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022_冷たい研究者

 キアランと別れた後、リサが向かったのは教室ではなかった。

 教室のある中央校舎が見えてくると、東側に向かう。


 そこには大きく高い塔がそびえ立っていた。

 窓がほとんどなく、出入りする者を見るのは稀な場所で、普通なら魔法学院の学生があまり立ち寄る場所ではない。


「あー、今日の授業は一日サボリになるかも……」


 リサは足を止め、ぼそりと呟いた。


 ここにいるのは、キアランに続いて、新しい人に出会おうとしてだ。

 出会いイベントは、本当ならば一つずつ噛みしめていくものだと思うのだけれど――――。


「でも、ヒースクリフとのお茶会イベントのために連続でやる!」


 キアランとの出会いでは、彼の過去についての吐露とともに、本当は後日、彼との交流の中で起こるはずだった“父親を殺そうとした過去との決別”を、いきなりクリアしてしまった。

 だから、思ったよりも時間がかかってしまったわけだけれど、残っている二人はいきなりそこまで深くはかかわらない。


 もちろん、相手にリサを印象づけるような交流はあるのだけれど、たいしたことはしない。

 よって、残り二人ならなんとかなるかもしれないと考えていた。


 中途半端な遅刻が続くよりも、一日欠席のほうが誤魔化しやすいだろうし。

 アンナマリーに言い訳が通用するのかが、一番の不安の種ではあるけれど……。


「ここって、エレベーターみたいなの……あるよね?」


 高すぎる塔を見上げながら、げんなりとする。


 ゲームでは行き先を指定するだけで済んだので、上るなんて行程は当然ない。

 もし、目的の人物が上層階にいて、昇降機がないとしたらどれだけ大変だろう。


 実際に、出入りする人が少ないのは、上り下りを諦めて中で暮らす人が多いと言われている。

 噂が本当なら、出入口で待っていても偶然出てくるなんて幸運もまずありえない。


「せめて下のほうにいて!」


 願いながら、リサは塔の中に足を踏み入れた。




※※※




 学園の中央校舎の西に建つ塔は、研究棟と呼ばれ、魔法に関するあらゆる研究を行う場所になっている。

 いわゆる大学院の研究室のような場所だ。


 王立魔法学園を卒業した者も年に数人、この塔に配属されていく。

 そして、これからリサが会おうとしているヴィニシスという生徒は、優秀な研究者を輩出しているミットフォード侯爵家の長男だった。


 彼もまたリサと同じく一年でありながら、すでに研究者としての実績を持っていて、この研究棟に部屋を与えられている。


「どなたにご用件でしょうか?」


 入るなり、正面にカウンターがあり、そこに座っていた女性が尋ねてくる。

 研究室ということで、物が乱雑に置かれて、忙しく走り回る人がいるイメージを持っていたのだけれど、まったくもって違っていた。


 カウンターの奥には、資料らしき本や鍵を吊り下げていくボードがあり、見たことのない道具が多く置かれている。

 左右は曲線状の通路になっていて、その先がどうなっているのかはわからない。

 予想と違って、前世のオフィスのような造りだ。


 よくよく考えてみれば、当然のことだろう。

 ここは国家機密の塊でありセキュリティを万全にする必要がある。

 加えて、魔法や魔法の道具が生み出される場所でもあるので、研究室には最先端の技術が使われているに違いない。


「約束はとってないんですけど、ヴィニシスさんに同級生のリサ・コルテリーアが訪ねて来たと伝えてくれませんか?」

「畏まりました」


 受付の人は席から立ち上がると、後ろにある扉の中へと消える。


 少し時間がかかるのかな、と思ったけれどすぐに戻ってきた。

 後ろの控え室に電話のような魔法の道具があるのかもしれない。


