ダンスバトル
道の上で困惑する幼女たちを心配するかのように、ぞろぞろと人が集まりはじめた。
まぁ、仕方ない。
公衆の道のど真ん中で、パンツ一丁の男がバニーガール姿の幼女たちの足にすがりついているのである。
どう見ても変質者。
良識のある大人であれば、この男に声をかけるところだろう。
だが――誰も声をかけない。
いや、かけられない。
というのも、そのパンツ一丁の男。
幼女をかどわかすどころか、逆に幼女に踏みつけられていたのである。
もしかして……そういうプレー?
あ、なるほど! 風俗街にできた新しい店の宣伝か!
それぐらい、目の前の光景は常識の埒外だった。
だが……それでも……
四つん這いで這いずるパンツ一丁の男は、どう見ても見てられない。
無様……
みじめ……
――よく、こんな仕事引き受けたよな……。
と言わんばかりの軽蔑の視線が、タカトに集中していた。
しかし、タカトにプライドなど存在しない!
今大切なのは、権蔵に怒られないこと。
今朝のこと。スライムで作った超高級毒消しをコンビニで売ってこいと言われたのだ。
しかも「盗まれるなよ!」と×3回も念を押された。
それなのに、ここで盗まれでもしたら……。
「このドアホがあぁぁぁぁぁぁぁ!」
と、間違いなくゲンコツ。
いや、下手をすれば金属製のどでかいハンマーで殴られる……!
頭は陥没、ぺっしゃんこ、即死コース!
――ならば、なんとしてでもカバンだけは取り返さねば!
鬼気迫るタカトは、地面に頭をこすりつけて懇願する。
って、幼女に土下座かよwwww
「ぜひとも! 私めとダンスバトルをお願いしゃす!」
顔を見合わせた幼女たちは、とっさに後ろへ飛びのく。
そして、蘭華はタカトをバカにするような目で見下ろした。
「あんたじゃ、ウチと勝負にならんやろ!」
その瞬間――タカトの額が地面からむくりと持ち上がる。
泥にまみれた顔の下、ぎらりと光る自信満々の瞳。
「おい! 俺をなめるなよ! こんなこともあろうかと、日々特訓を重ねてきたのだ!」
……うん? 聞き間違いか?
誰が? いつ? どこで? 何の特訓を?
まさかタカト君が?
いやいやいやwww 万命拳の修行すら逃げてるあなたが、いつそんなことをwww
だが、本人はいたって真剣!超真面目!
むくりと立ち上がると、蘭華と蘭菊を指さし、偉そうに胸を反らして高笑いをしていた。
「ワっハっハハハハハハハ」
――この態度、腹立つわ。
おそらく周りの大人たちは全員そう思ったに違いない。
挑発された蘭華も、負けじと叫ぶ。
「そこまで言うんやったらええやろ! ダンスバトル受けてやるわ!
ココにおるみんなに見てもろて、どっちのダンスが上か決めてもらおやないか!」
この蘭華、五歳の幼女のくせに見事に主導権を奪っていた。
タカトがルールを言い出す前に、完全に自分の土俵を作り上げてしまったのである。
そのせいか、周りの観衆からどっと歓声が上がった。
「SMプレイの次はダンスかよ」
「新しい風俗店、攻めすぎだろ」
「マジでこんな幼女が相手してくれんのか……ごくり」
そんな様子に、蘭菊は少々不安そうだった。
この場を止めてくれそうな人はいないかと……あたりをきょろきょろと見渡す。
だが、頼りになりそうなビン子の姿は、どこにもない。
――どうしよう……
その目はおびえ、小刻みに震えていた。
そんな瞳の前に、スッと一つの足が忍び寄る。
そして、その人物はまるで執事のように丁寧にお辞儀をした。
「お嬢さん。歌を一曲。いつもの調子でお願いします」
その立ち居振る舞い、まるでどこぞの貴族。
ただし――パンツ一丁でなければの話であるが。
そう、タカトである。
顔を上げたタカトは、蘭菊を落ち着かせようとするかのように、優しい笑顔でウィンクをした。
まるでその表情は「今の俺、決まってる!」と言わんばかり。
もう一度言おう。
この男、現在進行形でパンツ一丁。
滑稽以外の何ものでもない。
さすがの蘭菊も、プッと噴き出してしまう。
そして、大きく息を吸い込むと、大衆の中へ一歩踏み出した。
そんな蘭菊の肩を、蘭華がそっと押す。
「そうや! 蘭菊! あいつの言う通りや! いつもの調子でええんや!」
蘭菊は小さくうなずくと、しずかに両手を胸の前で組んだ。
小さなピンクの唇から、優しい音調が流れ出す。
ざわめき立つ観衆。
その雑音が、いつしかすーっと小さくなっていく。
いま、この空間を支配していたのは、紛れもなく蘭菊の歌だった。
その声は、風をなでるように人々の心を撫で、聴く者すべてを魅了していく――。
大衆の輪の中心で、勢いよく手を伸ばす蘭華。
さながらその姿はステージに立つアイドル!
