その3
「入学式のときにも思ったけど、中学校って、やっぱりなんだか『オトナ』な感じがするよね」
入学式が終わって三日が経っていた。まだまだ目新しいことばかりだけれど、ぼくはそれどころではなかった。
「はぁ、通学路がこんなに長く感じるなんて……」
その元凶ははっきりしている。ツバメの巣のヒナを見にいったり、ふわふわしているちょうちょについていったり、れいなは本当に落ち着きがなかった。
「れいな、何度もいうけど、ぼくから勝手に離れたらダメだからな。れいなから目を離すと、すぐ何かしらトラブルを起こすんだから。昨日も、たばこのポイ捨てしてるおじさんに、いきなり注意しだして、すいがら拾ったりして……。ほかの人には、すいがらだけがういてるように見えるんだから、ホントに注意してくれよ」
首もとのカラーから指を離し、れいなに小言をいった。れいながパチッとウインクしてくる。
「もっちろん! あたしももう、中学生なんだし、そこらへんはちゃんとしてるよ」
胸をはって宣言しているけれど、ぼくにはちっとも信用ならなかった。その証拠に、れいなのキラキラした目は、すでにあさっての方向を見ている。
「みゃー」
「あっ! ねこちゃんだ! あれは……いつもひなたぼっこしてるミケだ。待ってー」
「おいっ! ちょっと待て、ぜんぜんわかってないじゃないか!」
思わず大声を出してしまって、ぼくはあわてて口をふさいだ。危ない危ない、まわりにだれもいないことを確かめる。
「もうっ、しゅーくんが大声出すから、ミケ、逃げちゃったじゃん」
れいなが口をとがらし、ねこの鳴きまねをする。
「にゃー、みゃー、ミケー、ミケ、どこー?」
「ちょ、ちょっと待てってば」
通学路を外れて、ねこを追いかけるれいな。また追いかけっこのはじまりだ。
「もう、これじゃ遅刻しちゃうよ。あれ?」
れいながピタッと止まっている。どうしたんだろう。ぼくはれいなの視線の先を追いかけた。
「だれだろう?」
神社の前で、制服を着た女の子が、ねこをかかえてなでている。れいなの顔がぱあっと明るくなった。
「あれって吉岡中のセーラー服でしょ。もしかしたら同級生かもだよ」
れいながふわふわっと近づいていく。ぼくはとっさに、れいなの手をつかんだ。
「だからだめだって、ほかの人にはれいなは見えないんだ。だから、よけいなことしたら」
制服を着た女の子が、こっちをみておじぎした。しまった、見られちゃった。れいなが見えないあの女の子からは、きっとぼくは、一人で変な動きをしているやつにしか見えないだろう。恥ずかしくなって、ぼくはうつむく。
「あっ、あれ? 逃げちゃった、あの子……。どうしたのかな?」
れいなにいわれて、ぼくも急いで顔を上げた。確かに女の子が、走って神社のほうへ逃げこむのが見えた。よっぽどあわててたんだろう、とちゅうで転びそうになっている。ねこがそのあとを追っていった。
「というかあの子、ここの神社の子だったんだ」
改めて神社を見あげる。イチョウの木にかこまれ、うっそうとした神社は、なんだか古めかしくて、重苦しい気持ちになる。でも、この神社って確か……。
「もしかしてしゅーくんも気づいた? ここってほら、小学校でうわさになった、おばけ神社じゃないかな?」
ぼくはあいまいにうなずいた。心霊写真が撮れるっていううわさが広まって、男子たちが夜中にこっそりしのびこんでたって神社だ。こんなところにあったなんて、知らなかった。
「おばけかあ……。れいなを見てから、ぼくもちょっとそういうの、信じられるようになったかも」
「でも、あたしおばけより、あの子のほうが怖かったかも」
「えっ?」
ふりかえってれいなを見る。れいながぎゅっとぼくの手をにぎってきた。
「なんだか一瞬、あたしのこと見たような気がしたの。それで、神社に逃げちゃったから、ちょっと気になって」
