表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
⑤俺はハーレムを、ビシっ!……道具屋にならせていただきます1部4章~ダンジョンで裏切られたけど、俺の人生ファーストキスはババアでした!~美女の香りにむせカエル!編  作者: ぺんぺん草のすけ
第一部 第五章 胸糞・・・胸糞・・・クソ!クソ!クソ!

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/646

凋落のエメラルダ(5)

 男たちの乾いた笑い声が、一般街に響いていた。


 その余韻がまだ空気に残る中で――

 不意に、ジャックの頬を打つ衝撃が走った。


 ビシッ!


 乾いた音。

 一瞬、何が起きたのか、その場の誰にも理解できなかった。


 叩かれたジャックは反射的に顔をしかめ、殴られた側の頬に手をやる。


「……あ?」


 遅れて、怒りが込み上げた。

 理解より先に、神民としての自尊心が激しく反応したのだ。


 ――誰だ。

 ――誰が、この俺に手を上げやがった。


 悪名高きアルダインの魔装騎兵。

 そのジャックに、しかも衆人環視の中で手を上げるなど、本来なら即座に斬り捨てられても文句は言えない愚行だ。


「なんだ、このガ――」


 だが、吐き捨てかけた言葉が、喉の奥で凍りついた。

 いや、それ以上、言葉を続けてはならないと、本能よりも早く理解してしまったのだ。


 目の前に立っていたのは、涙をいっぱいに溜めた、緑の髪の少女。

 美しい黒い瞳が、怒りと悲しみを宿して、真っ直ぐこちらを射抜いている。


 ――アルテラ……様。


 その名が意識に浮かんだ瞬間、

 燃え上がっていた怒気は、背筋を這い上がる冷たい予感に押し流された。


 殴ったのは、ただの子どもではない。

 主君アルダインの愛娘。


 ここで怒鳴ればどうなる。

 剣に手をかければ、どうなる。


 考えるまでもない。


 どれほど戦功を重ねていようと、

 どれほど恐れられる存在であろうと、

 主君の娘に刃を向けた瞬間、すべては終わる。


 それは「失脚」などという生温いものではない。

 ――死。

 ただそれだけだ。


 緑の髪かどうかなど、関係ない。

 この場にいる誰よりも、

 彼女の立場は、圧倒的なのだ。


 だから――


 ジャックは歯を食いしばり、

 胸中で荒れ狂う怒りを力ずくで押し殺すと、

 音を立てて、その場に膝をついた。


 そして、深く、深く頭を垂れる。

「……アルテラ様。

 ご無礼、平に……お許しください」


 そんなジャックに向かって、アルテラは涙をこぼしながら叫んだ。

「貴様‼ 何をしたのか、分かっているのか!」


 凛と張りつめた声は、怒りと悲しみを孕み、周囲にいた男たちをも一瞬でひるませるに十分だった。


 ――何を、したのか?

 深く首を垂れたままのジャックは、一瞬、その意味を測りかねた。

 だが、すぐに思い至る。


 おそらく――

 アルテラは、あの半魔女を切り捨てたことに腹を立てているのだ。


 ――たかが半魔女、一匹ぐらいで……。


 内心で吐き捨てる。

 だが、それを口に出すことは、断じてできない。


 それどころか、この場では、

 自分の行為が「正当であった」ことを示さなければならない。

 でなければ、この先、どんな厄介事に発展するか分からないのだ。


 ――クソ……面倒なことになりやがった……。


 しかし、事ここに至っては、下手を打てば主君アルダインの機嫌を損ねかねない。

 それだけは、何としても避けねばならなかった。


「奴隷である半魔が、怪しい動きをしておりましたので」


 ジャックは頭を下げたまま、静かに言葉を紡ぐ。


「取り調べを行っておりましたところ、突然豹変し、襲いかかってきました。

 周囲への被害を最小限に抑えるため、やむを得ず切り伏せた次第でございます」


 声音は低く、抑制され、よどみがない。

 そこには先ほどまでの荒々しさは影も形もなく、

 命令と責務に従う騎士の姿だけがあった。


 だがそれは……生き延びるために完璧に取り繕われた、騎士の仮面に過ぎないのだが……。


「嘘をつくな! 私は見ていたのだぞ!」


 アルテラの叱声に、ジャックはゆっくりと顔を上げた。

 そして、周囲を取り囲む男たちへと視線を巡らせる。


「ここにいる者たちが証人でございます。

 皆、私の言うことに相違はありませんな?」


 その目が、無言の圧となって男たちを射抜く。


 人呼んで――人斬りジャック。

 少しでも機嫌を損ねれば、躊躇なく人を殺す、イカれポンチだ。

 そんな男に逆らえば、命がいくつあっても足りることはない。


 だが――。


 互いに顔を見合わせたまま、男たちは言葉を失った。

 沈黙だけが、その場に落ちる。


「……」


 理由は明白だった。

 そのイカれポンチが、今は豹変したかのように膝をつき、頭を垂れている。


 目の前の少女が宰相アルダインの娘であるとまでは分からずとも、

 ――ただ者ではない。

 それだけは、誰の目にも明らかだった。


 まさに、板挟み!


