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017_ダブルデート?

「じゃあ……説明をちゃんと聞いてくれたリサたちに、今日は特別プレゼントだ」


 ヒースクリフが手を後ろにやると、手品のようにパッと出てきた。

 どこから取り出したのか、指には左右三本ずつ、回復薬の瓶が挟まっている。


「体力回復薬と魔力回復薬が三本ずつ。あとは学園支給品や、俺の露店で買ってくれよな」


 手渡された回復薬を、リサがアイテム袋に入れる。


「正規で買うより、俺から買ったほうが安いぞ」

「そんな効果も値段も怪しいポーションは、買いませんわ」


 アンナマリーはその間、兄ヒースクリフをじと目で見ている。


 兄でも容赦ない素晴らしい軽蔑のまなざし、さすが悪役令嬢!


 リサの幸運がヒロインズスキルなら、アンナマリーのはさしずめ悪役令嬢スキルといったところ。

 ぜひ、今度検証してみたい。


「やれやれ、我が妹ながら手厳しいな」


 さすがのヒースクリフも悪役令嬢スキル“軽蔑のまなざし”に苦笑いするしかない。


 それにしても……。

 あぁ、この説明イベントを生で味わえるなんて、なんて幸せなの。


 この幸運を噛みしめる。


 謎すぎる登場に、いきなりアイテムの説明から、アンナマリーとのボケツッコミまで、ヒースクリフの魅力がぎゅっと詰まった一時でした。

 エンドまで、待っててね、ヒースクリフ!

 絶対に貴方を捕まえて、エンドまでたどり着いてみせる。


 高揚しながら、心の中で彼に誓う。


「……リサ? ちょっと顔が赤い。大丈夫か?」


 つい幸せに浸るばかり、警戒がおろそかで、ヒースクリフに気づかれてしまう。


「無理をさせてしまっただろうか」


 ステファンも心配そうにリサを見る。

 慌てて、手を左右に振って誤魔化した。


「あっ……こ、これはヒロイン的に関係のない私情と申しますか……き、気にしないでください」

「ヒロイン? しじょう?」


 つい素で口走ってしまい、アンナマリーが意味のわからない言葉に首を傾げる。


「よくない。やはり意識が混濁しているようだ。ここに座って休むんだ、リサ。初めての魔物スポットの戦闘で疲れたんだろ」

「えっ……あっ……」


 抵抗するまもなく、真面目な顔のヒースクリフに手を引かれ、木陰に移動させられてしまう。

 言われるがまま、リサはちょこんと地面から盛り上がった木の根に腰掛けた。


「…………」


 ヒースクリフが私の心配を……。

 こんなのゲームにない、頑張って戦って……よかった。


「って――――ひゃん!」


 いきなり片方の靴を脱がされて、思わず声を上げる。

 見れば、ヒースクリフが膝をつき、リサの片足を軽く持ち上げていた。


「動かない。すぐ気持ちよくなるから」

「うっ……あっ……う」


 嘘っ、何これっ!?


 制服の靴下ごしに、ふくらはぎを揉んだり、つつっと指を這わしてくる。

 思わず変な声が出てしまう。


「ここまで来るのに、だいぶ歩いただろ? 足がだいぶ硬くなってる」


 妖しい笑みを浮かべながら、ヒースクリフが足をマッサージしていく。


 当然、アンナマリーとステファンにも見られているだけで恥ずかしい。

 恥ずかしいのに、彼のテクニックはすさまじく、逃げることができない。


「っ……ぅん……」

「ほら、だんだん楽になってきた」


 抑えようとしても、声が出てしまう。

 実際のところ、気持ちよくて、疲れて強ばっていた足がほぐされていく。


「はっ! お兄様っ、な、何を、破廉恥な!」


 二人の様子に顔を真っ赤にして固まっていたアンナマリーが、やっと我に返る。

 声を荒げたけれど、なぜか今回は逆効果だった。


「何をって、マッサージだけど……あぁ、アンナマリーも疲れてる? でも、今はリサの番だから待ってくれないと。こういったことを途中でやめるのは、女性に失礼だろ?」


 わざとだとわかっていても、ヒースクリフの勘違いさせる言葉にアンナマリーがさらに顔を熱くして、俯く。

 そして、感化された人間がもう一人いた。


「アンナマリー、気づかなくてごめん」


 おそらく本当に純粋な気持ちで言っているのだろう。

 ヒースクリフと違って、正真正銘裏表のない真面目な顔のステファンが、アンナマリーの肩に手を置く。


 そして、リサのすぐ横にある木陰にハンカチを彼が敷いた。


「ここに座って」

「はっ……っ? えっ……」


 王子らしい見事なエスコートだったので、アンナマリーも公爵令嬢として反射的に従って、ストンとハンカチの上に腰掛けた。


「経験がないから上手くできるかわからないけど……優しくするって約束するよ」

「そ、その言い方、わ、わざとではありませんの? お兄様の真似?」

「んっ? なんのこと?」


 ヒースクリフが計算高いナンパのプロなら、ステファンは天然ナンパのプロだ。

 あのアンナマリーが何の抵抗することなく、靴を脱がされてしまう。


 彼女もリサも素人なので仕方ない。


「こう……かな? 痛く、ない?」

「っ、あっ……わ、わかりませんわ…………」


 恥ずかしすぎて、アンナマリーはわけがわからなくなっているようだった。

 何……この、怪しい状態は……でも、気持ちよくて……抗えない。


 ヒースクリフの指の感触に、足をびくびくと震わせてしまう。

 隣には、同じようにアンナマリーが悶えている。


 ――――はっ! まさかこれが世に聞くダブルデート!?


