019_年下の同級生
リサは、正門から学園の校舎を通り過ぎた先にある裏庭に、一人ぽつんと立っていた。
建物の影になっているので、日当たりがいいとは決して言えない。
それでも庭師がきちんと世話しているおかげで、花壇には日陰を好む花々が咲いている。
人影はどこにもなく、ひっそりとしていた。
「あっ……サボり決定……」
ゴーンゴーンと始業を知らせる鐘が校舎の時計塔から鳴り響く。
なぜ授業時間、こんなところにいるかというと……。
――――キアランは学園で迷子になって、授業に遅れた時が出会いイベントだったんだよね。
きょろきょろと辺りを見回すも、それらしき人物を見つけることはできない。
「うう、サボりたくないのに……あとでアンナマリーから小言だろうし」
それはそれで彼女が自分を心配して言ってくれているので、嬉しいは嬉しいのだけれど。
できれば、わざと困らせてアンナマリーの友情を裏切るようなことはしたくない。
「…………」
しばらく待ったけれど、誰かが現れる様子はない。
辺りはシーンと静まり返ってしまっている。
「……これは、あのセリフを言わなきゃ駄目、なのかな? だめ、なんだよね?」
げんなりして、ため息をつく。
こんな馬鹿っぽいセリフ考えた人に、文句を言いたい。
普通、一人で言わないでしょうって。
「このまま会えませんでしたじゃ、なんのためにサボったのかわからないし」
意を決すると、息を吸いこんだ。
「わぁー、大変! 迷っちゃったー!」
頬に手をやると、困り顔で声を出す。
演技の練習とかしたことないから、完全に棒読みだけど……。
それにしても……。
――――これは恥ずかしい。アンナマリーの気持ちがよーくわかる。
前回、ステファンとアンナマリーを廊下でぶつかるように仕向けた時に、彼女に恥ずかしいセリフを強要したことを、心の中で、心から詫びた。
「…………あれ?」
しばらく待ったけれど、周辺から何も反応はなかった。
まさか、棒読みじゃだめだとか?
感情を込めてとか……無理!
だけど、やらないと進まない。
やけくそ気味に、もう一度、今度は思い切りすぅぅっと息を吸う。
「わぁー、大変! 迷っちゃったー!」
静かな裏庭にリサの声がこだまする。
これで気づかれなかったら、諦めるべきだ。
「うっせーよ!」
するといきなり頭上から声が聞こえてきた。
――――きたー! いたー!
見上げると、木の太い枝に座り、幹に背を預けた姿のキアランがいた。
当たり前のように、前世で見た彼が存在して、しゃべっている。
ちょっと感動……。
ヒースクリフ推しだけれど、“マジラバ”好きとしてはキャラが動いているのを見るだけで、嬉しくてたまらない
「ここを真っ直ぐ行って、二階右へ曲がると中庭に出るから。早くどっか行けよ」
そんなリサの心情を当然知らないキアランは、面倒くさそうな表情をしていた。
追っ払うかのように、木の上から手を振る。
「んっ? あんたって……」
不意にキアランが身を乗り出して、リサの顔を見る。
リサも同じようにキアランの姿を改めて確認した。
藍色の髪に、着崩した制服。ちょっと目つきが悪いのはご愛敬。
背はリサよりは高いけれど男子にしては小柄で、好奇心旺盛な瞳は薄い茶色。
「……もしかして、あんた、光魔法のリサか?」
どうやらリサのことをやっと認識してくれたらしい。
頭の後ろに手を組んで、表情も興味ありげになる。
本格的に話すつもりになってくれたようだ。
「そうだけど?」
「やっぱりな。平民っぽい空気が漂ってる」
一見、侮辱する言葉のようにも思えるけれど、キアランは嬉しそうだ。
「知ってのとおり、元平民だけど……」
「あんたとだけは、話が合いそうって思ってたんだ、俺の名はキアラン」
こっちの返事をほぼ無視して、名乗り始める。
この失礼なところも……尊い。
この後、ゲームでは“私も登りたい”って隣に座るんだけど……。
さすがにそんな積極的なことはできない。どうしよう?
キアランから視線を外して、顎の下に手をおいてうーんと考える。
「んっ、どうかしたのか?」
ヒースクリフに一途だし!
