その4
とつぜんのことで、びっくりしてうしろをふりむいた。めがねをかけた、くせっ毛の女の子が、まわりの子たちにあやまっている。
「あっ、あの子、神社の」
思わず声を上げてしまった。神社で見たあの女の子だった。
「しゅーくん、ちゃんと自己紹介聞いてたの? クラスメイトの名前は、しっかり覚えておかないと。神谷あゆみちゃんでしょ」
「れいながうろちょろするから、気になって聞けなかったんだよ! って、そうじゃない、あの子、同じクラスだったんだ」
どうやらお茶の入ったコップを落としてしまったようだ。あゆみはほかの子たちに、必死にあやまっている。
「ご、ごめんなさい」
「ちょっとバカ、あんたなにしてんのよ。あーあ、床がお茶でびしょびしょじゃん。さっさとぞうきん持ってきて、ふきなさいよ!」
まわりで見ていた女子たちの、とんがった声が聞こえてくる。あゆみは半泣きになりながらも、頭をぺこぺこ、急いでぞうきんを取りにいった。
「ひどい、あんなこといわなくてもいいのに」
れいなの顔がこわばる。ぼくはそっと、れいなの手をにぎった。
「あの子、もしかしたらいじめられてるのかなあ……」
「もしかしたらそうかもだな。別の小学校の子だから、あんまりわからないけど」
ぞうきんを片手に走ってきたあゆみを、さっきの女子たちが冷たい視線で見つめている。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
もうほとんど半泣きだ。けれどもみんな見て見ぬふりをしている。
「しゅーくん、あの子」
「れいな、ダメだよ、かかわりあいにならないのが一番だ。ただでさえれいなはトラブルメーカーなのに、ここで目立ったらあとあと大変だよ。それに、れいなだっていってただろう、あの子のこと、怖いって。だから、かかわらないようにしないと」
ホントのこというと、ぼくもあの子が怖かったんだ。れいなのことが見えるかもしれなくて、しかもおばけ神社の女の子だなんて。だからちょっぴりかわいそうだったけど、なるべく関わらないようにって思ってたんだけど……。
「しゅーくん……!」
ハッとれいなの顔を見あげて、サーッと血の気がひくのがわかった。れいなはくちびるをきゅっとかみしめ、目にぱちぱちと炎をおどらせていたのだ。これはまずい、絶対まずい!
「ちょ、ちょっと待てって、れいな、おい、なにする気だ?」
無言のまま、れいなはひゅっと天井にうかんだ。そして、止めるまもなく……。
「きゃっ……!」
あゆみをとりかこみ、文句をいっていた女子の一人が、がくんっとその場にすわりこんだ。
「ど、どうしたの、香子?」
なにが起こったのかわからず、あっけにとられた女子たちに、れいなが次々とふれていく。さわられた子たちは、次々にすわりこんでいった。
「そ……そんな……」
あゆみの、しぼりだすようなつぶやきが、しんとした教室にひびいた。じょじょに、まわりのクラスメートも騒ぎに気づいたみたいだ。すこしずつざわめきが広がっていく。そして、すわりこんでいた女子の一人が、あゆみの顔をにらみつけ、狂ったようにどなりつけた。
「……あゆみの……あゆみのせいよ! この、おばけ巫女!」
あゆみは、がたがたと身をふるわせながら、ぼうぜんとその場に立ちつくしている。
「なんだ、いったい……?」
「わからない、でも、いきなりあの子たちががっくりすわりこんで」
「おばけ巫女とかいってたぜ、あいつのこと」
「じゃあこれって……のろい?」
クラス中が、一気に蜂の巣をつついたような騒ぎにつつまれた。悲鳴を上げて泣き出すやつまでいる。早くなんとかしないと……。
「お、おい、れいな、もうやめろって……」
いじめっ子たちにふれたあと、再び天井にうき上がったれいなに、下りてくるように合図しようとして……。
「……えっ?」
いつもはふわふわゆらゆら、ちょうちょみたいにうかんでいるれいなが、なぜかピタリとかたまったままだ。急いでれいなの視線の先を追った。
「えっ、いったいどうなって……?」
れいなの視線の先には、いじめられていたあゆみが、いつのまにかめがねを外して立っていたのだ。赤茶色のひとみで、れいなをにらみつけるように見つめている。
「れいな……」
ぼくのつぶやきも、クラスメイトの騒ぎ声にかき消されてしまった。ゴロゴロと、遠くでかみなりの鳴る音が聞こえてくる。ぼくはぎゅっとこぶしをにぎったまま、じっと二人を見つめていた。
