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001_念願の悪役令嬢

「えいっ」


 突然、少し気合の入った声が後方からして、ドンッと背中を突き飛ばされた。

 半回転しながら仰向けで、噴水へと倒れ込む。

 なぜか、時間の流れがゆっくりになって、噴水の外枠が硬い石組みだったと頭をよぎったけれど、時すでに遅く――――。


 ガツン!


「痛ったー」


 派手に頭を打った。

 それこそ、脳が揺さぶられるぐらいに激しく。

 普通ならばすぐ激しい痛みが襲ってくるはずなのに……。


 ぶつかった瞬間、頭に走ったのは、いや、流れ込んできたのは、十七年間の記憶と知識だった。


 ――――えっ……私!?


 それは、春木響子<はるききょうこ>として生きた前世での記憶だ。

 突き飛ばされて、頭を打ったショックで、すべてを思い出した。

 どうやら、いわゆる転生をしてしまったらしい。


 頭がくらくらする。

 そんなの当然だ。

 硬い噴水の外枠、あの恋人同士がおもむろに座ってイチャイチャを始める場所に、運悪く頭をゴツンしたわけで、そうそう無事でいられるわけがない。


 大丈夫かなぁ。


 おそるおそる頭に手を持っていく。

 手にぬめりと温かい感触があったら、どうしたものかと思ったけれど、その様子はなかった。


 前世の記憶が蘇ったけれど、頭がパックリ割れて、即死亡、転生意味なし!

 なんてことならずに済んだみたい。


「いたた……」


 おでこが腫れてイタタ程度で助かったらしい。

 二度目の人生は、わりと身体は丈夫で、石頭なのかもしれない。


 ひとまず、立ち上がらないと。


 自分が地面に倒れこんだまま、無事を確かめていたことに気づいて、ゆっくり身体を起こす。

 身体を動かすと頭痛がするけれど、その原因が噴水にぶつかったことによるものか、前世の記憶を思い出したものによるものかはわからないので、我慢する。

 服についた汚れを手ではたいて、顔を上げた。


「ここって……」


 痛みでうっすらとだけ開けた目に飛び込んできたのは、立派な建物だった。


 いわゆる西洋風の大きなお屋敷で、屋根は水色に塗られ、壁は綺麗なクリーム色、先端がツンツンとした痛そうな塔が、一、二、三本見える。

 複雑な作りをしていて、壁がでっぱったり、へこんだり、上へと尖ったり。

 正面玄関らしき入り口の上には、立派な紋章が掲げられている。


 なんだかその景色に見覚えがあるのだけれど、思い出せない。

 転生した自分が住んでいた屋敷なのだろうか。

 そう考えて首を傾げた瞬間、思い出した。


 住人の性格を表すかのような、攻めの構造、ツンツンな尖塔。


 ――――悪役令嬢、アンナマリー・ヴァルモットが住むヴァルモット公爵の屋敷!


 思わず、歓喜で声を上げそうになる。

 見間違うことなどない。

 自分がすぐ気づかなかったことが逆に不思議でしかたない。


 ここは前世でプレイしていた乙女ゲーム――――。

 “マジック・アンド・ラバー ~恋と魔法と冒険と~”の世界。


 しかも大好きだったキャラクター、アンナマリーが住む屋敷の庭だ。


 ――――ああ、念願の、この世界へ転生できたんだ。


 大好きなゲームの、大好きな世界観の中で、大好きなキャラクターとして生きる。

 ずっと焦がれてきた夢だったので、頭の痛みも忘れ、喜びに震えた。


「ちょ、ちょっと……あなた……」


 いきなり声がしたほうを振り返る。

 すると、そこには眩い美貌の女性が立っていた。


 艶やかな長い波打つ赤みの強い茶色の髪がくるりとしながら肩に落ちる。

 高い位置でハーフアップにした、見た者を威圧するかのような豪華な髪型に、どこにいても見つけることができる派手な色のドレス。

 そして……さあ、かかっていらっしゃいと言わんばかりの高貴な笑みを浮かべていた。


 ザッと緑の香りがする風が、ヴァルモット公爵家の庭を吹き抜けると、アンナマリーの深紅のドレスがふわりと揺れる。


「……んっ? あれ?」


 フリーズした。

 そのキャラクターの容姿が悪役令嬢アンナマリーにそっくりだったからだ。

 彼女に妹や姉がいるという設定はない。


 もしかして、前世の記憶を取り戻したから、人格が別れてしまって、今から融合的なやつかな?

 どうしよう!? これはこれで突発イベントとして、イイ!

