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018_もったいないは、いつかの幸せに

「では、そのMPポーションを、実際にステファンに使ってみましょうか」


 一通り落ち着いた頃を見計らって、アンナマリーが提案し始める。

 まるでチュートリアルに戻ったかのような口調だ。


 ような、ではなく、チュートリアルの不可避なセリフといったところだろうか。

 もともとの戦闘チュートリアルはステファンとの二人だったので、そのセリフを彼から取った形になっている。


「嫌です。まだこれを使う必要はないと思います」

「「ええっ……」」


 まさか二人とも拒否されると思わなかったらしく、アンナマリーとステファンの驚きの声がハモる。

 そして、得意のじと目で勘ぐるようにリサを見た。


「あっ、まさか……お兄様がくれたからって大事にとっておく気ではないでしょうね?」

「違います。使わずに探索が終えられそうなら、アイテムはとっておくのがセオリーです。いつ金欠になるかわかりませんから」


 リサはあくまでも冷静に否定した。

 そして、先ほどの魔力回復薬をこっそり鞄の奥にしまい、最初にもらった分をポケットに入れる。


 実際のところは、アンナマリーが言ったとおり、ヒースクリフが直接リサにくれた魔力回復薬はもったいなくて使いたくない。

 最初の三瓶は皆にくれたものだけれど、最後の一瓶はリサのためだけにくれたもので特別だから。


「なるほど、リサの言うことに一理あるね」

「確かに無駄遣いはよくありませんわ。貴族の悪いところです。探索用のアイテムは有限なのですから」


 なんで探索のセオリーなんて知っているのかなんて、つっこまれなくてよかった。

 ちょっとは疑われるかなと思っていたけど、二人ともリサの説明に納得してくれているみたい。


「残りの力で、行けるところまで戦いましょー」

「そうね」

「うん、がんばろう」


 リサが仕切り直すと、二人の元気な声が続く。

 魔物スポットの探索を再開する。


「チチチッ……」


 すぐに魔物は三人の前に現れた。

 今度は闇角ウサギの群れだ。


「全部で五体です」


 しかし、今度は最初のように浮き足だったりしない。


「ステファンは先頭の一体をお願いします。その後は敵を引きつけてください」

「任せて」


 剣を構えると、ステファンが指示した一体に向かっていく。


「後ろの三体を、アンナマリーお願い。生き残ったのがいたら私の魔法で倒します」

「わかったわ」


 アンナマリーは頷くと、間接的に範囲攻撃できる発火<イグニ>の準備を始める。


 今度は、こっそり戦闘の指揮を取り始めてみた。

 アンナマリーもステファンもなんの疑問も抱いてないようだ。


 元々ゲームでは、各キャラのコマンドの決定をプレイヤーがしていたわけで、ヒロインのリサが指揮するのには、違和感がないのかもしれない。


「発火<イグニ>」


 まずはアンナマリーの魔法が火を吹いた。

 後ろ三体の足下に生えた草が燃え、一気に左右へと広がっていく。


「やぁぁっ!」


 背後に火がついたことで、闇角ウサギが驚いて動きを止める。

 ステファンは間合いを詰めると、そのままその一体に向かって一気に剣を振り下ろした。


「チーッ!」


 闇角ウサギは、見事に真っ二つになってすぐに消えた。

 焼かれた魔物も、コテンと倒れて同じようにいなくなる。


 しかし、炎からなんとか逃れた闇角ウサギが一体だけいたらしい。

 倒れることなく、リサたちとは別方向に駆け出す。


「逃がさないよ、光の矢<ライトアロー>」


 弓のポーズで闇角ウサギに狙いをつけると、素早く放つ。


 光の矢は見事に命中して、地面に倒れ込んだ。

 そのまま最後の一体も消えていく。


「ふぅ、今度は群れも上手く対処できましたわね」

「ほんと、とてもいい連携だったと思うよ」


 周りに敵がもういないことを確認すると、お互いを称え合う。


 リサも我ながら、今のはかなりいい戦いだったと思う。

 近い敵をステファンが処理し、後ろを高火力のアンナマリーがまとめて倒す。

 そして全体を見ているリサが撃ち漏らしや、新手がいれば仕留める。


「お二人が息ぴったりでしたから、私も余裕がありました」


 せっかくなので、アンナマリーを応援してみる。


「ちょ、ちょっと……リサ……」

「そうなら嬉しいな。アンナマリーとは、古くからの付き合いだから」


 優しく王子スマイルをするステファンを見て、アンナマリーがまた真っ赤になって俯く。

 よくある、彼の顔が見られないってやつだ。


「さて……みなさん魔力量はどのぐらい残ってますか?」


 あんまり引っ張ると、アンナマリーがツンツン暴走するかもしれないので、この辺りにしておく。


「まだまだ行けますわ」

「貴女たちが強いから、僕なんてまったく魔法を使っていないよ」


 リサの質問に、二人が頷く。

 効率よく倒しているし、外すこともないから、MPに余裕がありそうだ。


 これならもう少しレベル上げをしてもいいだろう。

 だけど――――。


「うーん……でも、今日はこの辺りにして、魔溜まりを浄化しませんか?」


 経験値も欲しくて迷ったけれど、リサはあえてここで探索を終わらせることを提案した。


 今探索している魔物スポットは魔物を全て倒すか、魔溜まりを光魔法で浄化すれば、消すことができる。

 このまま探索を続ければ、前者の方法で魔物スポットを消すことができそうなわけだけれど……。


 ――――浄化の光<プリズムライト>が使えなくて、進行に問題が出たりしないよね?