「あの……修治、くん……」
うわばきをはきかえようとしたとき、うしろから声をかけられた。
「しゅーくん、ダメよ!」
れいなのするどい声が飛んできたけど、ぼくはかまわずうしろをふりむいた。そこには、めがねの女の子、あゆみが立っていた。夕日が当たっているからだろうか、少しほおが赤くなっている気がする。
「えーっと、神谷……さん?」
あゆみはそっと顔を上げて、ゆっくりうなずいた。でも、すぐに顔をそむけて、それっきりなにも話さない。長い沈黙の間に、ポツポツという雨の音が、げた箱の空気をよりいっそう重くしている。
「……あのね、その……」
ようやくあゆみが口を開いた。でも、そのあとの言葉はつづかない。だんだんと胸がざわついてくる。いったいなにをいおうとしているのだろう。
「……あのね、わたし……よく、小学校で、変な子だって思われてたの。ううん、きっと変な子なんだと思う。だって、わたし……」
「んもうっ! なにかいいたいことあるなら、早くいえばいいのに。いらいらするんだから!」
急にれいなが大声を出すもんだから、ぼくは思わずビクッと身をかたくした。けれどもそれは、あゆみも同じだった。れいなにおびえるように、目をそらすあゆみ。でも、れいなの声は、ぼく以外には聞こえないはず。どうして……?
「な、なによ、どうせあたしのこと見えてないくせに、そんな『見えてます』みたいなふりしないでよ!」
「ううん、わたし、あなたのこと見えるの。今ははしっこだけしか見えないけど、こうしたら……」
あゆみがそっと、めがねを外した。赤茶色のひとみが、確かにれいなを見つめている。れいながぶるっとみぶるいをした。反射的にれいなの手をにぎろうとして、ぼくはあわてて手をひっこめた。
「……わたしね、本当は目、いいんだ。だからめがねもいらないんだけど、これをかけていると、見たくないものは見えなくなるから……」
あゆみの視線を受け、れいなはじりじりとあとずさりをしながら、少しうわずった声でいった。
「だ、だからなによ! 見えるくらいで、いい気にならないでよね!」
あゆみはゆっくりと、手のひらをれいなに向けた。そして、くずれてしまいそうな砂糖菓子をにぎるように、そろそろと手を閉じていく。
「う、ああっ!」
「れ、れいな!」
れいなが苦痛に満ちた悲鳴を上げた。自分自身を抱きしめるように胸を押さえ、ぎゅうっと強く目をつぶっている。はじかれたようにかけよる。しかし……。
「さわらないでください! わたしの術で彼女をしばりました。もしふれたら、山岡くんも、大変なことになっちゃいますから」
あゆみがものすごい剣幕でどなったのだ。それだけで一歩も動けず、ぼくはその場に立ち止まってしまった。
「……術? いったい、なにをいってるんだ?」
あゆみは少しとまどったように、口をつぐんでいたが、すうっと大きく息をすうと、一気にまくしたてた。
「わたし、巫女なんです。家が、神社だから、そういう力を持っているらしいです。……本当は、こんな力使いたくないんですけど……」
そこで言葉を切り、あゆみは再びうつむいた。れいなの苦しそうなうめき声が聞こえてくる。からだから、光がもれてうすくなっている。今にも消えてしまいそうなれいなに目を向けると、あゆみが言葉をつづけた。
「……山岡くん、この子と……れいなさんと、お友達だったんですか?」
「そうだよ、ぼくとれいなは幼なじみなんだ、だから、こんなことやめろよ! れいなが、苦しんでるだろ!」
「ダメです! ゆうれいはこの世にいたらダメなんですよ、どんなに親しい人でも、ずっと一緒にいるなんて……そんなの危険すぎます」
ぼくはぎりぎりと、歯ぎしりしながらあゆみをにらみつけた。あゆみの顔が、一瞬泣きそうにゆがむ。だが、すぐにぼくをにらみかえし、声をふるわせながらいった。
「山岡くんは、大変じゃないんですか? れいなさんと一緒に過ごすってことは、ずっと気持ちをすいとられつづけるんですよ。楽しい気持ちやうれしい気持ちを、ずっと奪われるんですよ。そんなの、悲しすぎですよ。それに、あとでどれほど後悔するか……」
赤茶色のひとみで、まっすぐにぼくを見すえ、あゆみは話しはじめた。
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