 娯楽がほとんどないこの世界なら、ピクニックが定番なのはおかしくない。

 先ほどの行為は、どちらかというと妖しげな夜のお店っぽいけど……。


「んっ、そういえば……ここ、魔物スポット!?」


 やっとヒースクリフの指技から逃れ、我に戻る。


 こんなことをするために、魔物スポットに来たわけではない。

 いや、リサに限ってはヒースクリフに出会えるのが目的の一つだったりするのだけれど……。


「チチッ……」


 その時、呼ばれたかのように茂みから闇角ウサギが二匹、顔を出した。

 ヒースクリフとステファンは魔物に背を向けているので、死角になっている。


「危ないっ! 眩忘の光<ニフライト>!」


 足を投げ出した姿勢のまま、リサは魔法を唱えた。

 この魔法で魔物を退けると経験値が入らないけれど、今はそんなことを言っている場合じゃない。


「チ――――」


 光を浴びた闇角ウサギが断末魔を上げる。


 眩忘の光<ニフライト>を浴びると、強い魔物なら逃げて、弱い魔物なら存在自体が消えてしまう。

 探索初心者の相手である闇角ウサギは当然、後者だった。


 光と共に魔物が跡形もなく消える。


「ヒースクリフ?」


 今までリサの前に膝をついていたヒースクリフが視界から消える。

 いつの間にか、リサの後方まで移動していた。


「いやー、すごいなぁ。光属性の魔法、初めて見た」


 どうやら、眩忘の光<ニフライト>に驚いて、反射的に動いたらしい。


 それにしてもすごい身のこなしだ。

 もしかすると、彼は魔法を使えなくても魔物を避けきるぐらいの身体能力があるのかもしれない。


「お兄様、大丈夫ですの?」

「リサのおかげでなんともない」


 心配したアンナマリーが駆け寄るも、手を借りることなく、立ち上がる。


「ありがとう、リサ」

「ううん、油断してたのは私も同じだし、それより……」

「ここは危険のようだな」


 ヒースクリフの言葉に他の三人も頷く。


「お兄様は無理なさらないで。あとはわたくし達におまかせください」


 アンナマリーがやんわりヒースクリフに忠告する。

 そこには魔法を使えない彼には危険だということが、暗に含まれていた。


 差別みたいで嫌だけれど、しかたのないことだ。

 魔物を倒すには、魔法がなくてもなんとかなるけれど、やはり危ない。


「はいはい、俺は下がるとしますよ。あー、帰りの護衛とかいらないからね。色々持ってるから」


 ヒースクリフを一人で行かせるのは少し心配だったけれど、大丈夫だろう。

 一人で来たのだから、一人で帰れるはずだ。


「これ、さっきの分」


 するとさりげなく、ヒースクリフがリサに魔力回復薬を一つ手渡してきた。

 先ほど眩忘の光<ニフライト>を使わせたお詫びらしい。


「別に一回ぐらい……」

「いいから、これぐらいさせてくれ」


 返そうとしたけれど、やめておいた。

 今は彼のためにも、ヒースクリフの厚意に甘えるべきだと思う。


 受け取った回復薬を大事に制服のポケットにしまう。


「じゃあ、みんな探索がんばってくれ!」


 ヒースクリフは広げた荷物を素早く片付けると、片手を上げて去ろうとする。


「あのっ、ヒースクリフ!」


 それでも何か言わなくてはと思い立って、彼の去り際に声を上げた。


「また、ね……?」

「俺の指が忘れられなくなった? また、今度続きをしてあげるから。続きをね、光のお嬢さん」

「うん、また――――」


 赤くなりながらリサが頷く。


 絶対に次のイベントでも会うし、彼の言い方だと、何されちゃうかわからないけれど……。

 それでも別れるのは少し寂しい。


「お兄様、リサを穢すのはそれぐらいにしないと、許しませんわよ」

「いや、冗談だって……半分本気でだけど」

「お、に、い、さ、ま!」


 アンナマリーが鬼の形相になっていく。


「俺の愛しの妹は、やっぱり怒った顔も可愛いなっ!」

「ひゃっ……」


 不意打ちでアンナマリーの額を人差し指で小突くと、その隙に走って逃げて行く。


「もう、お兄様は、いつもああなのですから……リサ、絶対にお兄様に身を任せてはだめよ!」

「ちょっとぐらいも?」

「ほんのちょっともだめです! もうお兄様もお兄様だけれど、リサもリサね」


 腰に手を当てて、アンナマリーが呆れている。


「はははは……アンナマリーの言うとおり。リサも変わってるよね」

「ステファン王子まで……さすがにあの変な人と一緒にされることには、正式に抗議します」

「リサ、あれでもわたくしの兄なのですけど……ふふふ」


 魔物の襲撃を許して張り詰めていたパーティの空気が和らいだ。


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