いや、でも……話を聞くにはスチルにシチュは似せたほうが……。
でもでも、見られて誤解されたら。
「何、一人でぶつぶつ言ってんだ? おーい!」
なんか、弟の竜太に似てるんだよね。
生意気なところとか。
あっ、弟分っぽい友達なら、距離近くてもいいのかな?
まともに学園生活送ったことがないからわからないけど。
「……俺の話、聞いてないだろ?」
「ごめんなさい、こっちはおかまいなく。続けてもらっても大丈夫です。すべて暗記してますので」
考えに集中するあまり、目の前のキアランの対応がおざなりになってしまう。
「聞くつもりがないなら、聞けるようにしてやる」
「んっ?」
何だか邪悪な波動を感じて、顔を上げる。
「ひゃぁぁぁっ!」
すると次の瞬間、視界が一回転した。
しゅるしゅると音がして、足が引っ張られ、ぐるんと視界が回って、かつ高くなる。
「きゃああーっ!?」
自分の現状に気づいて、リサは悲鳴を上げながらスカートを手で押さえた。
木の上からロープで宙づりにされていたのだ。
「お高く留まった貴族や教師が、俺に文句を言いに来たら、使おうとしてた罠だ」
「説明とかいいから……血……頭に血がのぼる……おろぢて……」
「あっ、わりい、わりい」
キアランは、慣れた手尽きでリサの身体を引き上げると、自分の腰掛けている枝に引き上げた。
さらにロープをほどくと、リサの身体を軽々と持ち上げて、幹に座らせる。
「い、いきなり、何をするんですか!」
身体が安定したことを確認すると、真っ先に彼へ不満をぶつけた。
「あんたが人の話聞こうとしないから悪いんだろ?」
「あ、うぅ……ごめんなさい」
ぐぅの音も出ない。
「俺も……ちょっと強引だった。悪い」
キアランも申し訳なさそうに謝ってくる。
年下のくせにちょっと口が悪くて、乱暴なところもあるけれど、それは生まれが関係しているだけで、根は素直でいい子だ。
誤解されやすいけれど、リサは前世の知識でそれを知っている。
「それで、話はなんでしたっけ? どこまで話しました?」
「まだ何も言ってない」
批難するキアランの顔から、さっと視線を逸らす。
適当にどこまで話したのか言ってくれれば、話を合わせられると思ったのだけれど、逆効果だったらしい。
「……リサに、俺の話を聞いてもらえないかと思って」
そ、そこから?
今のは、キアランとのイベントのほぼ最初の会話だ。
これも強制力だろうか。
イベントの未読会話スキップとか許さないってことですか?
しかたなく、真面目に読……じゃなくて、聞き役に徹することにする。
「それって、私が平民出身だからってこと?」
キアランが真剣な顔で頷く。
「あんたは呆れてないのか? 散々、平民を蔑んでおいて、魔法を使えるようになった途端、いきなりお貴族様とか言われて、やってられるかって」
気持ちがついていかずに、未だ納得できないのだろう。
魔法と貴族はこの世界の中心のようなものだから、仕方がない。
けれど、それをまだ十五歳の彼にすぐ飲み込め、というほうが無理なのかもしれない。
そもそもキアランの過去は一番壮絶なんだよね。
「もちろん、言ってやりたいことはありますけど……」
「だろ? ほんとむかつくよな、貴族って」
もう自分もその貴族の一員ですよって言ってあげたいけれど、今言っても反発するだけだろう。
だから、リサは他の攻め方をすることにした。
「それで、こんな誰も来ないところでサボっていたの?」
「ああ、魔法が使えるなら、これ以上、何を学ぶことがあるって言うんだ。社交界マナーとやらまでやらされて、反吐が出る」
キアランが、何か文句があるかと睨みつけてくる。
あくまでも冷静に、リサは彼を諭し始めた。
「んーでも、キアランは魔法を暴発させて、ここに来たんでしょう? コントロールできるように、授業は聞いたほうがいいよ」
「なっ!? どうして、そのことを知ってるんだよ!」
「私も同じように突然魔法を発動させてここにいるわけですから、予想はつきます」
ふふふんと、すまし顔で答える。
もちろん、予想したわけではなく、前世の記憶で知っていたからだ。
「そっか……やっぱ、俺ら似た者同士だから、わかるんだな」
風船が萎んだように、先ほどの勢いが彼からなくなる。
キアランはぽつぽつと自分の過去を吐露し始めた。
だぶん、思い出したくもないけれど、蘇ってしまう……。
辛い自らの過去の記憶――――。




