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010_朝のばったり寝癖大作戦

 前世の記憶を取り戻してから、ずっと考えていた。


 ヒロインに転生してしまった、自分は何をしたらいいのか?

 自分はこの“マジラバ”の世界でどうしたのか?


 考えて、考え抜いて、たどり着いた結論は――――アンナマリーとヒースクリフの二人を守ることだった。


 そのためには、今後、悪役令嬢家に降りかかる二つの不幸を回避する必要がある。


 一つ目は、アンナマリーがステファンから婚約破棄されること。

 これをきっかけにして、ヴァルモット公爵家の権威は失墜して、物事は悪い方向に転がり出す。


 二つ目は、ヒースクリフの事業が失敗して多額の負債を負うこと。

 お金がなくなったことで、一気に公爵家は傾き、没落へと向かう。

 最終的には、アンナマリーとヒースクリフは日々の生活にも困るほどに困窮してしまう。

 そんなことは絶対に回避させなくてはいけない。


 しかし、事業失敗については、“マジラバ”博士のリサでも詳しくは知らなかった。

 ゲーム内では、そのことに関してさらっと説明されただけなのだ。


 回避するには、注意深くヒースクリフの動向を探る必要があるのだけれど……。


 ただでさえ行動が謎なうえに、神出鬼没な人なので、厄介だ。

 だから、ひとまずヒースクリフのほうは置いておいて、婚約破棄を回避するように動く。


 悪役令嬢は、婚約者の王子様と幸せになってもらいます!


 仲よすぎて、婚約破棄なんてできないほどにしてあげればいい。

 学園生活が最初から幸せすぎたので、リサは俄然やる気が出てきた。




※※※




 アンナマリーを先頭に、ローズ、デイジーと一緒に校舎に向かう。

 前庭から中庭に入ると、四人は日差しを避けて学園の建物と建物を繋ぐ外廊下を歩いた。


 トントンと四人の足音が響く。

 外廊下は柱と石造りの床と天井があるだけなので、庭を通った風が吹き抜けて気持ちがいい。


「まだ……三十分ぐらい余裕があるわね」


 先頭を歩いていたアンナマリーが歩く速度を落とし、皆に並ぶ。

 彼女は懐中時計を持っていたらしく、手元に視線を落としてから皆に話しかけた。


「教室で予習をするのはどうでしょうか?」

「えー、ギリギリに行こうよ」


 ローズの提案に、デイジーが不満の声を上げる。

 リサもデイジーに賛同しようと思ったけれど、その時、ふと既視感に襲われた。


 辺りをきょろきょろと見渡す。

 そして、少し先にある曲がり角で視線を止めた。


「止まって」


 アンナマリーたちの前に出ると、片手を広げて皆を静止させる。


 この角を私が先頭で曲がったら、王子様と、ばったりぶつかる気がする。

 いや、きっとぶつかる。


 中庭でのセオに続く、出会いイベントに間違いない。


「どうしたのです?」


 不思議そうな顔でアンナマリーが尋ねてくる。


「ピンチでチャンスかなって思って――――」


 緊張気味にリサは呟いた。


 さっきのセオといい、出会いイベントスチルのシチュそっくりだ。

 物語やタイミングは違うのに、必ず起きる。

 きっと回避しても、何度でも、出会おうとさせるはず。


 さすがヒロイン、優遇されすぎ。


 そういえば、前世でのことを思い出す。

 弟の竜太と、“マジラバ”のヒロインについて馬鹿げた会話をしたことがあった。

 リサは、ヒロインについて言いたい放題だったのだ。


『これ、絶対に常時発動の変なスキルとか使ってるよねー? 偶然会いまくるし、好かれすぎ。ヒロインは、笑っただけでチャームとかしてそう』


『ヒロインだけの特殊なパッシブスキルとかかもなー』


 竜太は、リサの思い込みに呆れながらも、つきあって意見してくれたっけ。


『パッシブとアクティブの違いとか、よくわかんないけど、“ヒロインズスキル”ってことにしておこう』


 こうして“マジラバ”のヒロインに転生してみると……ある!

 と、思う!! リサ的に。出会い体質だし、優遇されているし。

 きっと目に見えない“ヒロインズスキル”があるに違いない。


 だったら、逆にそれを利用してあげる!