 ジャックに同意すれば、少女の機嫌を損ねる。

 少女に同意すれば、後々ジャックに何をされるか分かったものでない。


 どちらを選んでも、待っているのは破滅だ。


 だからこそ――

 彼らは言葉を選ぶことすらできず、

 沈黙という、唯一の回答を差し出すしかなかった。


「見ろ! だれも何も言わぬのが証拠ではないのか!」


 アルテラは、その沈黙を盾に、さらに一歩、ジャックへと詰め寄ろうとした。

 怒りに震える肩が、前へ出ようとした――その瞬間。


 背後から、そっと、誰かの手がその肩をつかんだ。


 不意を突かれ、アルテラはびくりと身をすくめ、振り返る。

 そこに立っていたのは、静かに佇むセレスティーノだった。


 アルテラはその手を勢いよく振り払う。

 そして、そのまま怒りの矛先を彼へと向けた。


「なぜだ! なぜ、私を止める!

 悪いのは、どう考えてもコイツだろうが!」


 だが、セレスティーノは声を荒らげることもなく、

 ただ、小さく首を横に振っただけだった。


 そして、ジャックたちへと視線を向け、淡々と告げる。


「――もうよい。行け」


 その言葉に、ジャックは露骨に肩の力を抜いた。

 やれやれ、といった表情で立ち上がり、膝についた土を払う。


 そして去り際、アルテラへと振り返り、

 まるで意趣返しでもするかのように、吐き捨てる。


「アルテラ様。

 貴女がどうお考えかは知りませんが――

 この世で、奴隷の命なんて鳥の羽よりも軽いもんです」


 薄く笑い、続ける。


「ましてや、半魔の奴隷となれば、なおのこと」


 それが、神民であるジャックの論理だった。


 事実、その理屈を覆すには、

 半魔一人の命は、あまりにも軽い。

 たとえ、その殺しが恣意的なものであったとしても、

 神民であるジャックを咎める者など、誰一人としていない。


 この場で、それを可能とする者がいるとすれば――

 それは、騎士であるセレスティーノ、ただ一人だった。


 だが、そのセレスティーノ自身が、

 ジャックに「去れ」と命じたのだ。


 確かに、アルテラをいつか妻に迎えたいと考えるセレスティーノにとって、

 この場は「正義」を示す好機でもあった。


 しかし、ジャックはアルダインの神民。

 ここで彼を罰すれば、主君アルダインとの軋轢は避けられない。


 己の地位をさらに高めようと目論むセレスティーノにとって、

 それは、どうしても選べない道だった。


 ――だからこそ。


 ジャックは、周囲の男たちと笑い合いながら、

 何事もなかったかのように、その場を後にした。


 その様子を見届けるようにして、

 人ごみの中から、数人の女たちが駆け寄ってきた。


 彼女たちは、メルアが務めていた連れ込み宿の仲間だった。

 泣きじゃくりながら、道に転がるメルアの亡骸を抱き起こす。


 血に染まった体を胸に抱え、

 名を呼び、揺すり、それでも返事がないことを思い知らされて、

 嗚咽は、やがて声にならない叫びへと変わっていった。


 その光景を前に、

 アルテラは耐えきれず、一歩進み出る。


 そして、涙をこぼしながら、深く頭を下げた。


「私が……私が、もう少し早く止めていれば……」

「まさか、このようなことになるとは……思わなかったのだ……」

「すまない……本当に、すまない……」


 だが、その謝罪は、女たちの心には届かなかった。


 メルアを抱きかかえたまま、女たちは顔を歪め、声を荒らげる。


「メルアが、今日をどれだけ楽しみにしてたか!

 あんたに、それが分かるのかい!」


「半魔女はさ!

 買い物にすら、街に出ちゃいけないっていうのかい!」


 その声は、怒りであり、悲しみであり、

 どうにもならない現実への絶叫だった。


 そのうちの一人が、

 足元に散らばった破片に気づき、膝をつく。


 割れ潰された小箱。

 その中から飛び散った欠片を、泣きながら、一つ、また一つと拾い集めはじめた。


 彼女は、それらを、

 何かの紋章が刺繍されたハンカチに包み始めた。


 それは……エウア教の紋章。


 融合国において、

 融合の神に背く異端として弾圧される宗教の印。

 本来であれば、人目に晒すことすら危険なものだった。


 だが、今の彼女たちには、そんな余裕はなかった。

 メルアの死に、心はすでに壊れていたのである。


「少ない金を、必死にやりくりしてさ……」

「やっと……せっかく、おそろいのおちょこを作ってもらったっていうのに……」


 声が詰まり、言葉が崩れる。


「……これじゃ……あんまりだよ……」


「私たちは、いつもそうだ……」

「神様からさえも……見捨てられてるんだ……!」


 それを聞くアルテラは、何も言えなかった。

 言葉を探すことすら、許されないと理解していたのだ。


 今はただ、俯き、

 涙をこぼすことしかできない。


 そんな彼女のライトグリーンの髪が、かすかに、震え続けていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