ひゅうっと冷たい風が、ほおをなでた。がさがさがさと、イチョウの木がざわめく。
「い、行こう。遅刻しちゃうよ」
れいなの手をぐいっとひっぱり、ぼくは逃げるように学校へむかった。だから気がつかなかったんだ。うしろでさっきの女の子が、じっとこちらを見つめていることに。
学校についてからも、ぼくはハラハラしっぱなしだった。れいながほかの人にさわって、気持ちをすいとってしまったりしたら……。しっかり見張っていようとしていても、れいなはいきなり学校探検に行こうとするし、本当にさんざんだった。
「やっぱり中学校は、小学校とはぜんぜんちがうね」
ひととおり中学校の中を見回り、教室に帰ると、れいながのびをしながらつぶやいた。
「まあな。グラウンドだってかなり広いし、ピッチングマシーンとかまであるんだ。うちの野球部はかなり強いし、楽しみだな」
「そっか、しゅーくんクラブチームで、ピッチャーやってたもんね。しゅーくんならきっと、すぐにレギュラーになれるよ」
「だといいけどな。中学校は、けっこう上下関係も厳しいらしいからな」
「そうなんだ。中学校って、大変そうだね」
れいながしみじみといった。ぼくはわざとらしくためいきをついた。
「そうそう。だかられいなも、ぼくをこれ以上大変にしないように……」
ぼくはハッとうしろをふりかえった。なんだろう、誰かに呼ばれたような、そんな気がしたんだけど。
「どしたの? しゅーくん」
「あ、ああ……なんでもないよ。れいな、もうちょっとひそひそ声で話そう。もしかしたら、誰かに聞かれてたかもしれないし」
ぼくは声をひそめて、れいなにいった。けげんそうな顔をするれいな。けれどもすぐに、うなずいた。
お昼休みのチャイムが教室になりひびく。小学校までは給食だったので、お昼はなんだか不思議な気持ちになる。
「あっ、そっか、中学校からはお弁当になるんだったね。いいなあ、しゅーくん、おいしそう……」
「れいな、くれぐれもいっておくけど、気持ちをすいとるときは、ちゃんと前もってぼくにいってくれよ。そうしないと……っ!」
タッチの差でおそかったようだ。弁当箱につっぷしそうになるのを必死でこらえて、ぼくはれいなをにらみつけた。れいなは太陽の光をあびて、「うーんっ」と気持ち良さそうにのびをしている。さっきよりもからだがこくなっている。
「れいな……何度もいうけど、いきなり気持ちをすうのは……」
「だって、しゅーくんのお弁当見てたら、あたしもおなかすいてきちゃったんだもん。でも、いいなあ……。あたしもみんなと同じように、ごはん食べられたらいいのに」
そっと顔をそむけるれいなを見て、ぼくはなにもいえなくなってしまった。怒っていた気持ちはどこかへいってしまい、かわりに言葉を探していく。そして、れいなをはげますように、小声でたずねた。
「そういえば、れいなは気持ちをすうとき、味とかって感じないのか?ほら、うれしい気持ちは甘かったりとか」
とたんにれいなの顔がぱあっと晴れて、とびっきりの笑顔に変わった。
「えーっとねえ、どきどきしてるときの気持ちが、イチゴミルクでしょ。わくわくしてるときの気持ちが、バーベキューでしょ。それにルンルンしてるときの気持ちがエビフライで、それからそれから……」
ぷかぷかと天井にうかんでいくれいな。うれしいときの証拠だ。でも、このままじゃさすがにまずい。
「わ、わかったから、わかったから、だからほら、降りてこいって」
「えー、まだあったのに……」
しゅんとほおをしぼませて、れいながぼくのとなりに降りてきた。
「まあまあ、そういうなって。でも、本当においしそうだな。あーあ、ぼくも一度くらいはゆうれいになってみたいもんだな」
そのとき、いきなりガタンッと大きな音がした。
その4は本日1/16の21時台に投稿する予定です。




