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016_初めてのアイテム

 ――――待ってました! ヒースクリフのアイテムチュートリアル!


 声に出すわけにはいかないので、思わず心の中で歓喜する。

 アンナマリーを誘ったから、もしかすると兄のヒースクリフが出てこない、なんてこともありえるのかもと、少し心配だった。


「なっ……ど、どうしてお兄様がここに」


 妹のアンナマリーはヒースクリフの姿に声をあげた。

 アンナマリーをパーティメンバーに誘わなければ、出会わなかったわけで、リサの知らない会話が生まれていく。


 ふふふ……原作好きとしては、たまらない展開です。


「貴方は、どうやってここまで来たのです?」


 ステファンも驚いて、彼を見ている。


 魔法を使えないヒースクリフが入るのを、どうして騎士が止めなかったのか。

 魔物がいる中をどうやってリサたちに追いついたのか。


 前世でもその点は大いに謎だった。


「気にしない、気にしない」


 みんなの疑問をヒースクリフがさらっと一言で流す。

 追及の視線を気にする様子もなく、鼻歌交じりに手に持った布を広げ、中にあったアイテムを綺麗に並べ始めた。


 さすが謎多きキャラだ。


「兄がすみません」


 ヒースクリフの代わりに、アンナマリーが頭を下げて謝罪する。


「彼は、いつもこうなのかい?」

「そうですわ、私も兄のことはよくわかりませっ……ん……」


 アンナマリーとステファンが、顔を近づけて小声で話す。

 途中で距離が近いことに気づいたアンナマリーがまた照れて固まった。


 いい雰囲気なので、ここはこっそり見守っていよう。


「お待たせ! ヒースクリフの秘密のアイテムショップが今、開店だよ」


 対面販売のおじさんのように、ヒースクリフが元気に声を張り上げる。


 秘密のアイテムショップって、冷静に考えると単なる非合法アイテム屋だよね。

 ギルドとか組合とかに怒られないのだろうか。


 ゲームではまったく気にしなかったけれど、こうやってリアルで見るとふと疑問に思う。


 まあ、もともとヒースクリフのおかしなところは気にしていたら負けだった。

 きっと意味なんてない、制作者都合の設定だ。


「どうぞ、これからよろしくお願いします!」


 アンナマリーとステファンは、驚いた後に思い切り呆れ、立ち尽くしている。

 一人リサがしゃがんで広げられたアイテムを眺め始めた。


「おぉ、やる気まんまんだね。お兄さんとしても嬉しいぞ」

「ありがとうございます」


 ヒースクリフからポンポンと頭を叩かれて、思わず顔がにやける。


 この頭、一生洗わない……のは、さすがにやめておきます。


「そんな頑張る光のお嬢さん一行に、俺から初回サービスのポーションだ」


 上着のポケットからリボンの小袋を出して、ヒースクリフが差し出してきた。


「ご厚意に甘えさせていただきます」


 もとからあった流れなので、素直に受け取っておく。


「あっ、麗しの我が妹には、甘いクッキーがあるぞ」

「もう……子ども扱いしないでください」


 ツンとしながらも、アンナマリーがヒースクリフから受け取る。


「そうだ、いっそのこと休憩して紅茶を飲まない? 愛しの妹のためなら半額でいいぞ」

「お金取るのですか! というか、魔物スポットでくつろごうとしないでくださいませ!」


 ヒースクリフも携帯用のテーブルと椅子を出そうとして「えっ? どうして?」という顔をしていた。

 さすが兄妹、息ぴったりのボケとつっこみだ。


「もう、お兄様ったら」


 兄からリボンのついた小袋を受け取ったアンナマリーは、怒りながらもどこか嬉しそうだ。


 愛されてるなぁ……その関係が尊いっ!


