凋落のエメラルダ(4)
城壁の門の近くで、アルテラは一人ぽつんとピンクのケーキ屋「ムッシュウ・ムラムラ」でケーキを食べていた。
やはり、女の子。
女子生徒たちが噂していたケーキ屋さんが気になっていたのである。
しかし、一体いくつ食べたのであろうか、口の周りに白いクリームがべっとりとついていた。
日の光が当たる緑のガーデンに白いテーブルがよく映える。
強い日差しを避けるように、虹色のパラソルがアルテラのライトグリーンの髪に影を落としていた。
アルテラはコバルトブルーのハンカチで口を拭うと、水色のティーカップを手に取った。
赤い紅茶の上で黄色いレモンが揺れている。
ガーデンの中で一人お茶をするアルテラはまさに一つの絵になっていた。
それもそのはずである。ガーデンには緑の髪のアルテラを避けるように、ほかの客は誰一人と座っていなかったのである。
突然、門近くの一般街で女の悲鳴が響いた。
ティーカップから目をあげるアルテラ。
悲鳴の方向に目を向ける。
一人の女を囲み、男たちが次々と石を投げつけていた。
そこに内地に戻ったジャックが通りかかると、男たちに尋ねた。
「どうしたぁ。何があったんだ?」
振り返った男たちはジャックに答える。
「こんな街中を、半魔の獣人が歩いているんですよ。いつ襲われるか分かったもんじゃありませんよ」
次々と男たちは、自分の正当性をジャックに訴えた。
ジャックが女を見る。
そこには、体中が傷だらけになった半魔獣人のメルアが、うずくまっていた。
すでにかなりひどい目にあったのであろうか、服はとこどころ破け、赤い傷をさらけ出している。
その様子を見たジャックはニヤァっと笑った。
面白いものでも見つけたかのように嫌らしく口元が緩んでいく。
「半魔か。確かに魔人の血が濃ければ人を襲う可能性があるよな」
「アタイは人を襲ったことはないよ!」
震えるメルアは身を守るかのように自分の体を抱きしめ、ジャックを見上げて訴えた。
「半魔が言うことを信じろというのか? 大体、お前の主人は誰なんだ」
「モンガ様だよ!」
「ちっ! モンガか。で、名前は、仕事は?」
「……メ……妓……」
うつむくメルアから、震える小さい声がもれた。
「あぁ? なんだって聞こえないんだよ! この半魔が!」
メルアは震えながら声を絞り出した。
「名前はメルア……」
ジャックはその名前にどこか聞き覚えがあった。
モンガの息子のベッツが魔物に襲われるきっかけを作った女がそんな名前だったかな。
――あのエロガキ、何が楽しくて半魔女を抱こうとしていんだ。
あきれるジャック
「アタイは……妓楼……で働いている……」
その言葉を聞いた途端、笑いを我慢できなくなったジャック。
「なんだって! お前、半魔の娼婦か。いくら人魔症にかからないと言っても、半魔を抱く男がいるのかヨ?」
周囲の男たちも一緒に笑いだす。
それは、仕方ない。
半魔女など、この世界では、奴隷の中でも下のほうなのだ。
奴隷の中には、体を売る人間の女たちも多い。
そのため、わざわざ、獣人の女など抱く必要はないのである。
半魔女を買う客は、その奴隷女すら買えない客。
奴隷女を抱く金がない奴隷男が、仕方なしに半魔女を買うぐらいなのである。
だから、そんな半魔女たちが務める店は妓楼などような立派な体を成していない。
ただ、やれればいいだけなのだ。
粗末な小屋にわらを引いただけのところ。
そんな豚のような環境で、日々、客を取らされれ続けるのが常なのだ。
それが、この半魔女は妓楼に務めているという。
半魔のくせに。
お笑いだ。
ということは、この女、よほど、男を喜ばすのがうまいのだろう。
だから、ベッツもコイツを抱こうとしていたのか?
「不審なものを持っていないか検査してやる。この場で服を脱げ、娼婦だから脱ぐのはわけないだろう」
「不審な物など持ってるわけないじゃないか……どうか許しておくれよ……」
頭を地にこすりつけ、懇願するメルア。
「これは守衛任務の一環である。逆らうなら切り捨てる!」
ジャックは、剣でメルアの顎を引き上げると、そのまま剣先をのど元に突き付けた。
メルアの喉元からうっすらと血が流れおちる。
あきらめたメルアは一つの小さな箱を大事そうに横に置くと、スッと立ち上がった。
そして、ゆっくりと自ら服を脱ぎだした。
周りを取り囲む男どもからどよめきが漏れる。
その服から、メルアの美しい肢体が現れていくのだ。
その衆人の目を避けるように閉じたメルアの目からは、とめどもなく涙がこぼれ落ちていた。
それを面白そうに眺めていたジャックが、メルアの足元に置かれた、一つの箱に気がついた。
「それは何だ。怪しいものではないのか」
剣で箱をつつく。
「それだけはやめておくれよ……今日、大切な人にあげるものなんだよ……」
「そうか、そうか、そんなに大切な物なのか」
ジャックは、にやりと笑う。
大きく足を上げたかと思うと、いきなり箱を踏みつけた。
何かが砕ける音とともに、箱は見るも無残に潰れた。
「おっとこんなところに箱があった。気づかなかった。悪い悪い」
裸のメルアは咄嗟にうずくまり、踏みつけられた箱を大切そうに手にすくいあげながら泣きじゃくる。
「これは事故だなぁ。みんな」
笑うジャック。
周りの男たちも腹を抱えて笑いだす。
ジャックをにらみつけるメルア。
「その目はなんだ、半魔女ふぜいが。お前たちは奴隷以下のごみくずなんだよ」
「なんでいつもアタイたちばっかり!」
メルアがジャックにつかみかかろうとする。
そんなメルアを、ジャックは有無を言わさ一刀のもとに切り伏せた。
血を噴き出しながら崩れ落ちるメルア。
倒れるメルアを、こぼれ落ちた涙が追いかける。
――ヨーク……ごめんね……こんなアタイを愛してくれて……ありがとう……アンタは、私の大切な希望の一輪……きっと、きれいな花が咲くんだろうね……見たかったな……その花……アンタと一緒に……ごめんね……ごめんね……ごめ……
「まぁこれでベッツも気が晴れるだろう。しかし、これどうするよ! 服が半魔の血で汚れてしまったぜ、大体、全てあのモンガのせいだろ! まぁ洗濯代をやつからぶんどってやればいいかぁ」
笑いながら剣を振るジャック。




