その2
「……くん、しゅーくん! だ、大丈夫?」
れいなにゆさぶられて、ぼくはゆっくりと頭を起こした。気絶していたのだろうか、れいながぼくの顔を見おろしている。
「れ、れいな……」
「よかった! しゅーくん、気がついたんだね!」
涙ぐむれいなを見ながら、ぼくはハッと顔を上げた。そこにいたれいなは、さっきとちがって……。
「あれ、さっきまですけていたのに……?」
「うん、あたしはもう大丈夫なの。ありがと、しゅーくん!」
「ありがとうって、えっ?」
いったいなにがどうなっているんだろう? ぼくは目をぱちぱちさせた。れいなはぼくのほおをつついて、歌うようにいった。
「えへへ、うれしいな。やっぱりしゅーくんはあたしのヒーローだね。あたしのこと助けてくれたんでしょ」
「いや、べつにぼくはなにも……」
首をかしげるぼくに、れいなはまばゆい笑顔でつづけた。
「だって、しゅーくんがねこちゃんのこと教えてくれたから、あたし助かったんだよ」
「だから、いったいどういう」
「あたしね、死んじゃったときにおじいさんから教えてもらったんだ。ゆうれいになったら、やさしい気持ちとか、うれしい気持ちとか、そういうあったかい気持ちがごはんになるからねって。それがないと、さびしくなって消えてしまうんだって、いってたよ」
ふわふわと空中にうき上がりながら、れいなが身ぶり手ぶりで説明した。でも、なんのことかさっぱりわからなかった。やっぱりこれって、夢なんじゃ……。
「しゅーくん、信じてないんでしょ?」
れいながむーっとほおをふくらませて、ぼくの顔をのぞきこんだ。
「だって、いきなりそんなこといわれても、なにがなんだか……」
「だからね、あのとき車にぶつかって、ドンってなったでしょ。それで、あたしふわふわって、ほら、流れるプールに流されちゃうみたいになって。ああ、これが死んじゃうってことなんだって、そう思ってたら、ながーいおひげのおじいさんが出てきたの。で、おじいさんが、中学生になる前に死んじゃってかわいそうだから、ゆうれいにならないかっていったんだ。だからあたし、ゆうれいになったの。だってあたしも、まだまだいっぱいしゅーくんと遊びたかったんだもん!」
いい終わらないうちに、れいながぼくに急降下して、思いっきり抱きついてきた。本当にれいながすることはなにからなにまで全部予想できない。けれど、ピッカピカの笑顔を見れば、信じられない気持ちもすぐに消えていった。ただ……。
「うっ! く、苦しい……」
「ちょ、ちょっとしゅーくん? どうしたの?」
れいなの声も、耳に入らなかった。息ができなくなり、重くて冷たいかたまりが、無理やりのどに流れこんでくる。目の前が真っ暗になりそうだ。
「しゅーくん? しゅーくん!」
れいなにがくがくとゆさぶられて、ぼくは顔をゆがめた。あぶら汗が目に入ってしみる。
「しゅーくん! ああ、もう、どうしたら……」
「手を……手を、離してくれ……」
それだけいうと、ぼくはぐったりと床にくずれおちた。れいなが手を離してくれたので、なんとか意識を失わずにすんだ。
「しゅーくん!」
「ま、待て、もうさわるな!」
れいながまた抱きつこうとするので、ぼくはあわててあとずさった。まだ息が苦しいけれど、なんとか起きあがる。
「い、今わかった、気持ちがごはんって、意味が……」
「なになに、どういうことなの?」
こくびをかしげながら、れいなが上目づかいにこっちを見る。ベッドにどうにかこしかけ、何度も深呼吸する。ようやく息が整ってきたので、ぼくはれいなをしっかりと見ながら、言葉をつづけた。
「気持ちがごはんってことは、うれしい気持ちとか楽しい気持ちとか、そういう気持ちをすいとって、それをエネルギーにするってことだよ」
「ああ、それでごはんっていったんだね」
れいながポンッと手をたたいた。お気楽すぎるそのしぐさに、ぼくはがっくりと肩を落とした。
「れいな、お前ちゃんとわかってるのかよ? すいとるってことは、つまり、うれしい気持ちとか楽しい気持ちとか、そういう気持ちを奪うってことだぞ。さっきだって、ぼくにふれただけで、あんなに大変なことに……」
それ以上はなにもいえなかった。れいながくりくりとしたひとみに、いっぱいなみだをためて、こっちをじっと見ていたのだ。ああ、まずい、このままじゃ……。
「……あたし、めいわくかな……。しゅーくん、あたしのこと、きらいになったの?」
「そ、そうじゃないよ。れいなにまた会えて、ぼくがどんなにうれしいか……。ただ、気持ちをすいとるのなら、ほかの人にさわったりしたらまずいって、そういいたかっただけだよ。れいながうっかりほかの人にさわっちゃったら、その人もぼくと同じように、ぐったりしちゃうだろ」
れいなの顔が、はじめておびえたようにゆがんだ。本当にくるくると表情が変わる。ほほえましくなるのを必死でこらえ、ぼくはわざとらしくうでをくんだ。
「だかられいなは、うかつにほかの人にふれたらだめだよ。そうでなくてもゆうれいなんて、みんなに知られたら大変なんだから……」
さとすようにれいなにいった。れいなはむーっとほおをふくらませていたが、しぶしぶうなずく。
「それから、ぼくから気持ちをすうときも、いきなりはやめろよ。急にされると、ホントびっくりするからな」
「はーい」
気のない返事に、ぼくははあっとためいきをついた。と、とつぜんれいなが顔を上げ、ぐいぐいとせまってきた。ぼくはギクッとあとずさりする。
「ちょ、ちょっと待てよ、そんな近づくなって。それに、なんだよ、そんなにやにやして……」
れいなのひとみがきらきら輝いている。
「ねえねえ、あたし、ちゃーんとしゅーくんの約束守るよ。だ、か、ら……あたしも中学校行っていい?」
「ええっ? ちょ、ちょっと待てよ、ダメだって、学校に行けば、それだけ人にふれる危険も多くなるのに……」
それ以上、ぼくはなにもいえなかった。さっきまでキラキラしていたれいなのひとみが、うるうるとうるんで、今にも泣きそうだったから。あせったぼくは、ついつい首をたてにふってしまった。
「わ、わかったよ、大丈夫、なんとか考えるから、だから、そんな泣きそうな顔するなって。いいよ、一緒に行こう、中学校」
ひとみをうるませたまま、れいながぼくを見あげてたずねる。
「……ほんとう?」
「ああ、約束だ。……でも、絶対いたずらしたら……」
ぼくの言葉は、もうれいなの耳には届いていなかった。れいなのやつ、うれしさのあまりからだがふわふわっとうかんでいた。
「やったやった! あたし、制服はダサかったけど、中学校には行きたかったんだ。ありがと、しゅーくん」
はーあと、頭をかかえて、これからのことを想像したけど、いったいどうなってしまうんだろうか。……まあでも、れいなのとびっきりの笑顔をまた見ることができたんだし、いいかな……って……。
「ちょ、ちょっとれいな! くっつくなって、ふわっ、ちか、力が、ぬけるぅ……」
その3は本日1/16の20時台に投稿する予定です。




