その10
「そんなこと……そんなこといわれても、どうしようもなかっただろう。ぼくは、れいながいなくなるのがいやだったから、だから……」
どうしても手がふるえてしまう。ぼくはあゆみを見て、それかられいなを見つめた。
「ぼくは、れいなのことを助けたかったから、もっとれいなと一緒にいたかったから、それで……。で、でも、れいなから気持ちをすわれると、楽しいことを、なにも思い出せなくなって……」
視界がにじんでぼやけるのにもかまわず、ぼくはしっかりとれいなを見た。れいなも目を大きく見開いて、ぼくのことを見つめていたが、やがて、かぼそい声でぼくの名前を呼んだ。
「……しゅーくん」
「れいな、ごめんな。ぼくが、楽しい気持ちをもっと、もっと持っていれば、れいなのこと、もっと楽をさせてやれたんだけど、だめだったよ。……なあ、れいな、さっきいってたよな。ぼくの気持ち、おいしくなくなったって」
「しゅーくん……?」
ぼくはゆっくりと、れいなに近づいていった。おびえているのだろうか、れいなはかたまったまま、動かずにぼくをじっと見たままだ。
「……こっちに、おいでよ」
ぼくはれいなに、手をさしだした。不安そうなおももちのれいなに、つづけていった。
「……れいなに、気持ちをあげるよ。ぼくの気持ちを、だから、もう悲しまないでいいから……」
「でも、しゅーくん……」
れいなの言葉をさえぎり、ぼくはれいなの手をにぎりしめた。けれども、れいなの手にふれても、気持ちをすわれることはなかった。ぼくは手に力をこめてからいった。
「れいな、いいんだよ、ぼくの気持ちをすっても。大丈夫だから、ぼくのことは心配しなくてもいいから」
それでもれいなは、ぼくの気持ちをすわなかった。ぼくはれいなの顔を見あげた。れいなのからだが、だんだんと空へうき上がっていたのだ。あゆみがかすかに悲鳴を上げた。
「たましいが、消えかかってる……!」
「れいな! れいな、れいな!」
何度も名前を呼ぶぼくのことを、れいなはおだやかな笑顔で見つめていた。そしてそれはとても悲しい笑顔だった。
「れいな、行かないでよ! そんなのずるいだろ! ぼくにあんなに迷惑かけて、自分でさっさと行っちゃうなんて! そんなのぼく、許さない! れいな、降りてこいよ、行かないでよ、ぼくを、またひとりにしないでよ……」
最後はしぼり出すように、れいなに向かってさけんだ。れいなはぼくを見おろしながら、かすんだ声で答えたんだ。
「……もう、いいの。あたしがいると、しゅーくん、ずっと苦しいままだから。しゅーくん、泣かないで。あたしバカだし、なんにも知らないけど、でも、一つだけ知ってるんだよ」
「……なにをだよ?」
「別れるときは、泣いたらいけないってこと。だって泣いちゃったら、もう会えないって決まっちゃうから。だから、どんなに悲しくても、どんなにつらくても、笑うの。泣かないで、笑うの。そうすれば、きっとまた、会えるから……」
「でも、れいなはもう、たましいが……たましいが、消えてしまうんだぞ! それなのに、もう会えなくなるのに」
「会えなくなんてならないよ」
祈るようなれいなの言葉に、ぼくはハッと顔を上げた。れいなのからだはもう、ほとんど空気のようにうすくすけて見えた。ぼくは、あふれるなみだを何度もぬぐって、すがるようにたずねた。
「……どうしてだよ?」
れいなは何度もまたたきをしながら、無理に笑ってぼくにこたえた。
「空気にとけて、消えちゃうなんてうそだもん。きっとゆうれいって、空気にとけるんじゃなくて、心の中にとけちゃうんだよ。今まで与えてくれた気持ちを全部、与えてくれた人にかえすために。だから、会えなくなんてならないの。あたし、しゅーくんの気持ちとして、ずっとずっと、しゅーくんの心の中に生きつづけるんだから」
れいなのからだは、指先から、足の先から、ゆっくりと光になって消えていった。しっかりとにぎっていたはずの手もなくなり、もうぼくはなみだをぬぐうことさえできなかった。
「……だから、泣かないで。しゅーくん、いつでも会えるよ。あたし、いつでも会いにいくよ。だから、お願い、笑って。ほら、いつもあたしのいたずら見つけたとき、しゅーくん笑ってくれたでしょ。あんなふうに、笑って、ね」
にこっと笑うれいなの顔は、本当にいつもの、いたずらが成功したときの笑顔だった。今にも泣き出しそうな、けれども強い笑顔だった。
「れいな、ありがとう……」
ぼくはゆっくりと背伸びをして、消えてしまいそうなれいなの顔を、そっと両腕で抱きしめた。
「……ありがとう、しゅーくん。あたし、受け取ったよ。しゅーくんの気持ち、受け取ったよ。……もう、おなかいっぱいで、なんだか、眠くなってきちゃったね……。しゅーくん、ごめんね、ありがとう……元気でね」
最後の言葉は、光とともに青空へすいこまれていった。そして、いつも元気なゆうれいのすがたも、光にとけて消えていった。
「ぼくも、受け取ったよ。れいなの気持ち。おいしかった。今まで味わった、どんな気持ちよりも……おいしかったよ」
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