021_家なし男爵
次にキアランが目を覚ました時に見たものは、今にも崩れそうで、煤で汚れたものではなく、見たことのないほど白く清潔な天井だった。
――――夢じゃ……なかった。
怒りのあまり、父を焼き、家を焼いてしまった。
――――ニコロは!?
大切なものを思い出して、飛び起きる。
「魔力が尽きて、倒れたんだ。まだ寝ていたほうがいい」
ベッドの隣には、あの家に飛び込んできた男が座っていた。
彼の忠告を無視して、尋ねる。
「弟は……?」
「大丈夫。少年が爆風で壁と天井を吹き飛ばしたおかげで、火の回りが遅くなって、軽度の火傷で済んだ」
ほっと胸を撫で下ろす。
弟が無事でさえいればよかった。
「しばらくすれば会えるはずだ。けれど、少年の父親は……一命を取り留めたが、きっともう満足には動けないだろうな」
「……そう」
自分がやったとはいえ、同情する気にはならなかった。
ああしなければ、キアランは弟と一緒に飢えるか、売り飛ばされていただろう。
自業自得だ。
「そのまま、これまでのこと、そしてこれからのことを少し説明させてくれるか?」
頷くと、彼はゆっくり話し始めた。
男は王立魔法機関の『管理局』に属する者だと名乗った。
魔法の発動を感知して、キアランのもとに駆けつけたらしい。
平民が突如魔法を使えるようになることが稀にあり、それを見つけるのが彼の仕事。
大抵は騒動になり、魔法は使用すると痕跡が残るので、今回のようにすぐ王立魔法機関が駆けつけて、使用した者は保護される。
王立魔法機関の『管理局』は、魔法感知に優れた者が多い。
どうやら、事件が起こる前からキアランからもれる魔力を感じ取り、初めて魔法を使う“覚醒”が起こるのを監視して待っていたらしい。
男は今回の件を詫び、キアランは悪くないとも言ってくれたけれど……複雑だった。
「今後についてだが……」
魔法が使える者は、必ず貴族の一員となり、王立魔法学園で学ばなくてはならないらしい。
強大な力となる魔法を正しく使えるようになり、国に尽くすことが求められる。
そのために、男は二つの選択肢を提案してきた。
一つは『管理局』の紹介で、どこぞの貴族の養子となること。
もう一つは、国王から一代限りの男爵位を賜ること。
前者であれば、色々と家から支援を受けることができるが、後者はその支援がない分、今後色々と必要になってくるお金を自分で用意する必要がある。
さしあたっては、王立魔法学園の生活費だ。
どちらの場合も、父と弟の世話は今いる王立魔法機関の療養施設で見てくれるらしい。
国の機関なので、どこよりも手厚い看護が受けられるから、心配いらないそうだ。
「金、借りられるのか?」
「それは……可能だが……」
「だったら、男爵で」
貴族のことは知らないけれど、親を殺そうとした自分を迎えてくれる、真っ当な者がいるとはとても思えなかった。
それに……もうこれ以上、大人に何かを強いられるのはまっぴらごめんだった。
金か、自由かと問われれば、何度でも自由と答える。
「すぐに決めなくてもいいのだが――――」
「もう決めた、男爵だ!」
キアランは首を振ると、男を睨みつけた。
「楽な道ではないぞ? 形だけの爵位でも貴族は馬鹿みたいに金がかかる。家なし男爵に対しては、差別も多い」
「借りた金は働いて必ず返す。それでいいだろ!」
こうして、回復したキアランはすぐに療養施設を出て、学園に入学した。
それから、一度も弟と父の顔を見ることはなく――――。
※※※
リサはキアランの話をじっと静かに聞いていた。
彼は話し終わると、悲しげにしばらく俯いている。
そして、リサの視線に気づいてハッとすると、すぐに生意気そうな態度に戻った。
「俺が魔法を使うかもしれないこと、知ってたって? 止めてくれるなら、もっと前だろ! ありえなくないか?」
キアランが不満を口にする。
リサにはそれが強がりのように思えた。
きっと真っ直ぐな性格の彼は、事件を他人のせいになんてしない。
一番、悔しいのは、恨んでいるのは……。
「おっ! おい! 何、泣いてんだよ!?」
彼の気持ちを考えたら、涙が溢れてきて、誤魔化せない量になってしまった。
瞳から雫がこぼれ落ちる。
それを見たキアランは、とても慌てていた。
「泣かれるとか聞いてないし。べ、別にお前が泣く必要ないだろ、なっ?」
「だって、悲しいよ。お父さんのことも、貴方の魔法のことも」
ゲーム内では彼が魔法を暴発させて、乱暴者の父に怪我を負わせた過去がある問題児という説明が簡潔にあるだけだ。
それ以上は、多く語られない。
今、キアランが語ってくれたのは、もっと細かく、感情を揺さぶるものだった。
ゲームでは、どうしても演出や長さの関係で必要ない部分が削られてしまうことがある。
実際には、血の通った彼らにはもっと複雑で多くの事情や感情が背景にあるのは当然のことなのだ。
改めて、彼らはここに生きているのだと実感する。
「同情はいらないけど……あんたの気持ちは……その……嬉しい、ありがとな」
少し照れながら、ぽつりとキアランが感謝の気持ちを伝えてくる。
リサは涙を拭うと、微笑んだ。
彼は、やはり根は素直ないい人だ。
あんな過去があったら、もっと自暴自棄になってもしかたない。
授業をサボるぐらいなんだというのだろう。
