貴様にはあの死兆星が見えるか!
タカトは、練習着に着替える。
胸をわざと腹けだし、偉そうにノッシノッシと広場に歩み出た。
その様子はまるでラオウ。
その広場ではすでにオオボラが一人で練習を始めている。
激しく打ち出される拳が風を切る。
まるでその様子はケンシロウ。
そんなオオボラの前に立つタカトはわざとらしく天を指さした。
「貴様にはあの死兆星が見えるか!」
だが、オオボラはあきれたように言う。
「お前……まだ太陽が明るいのに星なんて見えるわけないだろ」
それを聞くタカトは高らかに笑う。
「わははは! そうか、ならば貴様はまだ死すべきとではないということだ! さらばだ!」
と、身をひるがえして、帰ろうとした。
のだが……その肩がガシッと掴まれた。
「タカトや……どこに行くんじゃ」
そこにはマジモードになったガンエン。
練習着から覗く胸板は、爺さんのものとは思えないほどたくましく引き絞られていた。
こんなジジイを、ボッコボコのボコボコにする?
いや……無理だろ……
――ということで、ボッコボコのボコボコにするのはまた今度にしておいてやろう
しかし、肩を掴まれたままでは動けない。
逃げようと思っても逃げられないのだ。
ならば、ガンエンの気をそらすまで。
タカトはオオボラにしたようにガンエンにも尋ねる。
「貴様にはあの死兆星が見えるか!」
「ああ……ワシには見えるとも!」
だが、ガンエンは鼻をつまんでいた。
「タカトや……お前が漏らした屁兆星がな!」
そう……あの瞬間、タカトはまたもや屁を漏らしていたのだ。
ぷぅ~
……またかよ。
屁の音を聞かれたと知ったタカトは顔を赤らめた。
ここで逃げたらウ〇コしに行ったとバレバレだ。
ならば、とりあえず、誤魔化すのみ。
ということで、タカトはガンエンにお辞儀した。
「よろしくお願いします☆ テヘペロ!」
ガンエンはそんなタカトを見透かしているかのように、命令する。
「よし! タカトや、オオボラと試合をしてみい」
その瞬間、タカトの顔に驚きが走った。
「な、何言ってんの!? 俺、受け身しかできねえんだよ!? ってかこいつ、めちゃめちゃ経験者じゃん!」
と、オオボラを指さし抵抗する。
オオボラはあきれた声でタカトを見つめ、広場の中央へと手招きをする。
「手加減してやるから安心してボこられろ」
ガンエンも腰に手を当て、あきれた様子でタカトを見下ろした。
「この前教えた『至恭至順』を使ってみい」
その目は完全に冷めきっている。まるで──『お前にできるのはそれくらいじゃろ』と言わんばかりだった。
“至恭至順”とは、このうえなく謙虚で従順という言葉である。
その名のとおり、相手の攻撃に逆らわず、ただただ受け流す構えだ。
一通り受け身が取れるようになったタカトに、ガンエンが最初に教えた型でもある。
──名前はカッコいいけど、中身は“ひたすら耐えるだけ”じゃねぇか!
「痛いのは! いやだーーーー!」
嫌がるタカトの首根っこを、オオボラが無言でつかみ、そのままズルズルと広場の中央へと引きずっていく。
そんな二人に、ピンクの声援が飛ぶ。
「タカト、がんばれぇ~♪」
「オオボラ、手加減してあげなよ~」
ビン子とコウエンが、まるでプロレスのリングサイドにいるかのように、境内の階段に腰かけていた。
──ビン子の前でこれ以上、みっともない姿は見せられねぇ!
タカトは観念し、意を決して広場の中央に立つ。
そして──おもむろに、天を見上げた。
空に、一輪の星が瞬いている。
──あゝ……あれは、死兆星……
己の人生を静かにあきらめたタカトは、どこか晴れやかな表情を浮かべ、オオボラと向き合った。
そして、二人は軽く礼を交わし、静かに構えを取る。
ガンエンは開始の合図をすると同時に、タカトへ忠告した。
「タカトや、『至恭至順』じゃぞ。流れに逆らわず、気の流れに乗るんじゃ。いいな!」
一応、心配はしているらしい。
次の瞬間!
オオボラの上段蹴りが、タカトの頭めがけて振り下ろされた。
だが──
タカトの体は柳の枝のようにしんなりと揺れ、その蹴りをひらりと回避!
それこそまさに『至恭至順』のなせる業!
やればできるじゃん、タカト君!
……だが、オオボラの攻撃は終わらない。
すかさず、後ろ回し蹴りを繰り出す!
──しかし、今や『至恭至順』を極めた俺にそんな技は通用しない……!
タカトの脳内スパコン腐岳の演算では、完璧に回避可能。
むしろ、あの蹴りに合わせて優雅にイナバウアーを決める予定だった。
――ビン子ちゃんwww 見てるぅ~!?www
もう、荒川静香もびっくりである。
……だが現実のタカトは、氷上のプリンセスどころか──
事件現場の古畑任三郎。
ピタリと止まって動かない!
――あれ? 動けねぇ!? さっきは感覚でいけたのに……!
どうやら、頭では回避できていても、貧弱な体がついていかなかったらしい。
結果──
蹴りの一撃がモロに腹に突き刺さる!
「うごっ!」
息ができない。
悲鳴すら出ない。
タカトは腹を抱え、その場に膝をついた。
だが、オオボラは一切油断しない。
距離をとってステップを刻み、いつでも次を狙っている。
そう、獅子はウサギを狩る時も全力を尽くす──
まあ、今のタカトはウサギじゃなくて……ただのカエルですけどね。
「こ、この嘘つき……手ぇ抜くって言ったじゃないかっ!」
涙目で見上げるタカト。
「十分抜いてるぜ。これ以上、どう抜けってんだよ……」
両手を上げ、あきれたようにため息をつくオオボラ。
だが──その瞬間。
先ほどまで刻まれていたオオボラのステップが、ふと止まった。
「隙ありっ!」
タカトがいきなり立ち上がり、オオボラめがけて猛突進!
右こぶしを高く振り上げ、そのまま渾身の力で突き出した──!
ボコォッ!
めり込む顔面!
してやったり! 勝った! 勝ったどぉぉ!
……と思いきや。
タカトは鼻血をまき散らし、きりもみしながら宙を舞い──
「ボゲヒょぉぉぉぉぉ!」
と奇声を上げて吹っ飛んでいた。
そう──あの瞬間。
タカトがこぶしを振り上げた、そのわずか一拍前!
にやりと笑ったオオボラの拳が、光のような速さで閃いたのだ。
カウンター技『光芒一閃』──
それはまさに、正確無比に、タカトの顔面を打ち抜いていたのである。
しかも、無慈悲に!
力いっぱい!
これでもか! と!
「まぁ……“本気”なら、こんなもんじゃすまなかったけどな」
そう笑うオオボラの横顔は、ほんのりと鬼だった。