 これこそリサにしかできないことだ。


「アンナマリー、対策を練りましょう。ステファン王子と仲よくなるのは、あなたです」


 くるりと振り返ると、アンナマリーへ自信たっぷり告げた。

 リサがステファンと出会おうとするなら、それをアンナマリーとの恋愛イベントにすり替えてしまえばいい。


「えっ? ステファンがなんですの? 詳しくお聞かせください」


 婚約者の名前を聞いて、アンナマリーが真剣な顔をする。


「こっちへ」


 手のひらを立てて、次に左へ折る。

 三人を外廊下から中庭へと誘導して、見つからないように身を低くした。

 実際のところまだステファンは来ていないわけで、隠れる必要はないのだけれど、こういったことは形から入るもの。


 おそらくは、リサが角に近づくとステファンが引き寄せられることになっているのだろう。

 焦らずゆっくりと打ち合わせをする時間はある。

 もちろん、始業時間までという制限はあるけれど。


「私の言うことをよく聞いて。これからステファンがあの角を曲がったところに現れます」

「本当に? どうしてそんなことがわかるの?」


 アンナマリーが半信半疑らしく首を傾げる。


 どう誤魔化そう……。

 予想外のつっこみに戸惑う。


「それは……えっと……特殊な光魔法ってことで」

「光魔法って、未来まで視ることができるのね」

「なんでもってわけではないのだけど……まあそんなところ」


 正確には魔法でなくてスキルだと思うけれど、この際、細かいことは置いておく。

 真剣に頷くとリサは続けた。


「私がぶつかることになっているけれど、それをアンナマリーと寸前で交代して、ステファンと仲よくなってもらいます!」


 ――――名付けて、ヒロインズスキル、“角を曲がってぶつかったら王子様<ドントタッチミープリンス>”大作戦!


 リサ的には「王子様だからってそこらじゅうでぶつからないでよね」って意味なのだけれど。


 アンナマリー的には、ドンッ! ってして、タッチ! して、プリンス!

 なーんて意味。


「そんなことで上手くいくのかしら?」

「大丈夫! 私があなたとステファン王子のラブ・プロデュースをします。絶対に、二人が幸せになるようにするから信じて」

「わかりました、リサを信じますわ」


 強気で語ると、アンナマリーもまんざらでもないようだった。

 ステファンともっと仲よくなりたいと考えていたのだろう。


「ローズもデイジーも協力してくれる?」

「わたしにできることでしたら、もちろん」

「うんうん、予習より面白そうー」


 ローズもデイジーも快諾してくれる。

 この作戦には二人の協力も不可欠だ。


「じゃあそれぞれの役目を説明するから、もっと近くに来て」


 中庭の茂みの影で四人が身を寄せ合うと、細かい作戦を伝えた。


「――――手順は以上よ。アンナマリー、言ってみて」

「うぅ……遅刻遅刻……って、これなんですの? わたくしは遅刻なんてしたこと――――」


 リサが指示すると、困り顔でアンナマリーがセリフを口にする。


「細かいところは、念のために合わせないとダメです。おかしいって思わせたら負け! 気づかせなければ勝ち!」

「……ええ。チコク、ちこく……遅刻……」


 強めに押すと、諦めたのかアンナマリーの目から生気が消えて、ぶつぶつと繰り返した。

 さすが悪役令嬢、自分の目的のためなら心も消せる。


「ローズは風魔法の準備オッケー?」


 アンナマリーはこれで大丈夫(?)そうなので、次はローズの動きを確認する。


「いつでもいけます」


 手をかざして魔法の構えをしたローズが、緊張した面持ちで頷く。


「デイジーは周りを見ておいてね」

「まかせて、邪魔が入りそうなら教えてあげる」


 回廊の柱に背中をつけて周りを窺うデイジーが、得意げに頷く。


「ほ、ほんとうにこれでステファンと仲よくなれるのですよね?」

「アンナマリー、セリフが違います」

「うぅ……遅刻遅刻……ちこく」


 ふと正気に戻って不安げに聞いてきたアンナマリーを、リサはぴしゃりと叱ると、元のすべてを投げ捨てた口調に戻った。


「じゃあ始めるよ。みんなお願いしまーす!」


 全員と順番に目を合わせると、リサは外廊下に戻ろうとして……くるっと引き返した。


「あっ、忘れてた。失礼して」

「なっ!」


 アンナマリーの片方の巻き毛を手で乱す。


 乱れても、さすがそこは性格と運以外は完璧な悪役令嬢……普通に可愛い。

 一人納得すると、リサは外廊下へと飛び出した。


「あーっ! 遅刻遅刻ーっ!」


 例の既視感のあった角目掛けて元気に走り出す。


 ――――きたっ!


 ちらりとステファンの顔が見えた瞬間、キュルルッと足を止める。


「今よっ」


 手を振ってローズへ合図をした。


「交代の風<リプレイス>!」


 ローズが魔法を唱えた途端、中庭にいたアンナマリーと外廊下にいたリサがそれぞれ風の渦に包まれた。

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