「お会いになるそうです。右手を進んで、突き当たりの部屋でボードに触れてください」

「ありがとうございます……」


 首を傾げながらも、言うとおりに右手を進む。

 突き当たりは、吹き抜けの踊り場のようになっていた。

 けれど、階段はなく、見上げても天井が見えない。


「ボードってこれ、かな?」


 部屋の中央には不自然に突き出た物が床に置かれていた。

 ちょうど手の高さになっていて、そっと触れてみる。


「ひゃっ……」


 妙にひんやりしたかと思うと、身体がふわっと浮いた。

 そのまま勝手に上へと運ばれていく。


「あっ、うっ……舌噛んだ……」


 吹き抜けの二階部分に行くと、今度はそこに開いている横穴に向かって身体が移動し始める。

 そして、扉の前まで来るとやっと止まった。


「怖かった……」


 見えない風に勝手に運ばれていくのは、不安だった。

 慣れれば、どうということはなさそうだけれど。


「リサです」


 落ち着いたところで、扉をノックする。


「来たか、入ってくれ」

「失礼しまーす」


 扉を開けると、そこは今度こそ想像した研究室だった。


 大きなテーブルには、本や書きかけのメモ、なんのためかわからない道具が乱雑に置かれている。

 その中には、入学式の前日に行った台座に水晶が取り付けられた魔力測定器まであった。

 しかも、前見たそれよりもかなり小型だ。


「君が光属性の……」


 興味深げに、眼鏡の奥の瞳が光る。

 彼が、リサが会いに来た人で、ゲーム内では攻略キャラの一人、ヴィニシスに違いなかった。


 長い銀髪に、淡いブルーの瞳、眼鏡。吹雪が起こりそうなくらい冷たく、整った顔立ちだ。

 制服がほとんど見えないぐらいに、その上から着ている白衣は、よく似合っている。


 ちなみに彼は同級生ではあるけれど、十九歳で年上。

 キアランはリサより二つ年下の十五歳で、学園では年齢は関係なく、入学してからの年数で、学園が決まってくる。


 十五歳から入学が許されているけれど、ほとんどの貴族は慣習的に十七から学園に入る。

 ヴィニシスの入学が遅れたのは、たしか研究第一で学園生活なんて無意味だと拒否していたけれど、両親に無理矢理入れられたからだった。

 考えてみれば、授業が無駄だと思っているところは、キアランと変わらない。


「ふむ……実に興味深い。さっそくだが、ここに魔力を注いでくれ」


 訪ねて来た理由も聞かず、いきなりリサに魔力測定を要求してくる。

 これが研究マニアで、変人度と押しの強さはヒースクリフに並ぶヴィニシスという人だ。


「は、はぁ……」


 明らかにこれ、研究材料としてしか見てない目だよね。

 飛んで火にいる夏の虫とはこのことだ。


 そもそも彼との出会いはタイミングなどなく、研究室をぶらりと訪れればそれでいい。

 会いに来た理由や、意味など、彼はまったく気にしないのだから。


「本当に光……素晴らしい……」


 魔力測定の時と同じく。水晶がキラキラと光輝く。

 それを見たヴィニシスは、口元を緩めて笑った。

 このままここにいたら、解剖されそうな勢いだ。用事が済んだらすぐに帰ろう。


「あの……初めましてですよね?」

「俺としたことがうっかりしていた。ヴィニシス・ミットフォードだ」


 ヴィニシスが、メガネの中央をクイッと持ち上げてリサを見る。

 その目はやはり探るかのようで、少し怖い。


「リサ……です」

「知っている……この光の強さを測定しておこう。あとは……形も重要かもしれない。すぐにスケッチの準備だ」


 彼の興味はすぐに測定器へと戻った。

 積まれた物の中から、スケッチブックを取り出すと光の模様を描いていく。


 気を抜くとすぐに放っとかれてしまう。

 気難しくて、会話の選択が難しい、攻略対象だ。


 ――――たしか……出会いでは属性の話をしたような……。


 前世の記憶を引っ張り出すと、深呼吸して語りかける。