 定番だと抱きしめながら「あなたも私だよ」って別人格を肯定するパターンかな。


 とりあえず、手を伸ばしてみる。


「あーら、ごめんなさい。気づきませんでしたわ」


 彼女は、頬をぴくりと動かせて小声で「大丈夫じゃない、びっくりさせないでよ」と呟いたのち、口元に笑みを浮かべながらそう告げた。

 頭をぶつけて、ヘラヘラしているのを見て、心配してくれたのだろう。

 なんて心が広く、そしてブレないのだ。さすがゲームに欠かせない重要キャラ。


 意地悪な口調、ちょっと高い声は、耳に気持ちよく、ずっと聞いていたいぐらい。

 忘れないように、心に焼き付けよう、この一度しかない貴重な時を。

 一つになってしまったら、きっとこうやって、向かい合って聞くことはできないのだから。


 もっと近づきたくて、指先をピンとすると、温かい薔薇色の頬に触れた。


「なっ、なんですの?」


 今から、融合する者です。ファンでした、よろしくね。

 さすがに声に出すのは躊躇われて、心の中で優しく語り掛ける。


 ああ、神様ありがとう……大好きな乙女ゲームの、なりたかった悪役令嬢に、転生させてくれて。


 むにっ!


 感極まって、彼女の頬を軽くつまんでしまった。

 うん、やっぱり、柔らかくて、すべすべ。

 感動しながら、むにむにとしていると、彼女の目が吊り上がった。


「ちょっと、リサ・コルテリーアさん。失礼ではありませんこと! もしかして報復のおつもり? わたくしが押したという証拠があってのことかしら?」

「えっ?」


 いっ……今、なんと言いましたか?


 リサ・コルテリーア。

 それは、“マジック・アンド・ラバー ~恋と魔法と冒険と~”のヒロインの名前だ。


「リサ? その……誰がです?」


 振り返るも、自分の後ろには誰もいない。


「何をおっしゃって? わたくしを馬鹿にしているの?」


 彼女の深い海みたいな濃青色の目が、至近距離から痛いほどこちらを射貫く。

 思わずうっとりとしたくなるけれど、今はそんなことをしている場合ではない。

 前世で何周もした“マジラバ”の記憶を必死にたぐり寄せる。


 たしか……あった! 噴水広場で、悪役令嬢アンナマリーがヒロインのリサをわざと突き飛ばす、強制イベント!


 ――――今、この場の状況が、まさにそれ!?


「私が、ヒロインのリサ……嘘……?」


 自分で自分を突き飛ばしたりはできないわけで、自分がどちらなのかは明白だ。


「ちょ、ちょっと待ってね」

「な、なんです?」


 戸惑うアンナマリーから離れると、慌てて噴水へと走る。

 ガバッと上半身を乗り出し、中を覗き込んだ。


 ヴァルモット公爵家の噴水は時間式で、今はただの穏やかな水面になっている。

 だから、自分の姿がはっきりと映り込んでいた。


「あっ……」


 さらさらした桃金色に輝くストロベリーブロンドに金のバレッタ、大きな琥珀色の瞳。

 驚いた顔をして水の中から見つめ返してくる顔は、どこからどう見ても――――。


 リサ・コルテリーアだった。


 王立魔法学園の制服姿で、リボンタイの結び方も、ヒロインだ。


「どうしてーっ! 神様、間違ってます。こっちじゃなーい!」


 叫び声だけが虚しく辺りに響いた。

 それも甲高くて高圧的な特徴のある声ではなく……間違いない。


 自分はアンナマリーではない。


 激しく動揺する。

 どうしてこうなったのか。

 なぜ、自分が悪役令嬢のアンナマリーではなく、愛されヒロインのリサなのだろう。

 意味がわからない。


 あれだけ熱望していた“マジラバ”の世界に転生できたというのに。

 なぜヒロインに、なのだろう?


「お、落ち着いて。何かの勘違いかも知れないし」


 そうだ! 転生後の記憶を……。

 オロオロとしながら、手をぎゅっと握って、今までこの世界で生きてきた過去を必死に思い出す。


「えっと……」


 養護院での生活、続いて、魔物を撃退する自分、そして貴族の養女に……。


 たぐり寄せた記憶は、やはり生粋の貴族令嬢であるアンナマリーとはかけ離れた記憶だった。

 しかも、ゲームでは語られなかった、細かい生い立ちや日常までしっかりある。

 つまり、リサについて前世で知らないことまで記憶しているわけで、ヒロイン確定。


 ――――悪役令嬢転生、されてない!


 前世では、あんなにアンナマリーに憧れていたのに、好きだったのに。


 今度は前世の記憶が走馬燈のように蘇ってきた。


 それは転生する前の出来事。


 十七歳という若さで亡くなるまでの――――。


 春木響子としての記憶。


新作の投稿を始めました!

しばらくは更新頻度を高めに投稿するつもりなので、

毎日でも週一でまとめてでも、ご都合の良いタイミングで、

よろしければ読んでください。


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[気になる点] ヒロインとか悪役令嬢とかの役の割り振りはノーマルとしても「勝ちヒロイン・負けヒロイン」って男主人公が複数の女からモテまくることを前提にした男性向け用語ですよね たかが男(しかも往々にし…
[一言] 悪役令嬢になりたかった!っていうバージョンは初めてです! 続き楽しみにしています(*^・^*)
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