 二人のやりとりを見て、にやにやが止まらない。


「リサにも、俺にキュンキュンになるチェリーピール入り」

「ついででも、嬉しいです」


 頬を染めながら、お菓子の袋を受け取る。

 もう、とっくにぞっこんですけどね。


「僕には何――――」

「じゃあ、アイテムの説明をさせてもらうよ」


 自分の番だと思ったステファンを、ヒースクリフが華麗にスルーする。

 受け取ろうとした手を、そっとステファンが下げた。


 ちょっと可哀想。

 アンナマリーが幻滅しないといいけれど……まあ大丈夫でしょう。


「お、お願いします」

「うん、ちゃんと聞いて、たくさん買うんだぞ」


 実際のところ、どのアイテムがどんな効果なんて、リサはすべて心得ているのだけれど……。


 ヒースクリフの説明は、彼の見せ場的なものでもあるので、見逃せない。

 というか、何度でも聞きたいです。


「青いのが体力回復薬。リサや王子の使う回復魔法と同じで傷が治る。ただ、瀕死状態や死亡には効かないから気をつけて」


 敷布の上に置かれたアイテムの中から、中が青い瓶を掴んで三人に見せる。


 いわゆるこれが普通のポーションだ。

 ガラス製で、香水瓶を少し大きくしたぐらいの見た目をしている。


 体力回復は、光属性のリサか、ステファンなど水属性の人がいないと使えない魔法なので、わりと重要だ。

 体力回復薬は必須アイテムの一つ。


「それで……この赤いのが魔力回復薬。ただ、全快はしないのと、同じ日に何度も飲むと効果が薄くなっていくから注意してくれ。ちなみに少し高いぞ」


 今度は中が赤い瓶をヒースクリフが持ち上げた。いわゆるエーテル。


 容れ物としている瓶は回復薬と同じだけれど、うっすら赤い色がついている。


 魔力回復薬は、当然魔法で補えない物なので、とても貴重だ。

 お金があるなら、買い占めておきたいぐらい。


 といっても、養女になったばかりのリサが自由に使えるお金はほとんどなかった。

 公爵令嬢と王子ならそんなことはなさそうだけれど……。


「…………」


 二人はヒースクリフの説明を、うさんくさそうな顔で聞いている。


「この二つがポピュラーな探索アイテムだな。他のは気になった時に都度俺に聞いてくれ。こんなアイテムはないかって要望も、待ってるぞ!」


 満面の営業スマイルの後で、ヒースクリフが決め顔をする。

 このスチルを実際に見られるなんて、感激もの。


「さて、質問を受け付けるぞー。おっと、アイテムをどこで仕入れてきたのかって質問は却下だ。野暮な質問には答えないからな」


 張り切って説明するヒースクリフに、アンナマリーとステファンは完全に引いている。


「はい、はい! 質問いいでしょうか?」


 微妙な雰囲気が流れる中で、リサはすっと片手を上に上げた。


「もちろん。リサなら僕へのプライベートな質問も答えてあげようかな。たとえば、スリーサイズとか、お風呂でどこから洗うのかとか」

「お兄様のそんなこと、一体誰が聞きたいと――――」

「本当ですか!?」


 アンナマリーが呆れながら何か言ったのと同時に、思わず反応してしまった。


 囁きながらふっと息を吹きかけられるに違いない。

 それに謎だらけのヒースクリフのプライベートは、それだけリサにとって極上の情報だ。

 とっても惹かれるけれど、たぶん他の二人に引かれるので今は断念しておく。


「えっと……回復薬ってどんな味がするんでしょうか?」


 誘惑を振り払って、ずっと気になっていたことをヒースクリフに尋ねた。

 ちなみに青や赤の液体だなんて、一体何が入っているのかは怖すぎて聞けない。


「さすがリサ、いい質問だ。実際に飲んでみるとわかるが……特別に俺が教えてあげよう」


 そう言うと、まずは青い体力回復薬を人差し指の爪で軽く弾いてキンと鳴らす。


「こっちの青いのがとても苦い草の味がして」


 続いて、赤い魔力回復薬をキンと爪で弾く。


「こっちの赤いのが辛くて、飲むと喉がカーッとする」


 青汁と、激辛ドリンクですか!

 思わず、心の中で激しくつっこむ。


「だったんだけど、さすがに飲みにくかったので、ラムネ味とブラッドオレンジ味に改良したので、子供舌でも安心安全」

「よかった……」


 思わず安堵の声をもらす。


 というか、ヒースクリフはアイテムの味を変えることができるのだろうか。

 魔法は使えないけれど、アイテム調合ではチート能力があるとか?


 ますます、彼の設定の闇が深くなるばかり。

 他の二人は白けるばかり。


「しかし、いくら飲みやすいからって、それを前提とした探索は危険だぞ」

「そうなのですか?」


 リサが首を傾げると、ヒースクリフが急に真面目な顔になる。


「連続で服用すると効果が薄くなるし、在庫にも限りがある」


 ヒースクリフの売るアイテムは、決して無限には出てこない。

 ゲーム内でも在庫数がきっちり管理されていて、経過日数によって順次補充されていく。


 “マジラバ”は乙女ゲームなのに、RPG要素も細かく凝っていた。

 もう少しざっくりなほうが、今は助かるのだけれど。


「また飲む時は無防備になるから、できれば休憩場所で使うことを前提としておくといい。盾役が敵をきちんと引きつければ戦闘中でもいいのだが……アイテムは補助的なものと捉えておいたほうが安全だろう」


 またまた、彼についての疑問がふと浮かぶ。


 魔法を使えない彼がなぜ、そこまで戦闘にまで精通しているのだろうか。

 誰からか教わった? 本などで知識を得た?

 こっそり後をつけて、戦闘を見ている?


 可能性が高いのは後者な気がするけれど、どちらにしろ謎がまた一つ増えた。


「危なくなる前に助けを呼べば、騎士が来ると思うが、倒せない敵に出会ったら、真っ先に逃げるのも勇気だぞ」

「はい! 肝に銘じておきます!」

「いい返事だ」


 力いっぱい返事をすると、リサはまた褒められた。

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