凋落のエメラルダ(9)
その頃――
第六の門外にある駐屯地では、カリアが数人の男たちに連れられ、地下の食料貯蔵庫へと押し込められていた。
壁の上部に穿たれた、わずかな換気孔。
そこから吹き込む風だけが、かろうじて外界との繋がりを保っている。
部屋は薄暗く、湿り気を帯びた空気が淀み、施錠された空間はもはや逃げ場など存在しない。
荒く混じる男たちの呼吸。
鼻を突くのは、酒の匂いと、汗と、そして生々しい体液の臭い。
閉ざされた空間に充満したそれらすべてが、カリアの喉を静かに締めつけていた。
カリアやアルテラをはじめとする緑女たちは、総じて容姿に恵まれた者が多かった。
緑を帯びた髪という異形性さえなければ、人目を引く美貌の持ち主ばかりである。
本来であれば、その「緑の髪」こそが忌避の対象だった。
だからこそ、人魔症を恐れる者たちは、進んで緑女に近づこうとはしない。
しかし、その常識は今、この駐屯地において崩れ果てていた。
先の魔人騎士ガメル襲来。
その爪痕は深く、数か月を経た今もなお、人魔症の治療が続けられている状況だ。
本来、人魔症の治療は高価なものであり、神民にのみ施されるものである。
だが、エメラルダの命により、この第六では奴隷兵に至るまで治療が施されることになったのだ。
――その「例外」が、確実に歪みを生んだ。
治療によって恐怖が薄れたことで、
これまで人魔症を理由に緑女へ手を出さなかった無頼者たちが、
今や彼女たちを「安全な慰みもの」と見なすようになってしまったのである。
しかし、本来、この第六でそのような無法が許されるはずはない。
エメラルダが知れば、即座に極刑。
それほどまでに、彼女の統治は苛烈であり、同時に公平でもあった。
だが――男たちは知っていた。
エメラルダは今、内地へ戻っており、この駐屯地にはいないこと。
そして、彼女に絶対の忠誠を誓っていたカルロスもまた、
事態を受けて慌ただしく内地へ引き返したという事実を。
すなわち――
今、この第六駐屯地には、
無法を咎める者が、誰一人として存在しないかった。
地下貯蔵庫にたむろする奴隷男たちの数は、時間とともに増えていった。
その中には、いつの間にか一般兵の姿さえ混じっている。
もはや歯止めは存在しない。
貯蔵庫の中には、外から酒や食料が持ち込まれ、
空気は次第に、歪んだ宴の様相を帯びていた。
笑い声。
酒瓶の触れ合う音。
下卑た視線が、一点へと集まっている。
粗末な机の先。
そこに、カリアは四つん這いにさせられていた。
背後には、順番を待つ男たちの列。
次々と入れ替わり、カリアの腰に重みが押しつけられるていく。
そのたびに、カリアは歯を食いしばり、ただ耐え続けるしかなかった。
床の石畳に、爪を食い込ませる。
声を殺す。
叫びも、嗚咽も、彼らにとっては「ご馳走」に過ぎないと知っているからだ。
――ぜったいに屈するものか!
それが、今のカリアにできる、せめてもの抵抗であった。
永遠にも思える時間の中で、意識は何度も遠のく。
だが、完全に落ちることは許されない。
意識を失いかけたその瞬間、
容赦なく冷水が浴びせられる。
貯蔵庫の奥に掘られた井戸から汲み上げられた水は、骨に染みるほど冷たかった。
一瞬で、カリアの意識は無理やり現実に引き戻される。
そして、冷え切った体は、再び飽きることなく弄ばれるはじめるのだ。
外のテントで男たちに襲われて以来、
緑女たちは、眠る間もなく、入れ替わり立ち替わり相手を強いられてきた。
だが、五人ほど残っていたその数も、時間とともに確実に減っていく。
ある者は、
心が壊れたと決めつけられて、夜のうちに草原へと捨てられた。
魔物が徘徊する餓鬼地獄。
ある者は、
慰みものとして使われ尽くし、病に侵され、やがて息を止められた。
火にくべられるためだけの焼却炉。
ある者は、
度重なる責め苦に耐えかねて、夜明けを迎える前に、自ら命を閉じられた。
いらなくなったものが捨てられるゴミ捨て場。
そして、ある者は、
最後まで抵抗をやめなかったという理由だけで、笑いながら弄ばれ、殺された。
血と悲鳴が染みついた見世物台。
もはや今、この貯蔵庫に残されているのは――
カリア、ただ一人。
つまり彼女は、
この閉ざされた空間にいる男たちの欲情のすべてを、
たった一人で受け止め続けなければならなかったのだ。
貯蔵庫へ食料を取りに、地下へ降りてきた数人の奴隷女がいた。
その視線が、床に崩れるように転がるカリアを捉える。
無様なその姿を見て、女たちは声を上げて笑った。
「まだ、このオモチャ、壊れてないじゃない」