 今までもリサの行動で進行に変化が生じているだけに若干、不安になる。

 だから、ここで終わらせることにしたのだ。


「そうだね、せっかく光魔法を使えるリサがいるんだ。魔溜まりを消してみたいな」

「ステファンがそういうのでしたら」


 アンナマリーは、若干不満そうだ。

 リサと同じくもう少し戦闘をしてレベルを上げたかったのかもしれない。

 それはまたの機会にしてもらおう。


「では、先ほどの魔溜まりのところまで戻りましょうか」


 二人とも頷くと、またステファンを先頭にして警戒しながら戻り始めた。




※※※




「これが魔物を生み出すのですね」


 魔溜まりまであと三歩ほどのところまで行くと、立ち止まる。

 先ほどは戦闘中でチラ見だったから、今度はまじまじと見つめた。


「怖いほどに、綺麗な花ね」


 アンナマリーが横に来ると、同じように観察している。


 魔溜まりは、大きな花で、薔薇のように花びらが何枚も複雑に何重も円を描いている。

 その色は深い、深い紫色で、ガラスのようにキラキラと輝いていた。

 花びらで包まれた中心には、真っ黒な花柱があり、先端から辺りに漂うのと同じ霧を出していて、花びらからあふれて、下へと流れていく。


 ドライアイスのもやが台から床へと落ちて広がっていくような様子だ。

 危険なものなのに、魅入ってしまうような妖しさがある。


「では、行ってきます。周囲の警戒をお願いします」


 頷くアンナマリーとステファンに見送られ、一人リサは魔溜まりの前まで行く。

 いきなり魔物が現れることもあるらしいので、浄化するのには注意が必要だ。


 リサは緊張しながら、右手を魔溜まりの上に掲げた。


「浄化の光<プリズムライト>!」


 清らかな光が広げた手のすぐ先に現れ、辺りを照らしていく。

 魔溜まりとなっている花は、急激に枯れていくかのように萎んでいく。

 まったく音を立てずに、それは消え去った。


 どうやら阻止しようとする魔物は出てこなかったようだ。

 元々かなりの数を倒したおかげかもしれない。


「あれが、浄化の光<プリズムライト>」

「綺麗……」


 ステファンとアンナマリーは浄化の魔法の美しさに驚き、見惚れているかのようだ。

 リサが二人のところに戻っても、まだ呆然と立ち尽くしている。


「あっ……」


 その時、どこからともなく突風が吹いた。

 辺りに立ちこめていた霧が一気に晴れ、同時にパリンと何かが割れた音が鳴り響く。


 きっと魔物スポットが消失したことにより、王立魔法機関の結界が壊れたためだろう。


「わっ、本当に魔物スポットが消えた」


 知識としてわかっていたことだけれど、実際に目の当たりにして、驚く。


「やったね、リサ。アンナマリーもありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございました!」

「べ、別に貴方に頼まれたからではありませんわ」


 ステファンが穏やかな笑みを浮かべると、アンナマリーが照れながらツンと応じた。

 リサも、達成感がこみ上げてくる。


「やりましたな、王子」

「アンナマリー様、それにリサ様も、最初の探索でいきなり魔物スポットを浄化なさるなんて、さすがです」


 見張りをしていた騎士たちも、笑顔で迎えてくれる。

 こうして、サービス満載のアイテム説明付き戦闘チュートリアルは、無事に終わった。