「……ごめん。キアランのこと何も知らないで、授業を受けたほうがいいとか言って」
「えっ? いや……授業は受けたほうがよくないか? せっかくの入学が無駄になるし、ほら、俺、学園生活のために借金までしてるし」
急にキアランが及び腰になる。
「だって、怒ってるんでしょ? 貴族の、国のやり方に。ひどいことされて!」
「それは……そうだけど。別に全部が奴らのせいじゃないし。あの時、助けに来てくれなきゃ、全員家ごと焼かれてたわけ……だし……」
最初は焦って反応していたけれど、次第に下を向いて考え込む。
そして、ハッと顔を上げた。
「そうか……俺……自分が情けなくて、自分に怒ってて、それを貴族のせいにしてたのか……」
「えっ……そうなの?」
独り言のように呟いた彼の言葉に、リサは驚きの声を上げる。
誘導尋問とか、自問自答させるつもりなんて、まったくなかったのだけれど……。
本当に、キアランは自分の好きなようにするべきだと思っていた。
「ありがと、な。リサ、あんたは俺にそれを気づかせたくて、わざとああ言ったんだろ?」
「へっ? あっ……うん、うん……そう、そうなの。わかってくれてよかった」
否定して彼のやる気を削ぐのはどうかと思うし、話を合わせる。
「自分の無力さに怒ってるなら、今、やることは一つだよな?」
キアランが器用に枝の上で立ち上がる。
「強くなる! まずは、魔法を制御できるようになる。弟を守れるぐらいに強く」
「そうだよ、せっかく魔法学園っていういい環境にいられるんだから、乗っかって学んだほうがお得じゃないかな?」
ここぞとばかりに、彼の決意を後押しする。
そんなつもりはまったくなかったのだけれど、まあ終わりよければ全てよしとも言うし。
「よっしゃーっ! 燃えてきたー! 俺は学園最強、いや、国最強の火の魔法使いになるっ」
木の上で両手を空に突き出すと、キアランが叫ぶ。
「火の最強はアンナマリーだけど……あっ!」
リサは、つい彼のやる気に水を差す言葉を呟いてしまった。
「おいっ、その名前! まさか、あのいけ好かない公爵令嬢のことか!?」
明らかにアンナマリーへ悪い印象しかない言葉だった。
さすが悪役令嬢、こんな序盤で、すでに嫌われフラグが立っているなんて。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。
アンナマリーの没落回避を阻む要素は、小さな芽でも摘んでおかないと!
「キアラン、話したこともないのに見た目や噂で相手を決めつけるのは、よくないと思うよ」
「いや、だって、あいつは……」
リサも立ち上がると両手を腰に当てて、キアランに詰めよる。
「あいつ?」
「い、いや……ヴァルモット公爵令嬢……」
気圧されたキアランが、枝の上で一歩後ずさる。
それ以上先は細くなっていて、とても彼の身体を支えきれそうにない。
「アンナマリーは私の大切な友達なんだから、悪く言わないで。それとも私のことも悪く言う?」
「悪かった……そんなつもりはなかった。少なくともあんたは悪いやつじゃない」
キアランがしょぼんとする。
「私だけ?」
もう一歩、キアランのほうに踏み込む。
下がろうとした彼が軽く足を滑らせる。
「もう勘弁してくれ。これ以上、下がったら……お、落ちる!」
「だったら、言うことあるでしょ?」
じっと彼を見つめる。
キアランがなぜか視線を逸らした。
「もう見た目や噂だけで決めつけたりしない、しないから!」
「よろしい」
大好きなアンナマリーのことなので、つい力説してしまった。
一歩、下がる。
「まったく、なんだよ。泣いたり、怒ったり、変なやつ」
文句をいいながら、キアランは一本上の枝を腕で掴むと、強度をよく確かめてから、逆上がりの要領でひょいっと上がる。
リサは幹に近い枝に、また腰を下ろす。
「ただでさえ、サボって授業が遅れてるんだし、キアランが強くなりたいなら、火属性同士仲よくなって教えてもらったほうが効率的じゃない?」
「いや、あんなツンツンした女、俺なんかゴミを見る目で見て終わりだろ」
キアランは、ぶんぶんと首を振って否定した。
たしかに彼を見下すアンナマリーがぱっと浮かぶけど、今の彼女はきっと違う。
「思い込み、よくない! 今度、紹介してあげるから」
「まあ……あんたがそこまで言うなら、仲よくしてやってもいい」
なんだかツンデレっぽいセリフだったけれど、まあアリでしょう。
これで、キアランと出会っただけではなく、アンナマリーの評判も上げられたわけで、ミッションコンプリートかな。
「じゃあ、そろそろ、私は行くね。午後はちゃんと授業に出ること」
枝に座った状態で、しゅたっと木から飛び降りる。
「あんた、一人で降りられたのか? 足とか大丈夫か?」
キアランが目をまん丸くしている。
ちょっと楽しい。
「私も森育ちだからね。木に登るのはそんな得意じゃないけど、兎を捕る罠なら負けないよ」
「そうだったのか……」
木の上を見上げると、背を向ける。
「リサか……これから、学園が楽しくなりそうだな」
キアランが何やら呟いていたけれど、リサはもう振り向かなかった。
きっと彼はもう大丈夫だ。
きちんと学んで、立派な魔法使いになって、探索でも活躍してくれるだろう。
リサは次に向かって走り出した。




