもなく、否定でもなく、ただくすりと笑った。

 きっとどうにもならないことなのは、カルツ自身もわかっている。


 そして、届かなくても憧れる気持ちは、リサにも痛いほどよくわかった。

 少し違うけれど、前世で病室ばかりにいた自分は、青春を謳歌する千早希や弟の竜太が羨ましくて、眩しかったから。


 でも、二人を恨んだことは一度もない。

 それはやはりカルツも同じだろう。


「わかってくれるか! そうなんだ。おれは兄さんの背中を見て育った。誰よりも尊敬している」


 カルツがぱっと顔を輝かせる。

 しかし、すぐに彼はハッとして申し訳なさそうに視線を落とす。


「……余計なことを話した。少し走れるか? まだ間に合う」

「もう、どっちにしろ遅刻だから、グンラムさんのことをもっと聞かせてよ」


 グンラムに言われた以上、彼を校舎に連れて行くべきだろうけれど、もう最後の授業が始まる頃だろう。

 だったら、彼の話を聞いたほうが有意義な気がする。


 今後、一緒に魔物スポットを探索することがあるかもしれないし。


「ああ……リサはいいやつだな」


 夕日に照らされた彼の顔がふっと笑う。

 初めて見る、彼のいい表情だ。


「兄が騎士隊長になったのは――――」


 急ぐ必要がなくなったので、カルツと会話しながら歩く。


 ――――そういえば、これで全員と出会ったんだよね。


 駆け足だったけれど、きちんと出会えたはずだ。

 夕日を浴びながら、リサは達成感で心踊っていた。

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