「ヴィニシスさんは、何の属性ですか?」

「……おい、勝手に離さないでくれ」


 無意識に水晶から手を離したリサに、彼が批難の声を上げる。


「私はあなたと話しに来たんです。してくれないなら、これ以上私としても協力はできません」


 思い切って、突き放してみる。

 こうでもしないと、ほとんど会話がないまま時間だけが過ぎてしまうかもしれない。


「わ、わかった……要求を呑もう。だから水晶へ手を頼む」


 光属性は珍しいので、彼としては手放したくないのだろう。

 どうやら、リサの脅し……もとい交渉は上手くいったらしい。


「ヴィニシスさんは、なんの属性ですか?」

「俺か? 俺は――――水だ」


 ヴィニシスが水晶に触れると、水の雫が広がっていく。

 交代して、リサが再び触れて光を見せる。


「攻撃も癒しもできる属性ですね」

「珍しくもない属性だ。君は知っているだろう? 王子も同じだからな」

「ステファン王子のことですか?」


 王子は複数いたはずなので、一応尋ねる。


「ああ、あちらは温かく包み込む湯のような優しい水で、俺は氷水らしい」


 今度は、メモする手を止めて彼が答えた。

 その言葉からやや苛立ちを感じる。


「魔法に温度があるのですか?」

「あるわけがない。知識不足な連中の戯言だ」


 純粋に尋ねたのだけれど、さらに彼が不機嫌になる。

 そこで思い出した。


 ヴィニシスは、同じ水属性の優秀な使い手ということで、周りからステファン王子と比べられることが多い。

 ただ、ライバル視しているわけじゃなくて、彼の性格までを含んだ人間性を羨んでいるようなところがあった。


「今度、本当は温度なんか一緒だよって証明のために、ステファン王子も含めて魔物スポットへ一緒に行きませんか? 私が証人になります」


 回復のできる水魔法は探索において重要なので、できるだけ仲よくなっておきたい。


「断る」


 しかし、ヴィニシスは聞く耳もたない、という様子だった。

 まだリサに心を許しているわけではないので、当然といえば当然だ。


「線は全部で十本……太さは同じようだ……」


 また彼の注意がすべて、光属性の反応が出ている水晶に向いてしまう。


「でも、魔物スポットの探索は経験しておいたほうが、何かとためになると思いますけど……」

「君の言うことには一理あるが、研究と報告書作成だけでも忙しいのに、学業まであっては、とても手が回らない」


 心底面倒だと彼が首を振る。


 属性を氷と称されるヴィニシスの対応は普段、もっと冷たいのだけれど、ヒロインに対してだからか、研究対象を逃したくないのか、わりと積極的に答えてくれる。


「学園に通う三年間だけは、親に言って免除してもらえないのですか?」

「そんな弱みを見せられるわけないだろう」


 彼が何を言っているんだ、と言いたげな批難の眼差しを向けてくる。


「はぁ……」


 甘えるのが不器用で、勝手に気苦労を抱え込むタイプのようだ。

 両親との関係はゲームでそれほど語られなかったので、どうなっているかはわからないけれど。


「俺は今取ったデータを整理し、検証するが、君はどうする?」


 遠回しに、そろそろ帰れと言っているようだ。

 もう頃合いだし、これ以上話しても煙たがられるだけだろう。


「はーい、失礼しました」


 帰ろうと、水晶から手を離す。

 すると、ヴィニシスが窓の外を見て呟く。


「まったく、プラプラと……あれはヴァルモット公爵家の長男か。どいつもこいつも、貴族の地位に胡坐をかいて、遊び歩いている者ばかりだ」

「えっ!? ヒースクリフ! どこどこ!?」


 リサは急いでヴィニシスの横に行くと、窓から下をのぞき込む。

 そこには、ヒースクリフが立っていて、しかもこちらを見ている。


「君の付き添いか? 研究棟は、学園の関係者以外立ち入り禁止だ、早く帰ってもらえ」