「私たちが相手するのは、もう少しお預けみたいね」
嘲るような声音。
奴隷女たちにとって、容姿の優れた緑女は、かねてより嫉妬の対象であった。
魔物の類として卑下し、同じ土俵に立つことすら拒んできた存在。
だが今、その緑女が――
性の対象として消費されている。
すなわち、それは、
自分たちと「同じ人間」として扱われているということ。
――緑女のくせに。
そんなものは、早々に壊れてしまえばいい。
その感情に、ためらいはなかった。
「ええ……そんなぁ」
そばで酒を煽っていた奴隷男が、気の抜けた声で口を挟む。
つまらなさそうに、女たちを見上げながら。
「だってさ、この緑女の穴、もう……ガバガバなんだよ」
奴隷女は、フンと鼻で笑った。
そして、力なく揺れているカリアのお尻を、ぴしゃりと叩く。
「まだ、使えそうな穴が残ってるじゃない」
「それじゃ、ちゃんと壊しておきなさいよ」
言うだけ言って、女は背を向ける。
必要な分の食料を抱え、何事もなかったかのように梯子へ向かう。
やがて、その姿は階上へと消えていった。
それを見送った奴隷男は、わざとらしくため息をついた。
「ほんと、女どもは容赦ねえよな」
一瞬だけ、カリアに同情めいたものが湧かないでもない。
だが、同時に思う。
このまま、一人の女に欲の始末を任せ続けるのは、正直うんざりだと。
例えるなら――
一つしかない便器に、列をなして用を足しているようなもの。
どう考えても、便器は多いほうがいい。
男の理屈としては、実に単純だった。
だからこそ、男子便所の小便器は一杯並んでいるものなのだ。
「仕方ねえな」
男は、にやついた笑みを浮かべる。
「コイツの別の穴もとっとと壊しちまうかwww」
笑いながら、男はカリアの腰を乱暴に引き上げた。
次の瞬間、重く、鈍い衝撃が続く。
「……や、やめろ……」
掠れた声が、ようやく漏れる。
それに呼応するかのように、床へと赤茶色い雫が飛び散った。
側にいた男が舌打ちし、慌てて身をひるがえした。
「おい、汚ねえだろうが!」
その様子を見て、周囲の男たちから笑いがこぼれた。
それは、軽く、無責任な笑い声。
だが――
もはや声すら上げられないカリアは、
力を失った人形のように、為されるがまま揺れているだけだった。
閉じかけたまぶたの裏に浮かぶのは、
黒き虎の魔装騎兵、その姿だけ。
――旦那さま。
――旦那さま。
――旦那さま。
そのとき、一人の男がカリアの正面に立ち、無遠慮に顔を覗き込んだ。
そして、指先で鼻をつまみ上げる。
「なあ、俺たちさ」
嘲るような声。
「全然、人魔症にかからねえよな。
……よっぽど、頭が足りねえんだろ」
空気を奪われ、カリアは息を求めて口を開く。
必死に。反射的に。
だが、その一瞬の隙を、男は見逃さなかった。
重く、不快な圧迫感が、容赦なく押し付けられる。
「……うぐぅ……」
もはや声にすらならない呻き。
カリアの瞳に、涙が滲む。
しかし、そんな様子など意にも介さず、別の男が笑った。
「ははっ、確かにな」
「俺たち、猿か?
――猿なんじゃねえのかよ」
「違いねえ!」
男たちはカリアを挟むように立ち、
互いの顔を見合わせながら、下卑た笑い声を響かせた。
人の尊厳を踏み潰すことを、
ただの冗談のように楽しみながら。
その時、駐屯地内に警鐘が鳴り響いた。
甲高く、切迫した音。
向かい合っていた男たちの動きが、まるで糸を切られたように止まる。
何事かと互いに顔を見合わせ、周囲を見回した、その直後――
「敵襲!」
階上から叩きつけられるような怒声が響いた。
男たちは一斉に色を変え、慌ただしく梯子へ殺到する。
怒鳴り合い、押し合いながら、我先にと階上へ駆け上がっていった。
やがて。
貯蔵庫には、重い沈黙だけが残された。
床に倒れ伏したままのカリア。
力なく、うつぶせのまま。
――動かない。動けない。動きたくない。
静まり返った空間に、やがて小さな音が滲み出す。
抑えきれずに漏れた、か細い嗚咽。
それは、誰に届くこともなく、湿った空気に溶けていった。
しばらくして。
階上から、そっと覗き込む影があった。
奴隷女だ。
微動だにしないカリアの姿を見下ろし、口元を歪める。
「……まだ、生きてるよ。あいつ」
うつぶせのままの無様な姿を確認すると、鼻で笑い、
次の瞬間、扉を力任せに叩きつけた。
「逃げないように、しとかなきゃね」
続いて、金属の擦れる音。
ガチャガチャと、念入りに鍵が掛けられていく。
こうして地下貯蔵庫は、再び閉ざされた。
中に残されたのは――
声も、力も、すべてを奪われたままのカリアだけである。




