その1
全部でその10までを予定しております。
更新はこのあと本日19時、20時、21時台まで、合計4話分投稿します。
そのあとは毎日1話ずつ、20時台に投稿する予定です。
どうぞ最後までお読みいただけると幸いです(^^♪
久しぶりの日曜日に、ぼくは一人でカタログをめくっていた。カラオケなんて久しぶりだ。なにを歌おうかなあ。
「えーっと、ミ、ミ、ミス……」
歌手名リストを追っていくと、あったあった。ミスターチルドレン。さっそく予約しようと思い、リモコンを取ろうとした。
「あれ? リモコンどこにいった?」
さっきまでテーブルにあったはずなのに。きょろきょろとあたりを見わたすと、ああ、となりの座席に置いていたんだった。リモコンに手をのばし、つかもうとする。
「あっ!」
リモコンがスッと、手からにげたのだ。もういちどとろうとして、やっぱりひゅっとにげていく。ぼくはリモコンをじっと見つめる。すきをうかがって、バッ! リモコンがひょいっと宙にういた。
「もしかして」
とつぜんスピーカーから、子供っぽい音楽が流れはじめた。これって、確か女の子のアニメのオープニングだ。
「またか! もう、れいな!」
こぶしを振りあげながら上を見あげると、天井にリモコンをつかんだ女の子がうかんでいた。くりくりした大きな目でぼくを見おろし、えくぼをうかべて笑っている。
「いたずらしないっていうから連れてきたのに! もう、なにやってんだよ!」
「だって、しゅーくん選ぶのおそいんだもん! あんなのろのろ選んでたら、二時間なんてあっという間だよ。だからほら、あたしが選んであげたんだよ」
「まさか!」
ぼくは思いっきりジャンプして、れいなからバシッとリモコンをうばいとった。
「あっ、ちょっとなにすんのよ!」
「そっちがさきにいたずらしてきたんだろ! あっ! やっぱりそうだ! もう、いつの間にこんなに予約入れてるんだよ! しかも全部、女の子のアニメの曲じゃんか。ぼく、こんなの歌わないよ!」
「もうっ! しゅーくん静かにして! あたしが歌う番なんだから!」
「いつの間にマイク持ってるんだよ! ダメだって、外の人に見られたら……」
「『どじはするけどーいっしょーけんめー♪』あっ、ちょっと、しゅーくんマイク返してよ! まだ歌ってる途中なのに!」
れいなが持っていたマイクをつかみ、なんとか取り返そうとする。けれども……。
「ふわぁっ! ちょ、ちょっと待って、いきなり気持ちをすいとるなんて、ずるいだろ。びっくりするじゃないか」
れいなにさわられたぼくは、思わずすわりこんでしまった。マイクは天井すれすれにまでうかんでいく。あんなところじゃ、どれだけジャンプしても届きっこない。
「『どじも愛してーどじっこ戦隊ー♪』どう? あたし上手でしょー! しゅーくんも一緒に歌っていいんだよ」
「う、歌わないよ、そんな曲。はぁ、ホントにれいなはなんにも変わってないんだから。ユーレイになっても……」
わざとらしくためいきをつき、あの日のことを思いうかべた。れいながはじめて、ユーレイになって会いに来た日のことを……。
「れいな、ホントにバカなやつ……。子ねこ助けるために、道路飛び出すなんて」
まくらに顔をうずめたまま、ぼくは小さくつぶやいた。汗臭いにおいがするけど、それももう気にならなかった。部屋の中も、脱ぎっぱなしの着替えや野球クラブのユニフォーム、それにグローブが散らかっている。
「小学校のころは、よくれいなとキャッチボールしたな。中学生になったら、同じ野球部に入るってだだこねてたっけ」
ハンガーにかけられた、新品の制服に目をやる。明日は入学式だけど、これじゃあとても行けそうにない。
「中学校の制服、ダサいから着たくないってわがままいってたけど、ホントに中学生にならないことないじゃないか」
つぶやきは、いつものように部屋に散らかったままのはずだった。
「だってダサいものはダサいじゃん。それよりどうしたの、これ。しゅーくんいつもきれい好きだったのに、こんなに散らかして……。これじゃ、あたしの部屋のこといえないね」
つぶやきをひろわれて、声がかえってきた。ぼくはつっけんどんにいいかえす。
「うるさいなあ、ほっといてくれよ。……そういえばれいなは、部屋の中むちゃくちゃだったな。女の子のくせに、あんなに部屋がごちゃごちゃだなんて。しかも男の子のぼくにかたづけるのを手伝わせたりして。れいなのバカ、どうしていなくなったんだよ。もっと一緒に遊びたかったのに……」
「もうっ、しゅーくん、なにいってるの? あたしさっきからここにいるじゃないの」
鼻にふわっと、お日さまのにおいが入りこんできた。野球のグラウンドでよくかいだ、すがすがしいにおいだった。そのにおいにさそわれて、ぼくはまくらから顔を上げた。
「しゅーくん、おはよ」
何度か目をこすって、それからボスッとまくらの上につっぷした。きっとショックで頭がおかしくなったんだろう。れいなの声がするどころか、れいなのまぼろしが見えるなんて。
「ちょっと、しゅーくん! どうして無視するのよ。ほら、あたしよ、れいなよ、れいなだってばあ!」
「うわっ!」
耳がジンジンしている。じゃあ、これって、幻覚じゃない?
「れいな……? 本当にれいななのか? 交通事故で、死んだんじゃ?」
「えへへー、ゆうれいになっちゃいました」
「なっちゃいましたって、えっ? ど、どういうことだよ?」
こんらんする頭を必死に整理しようとすると、いきなりれいなが胸を押さえはじめた。苦しそうだ。ふるえる声でれいながぼくにうったえた。
「くっ、くる、しい……。しゅー、く、ん、助け、て……」
「お、おい、れいな、れいな? どうしたんだ、苦しいのか?」
れいなが顔をゆがめてうなずく。頭の中が真っ白になりそうになるのを、ぼくは必死にこらえた。とにかくなんとかしようと、れいなの肩にさわろうとして……。
「す、すけてる!」
ぼくの指は、スッとれいなの肩をすどおりしてしまった。それに、なんだかからだがうすくなっている。
「しゅーくん、ね、ねこ……ねこちゃんは?」
「ねこ? ねこって、れいなが助けた、あのねこか?」
何度もうなずくれいな。ぼくも一緒になってうなずきながら、声をつまらせる。
「ああ、大丈夫だ、ちゃんと助かったんだよ! だから、だから……」
もういちどれいなにふれようとした。また、すどおりだ。そしたら急に目の前が真っ暗になって――
その2はこのあと本日1/16の、19時台に投稿する予定です。