 ヴィニシスは、幼い時から研究に没頭していたので、国のために役立っているという自負があるのだろう。

 何もしていないように見える貴族に反感を抱いているようだ。


「ヒースクリフは遊んでいるように見えて、実は家族思いで頑張ってますからね。誤解されやすいだけで、放蕩貴族じゃないですから」


 侯爵家と、ヒースクリフの株を上げるチャンスだ。

 ヴィニシスに詰め寄って、強めに反論する。


「……君がそこまで言うなら、認識を改めるよう努力しよう」


 しぶしぶといった様子で、ヴィニシスが頷く。


 よかった。こうやって、こつこつ上げて行かないとね。

 もう一度外に視線を戻すと、ヒースクリフが何か口パクしている。


「んっ? う……わ……き……も……の……!?」

「何か彼が暗号を送っているのか?」


 ぶるぶると顔を横に振る。


「な、なんでもありません! 呼ばれているようなので、私、行きますね!」

「あ、あぁ……」


 ヴィニシスは見送ることもせずに、椅子に座ってメモしたデータを整理し始める。


「失礼しました」


 リサは一応頭を下げてから部屋から出ると、行きと同じようなボードを見つけ、一階に下りてから塔を出た。




※※※




 駆けてくるリサをヒースクリフは待ち構えていた。


「浮気者ー? かな」

「違います! これには、わけがあるんです。色々と複雑な」


 慌てて、首を横に振る。

 まさかヒースクリフの家に行くイベントが見たくて、その条件になるヴィニシスと会っていた、などと言うわけにはいかない。

 適当に誤魔化すしかなかった。


「ふーん、複雑な、ねぇ」


 腕組みしながら、ヒースクリフが建物を見上げる。


「俺、この建物嫌いなんだよね。中にいる連中も、余計なことを探られそうで苦手だし」

「そう……なんですか?」


 前世を含めて初耳だった。

 何かしら因縁があるのだろうか。


「そんな場所で、リサがコソコソ何をしているのか気になったかな……ああ、これは嫉妬かも。どんな男と会ったんだろうって――――」

「別にコソコソなんて……きゃっ!」


 いきなりヒースクリフがリサの手を引っ張ると、塔の壁に押しつけた。


 ――――これって……いわゆる……壁ドン!?


 驚きつつも、焦りつつも、夢見た体験に胸の高鳴りが止まらない。


 嫉妬って……ヤキモチ?

 まさか、いつものリップトークだよね?

 でも、そんな顔も、態度も……たまらない、です……!


 至近距離のヒースクリフに顔に、ドキドキが止まらない。


「ひゃっ……!」


 しかも、さらに彼の行動はエスカレートした。

 ヒースクリフの腰がリサに密着して、片足が足の間に入るような形になる。


 ――――壁ドン上下責め!


 二人の男の人と会っただけで、サービスが過ぎます。

 イベントを急いで進めるのダメですか……?


 心の声がもれてしまいそうになる。


「リサ、言いなよ? 何してた? 目的は?」


 ヒースクリフが謳うように、色っぽく、尋問してくる。

 しかも顔がゆっくり近づいてくる。


「わ、私……私……」


 あわあわとなりながら、反射的にギュッと目をつむる。


「さらなるご褒美目指して頑張りますからーっ! 胸を張って会える時間まで、待っててください。お願いします!」

「ご褒美? くくっ、ははは……」


 リサの答えに、ヒースクリフは不思議な顔をしたかと思ったら、笑い出した。


「ミステリアスでつれないところも、リサの魅力だね」


 そう言うと、身体をすっと離す。

 そして、何もそれ以上言わずに去っていってしまう。


「本人が、邪魔しにくるなんて聞いてないですけど! でも、ラッキー……!?」


 リサは、力が抜けて、へなへなと地面に倒れ込んだ。


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