 結局レベルは一つしか上がらなかったわけだけれど……それは敵が弱かったせいだ。

 もっと強い魔物がいるところに行けるようにならなくては。




※※※




 学園に戻る道中、リサは一番後ろを一人で歩いていた。

 アンナマリーとステファンは、探索を終えた高揚感で楽しそうに話している。


 ――――二人は上手くいってくれたみたい。


 悪役令嬢の婚約破棄を阻止することは、今のところとても順調だ。

 そして、ヒースクリフと出会うことができるイベントも順調に消化している。

 次は――――。


「あれだ……公爵家のお茶会!」


 前世での“マジラバ”を思い出して、思わず声を上げる。

 次にヒースクリフが出てくるイベントは、ヴァルモット公爵家のお茶会だ。


 入学から注目を浴びるリサを、アンナマリーはお茶会に呼ぶ。

 ステファンと不仲になったことを逆恨みして、そこでまた様々な妨害を仕掛けてくるのだけれど……それは現状ありえないだろうし、気にしなくていい。


 重要なのは、お茶会で会話に入っていけないリサにヒースクリフが話しかけてくる。

 そして、脈絡もなく、いきなりこう尋ねてくるのだ。


『で、リサは誰が好みなんだ? 俺が仲を取り持ってやってもいいぜ?』


 ゲームでは選択肢は五つ。


 王子ステファン、王子の親友セオ、貴族ヴィニシス、騎士カルツ、平民上がりのキアラン。


 ここで選択した攻略対象は、なぜか好感度が少し上がる。

 問題は、選択肢にある全員と出会っていることがこのイベントの発生条件になっていることだ。


 ――――ああもう……どうして全員と、会わなきゃいけないかなー。


 キラキラ優等生のステファン王子と、飄々<ひょうひょう>として掴みどころのないセオには会ったけれど、残りの三人にはまだ出会っていない。


 ヴィニシス・ミットフォードは、侯爵家の長男で眼鏡のクールな人。


 カルツ・クルダンは子爵家の三男で魔法も使えるのに、騎士隊長に憧れている不器用で熱血な人。


 キアランは唯一の年下で、リサと同じ元平民ながら、一代限りの男爵になったやんちゃでツンな人。


 実際の彼らがどんな人物なのか楽しみではあるけれど、リサとしては寄り道をせずに、ヒースクリフへ一直線に進みたかった。


「もし……あの質問で、あなたです、って答えたら、どんな顔されるんだろ?」


 『リサは誰が好みなんだ?』とヒースクリフに言われる場面をまた思い出す。

 今想像しただけで、ドキドキしてきてしまう。


 ――――若干、不本意ですがヒースクリフと創る未来<こんやくエンド>のため……!


「今、会いに行くから待ってなさい!」


 一人夕焼けに向かって叫ぶと、さすがに前にいたアンナマリーが何事かと振り向く。


「リサ? 何を叫んでるの? それに随分と遅れていますわよ」

「お二人の邪魔しないようにわざとでーす」


 今度も大声で叫ぶ。

 ちょっとした意地悪だ。


「えっ……やっ……別にわたくしたちは……」

「ふふふ、アンナマリー、今日は楽しかった」


 走ってアンナマリーに追いつくと、その腕に抱きつく。


「ええ、わたくしも楽しかったですわ」

「僕もね、リサ。またよろしくね」

「はい、機会があれば!!」


 その後は三人で、あれこれ話しながら帰路についた。

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