その手が静かに顔の前へ降りてきたかと思うと、瞬時に前を指さした。
そして、軽やかなステップが繰り出されていく。
人々の歓声がドッと沸き起こる。
蘭華のダンスもまた、人々の心を鷲づかみにしていた。
負けじとタカトも追随する。
腕を前から上にあげて のびのびと背伸びの運動!
1、2、3、4
って、ラジオ体操やないかい!
だが、そのラジオ体操――以前のタカトとはまるで違っていた。
手足はシャキッと伸び、呼吸は一点の乱れもない。
まるで空気そのものと調和しているかのように、動きのひとつひとつが自然だった。
いや……自然というより、美しかった。
パンツ一丁という滑稽な格好のはずなのに、誰も笑わない。
その筋肉の線が、呼吸とともに滑らかに動くたび、周囲の空気が微かに震えた。
まるで何か、見えない“力”を体の奥で操っているようだった。
蘭華が思わず息をのむ。
――これ……ほんまにラジオ体操なん?
人々のざわめきが、次第に静まり返っていく。
タカトの動きに合わせて、風が流れ、木の葉が揺れた。
その姿は、もはやただの変質者ではない。
彼が“気”そのものを操っているかのように、世界が呼応していた。
蘭菊の奏でる旋律が一段と高まり、蘭華のステップも加速した。
その動きはまるで音に導かれるかのように流麗で、
繰り出された腕が引き戻されると同時に、蘭華の体がしなやかに回転する。
そして――跳躍。
空気を切り裂くように放たれたその一撃は、まるでカンフーの旋風脚!
力強く、鋭く、そして美しい!
――くそっ! くたばりやがれッ!
それに呼応するように、タカトの呼吸も変わった。
腕を振り、体をねじる。
1、2、3、4――。
そのリズムの裏で、タカトは万命拳の『至恭至順』を発動させていた。
蘭華の蹴りが迫る。
だが、タカトの身体は一歩も乱れない。
流れるような動作で、蹴りの軌道をいなす。
まるで、水の流れが風を受け流すかのように――。
一瞬、蘭華の瞳に驚愕が走った。
――なんやて!?
しなやかな脚がタカトの頬をかすめ、空を裂く。
だがその動きは、不思議なほど噛み合っていた。
まるで息を合わせた演舞。
攻防の境界が曖昧になり、二人の動きが一つの“型”を描いていた。
……いや、ちょっと待って。
タカト君が、マジでそんなことできるのかよ?
できるのである!
なぜなら――。
あのオオボラをぶん殴るために、
朝昼晩、ついでに三時のおやつの時間まで、
鼻息荒く万命寺に通い詰めたからである。
そのたびにガンエンから無理やり修行をつけられたこと、ゆうに百回超。
逃げることも、泣くことも許されぬ、まさに地獄のしごきを耐え抜いた。
そのかいあって、タカトの体は自然と鍛え上げられ、
いつしか身についた万命拳の型は、そこそこ見ばえのするものに仕上がっていたのである。
蘭華はタカトの頭をかすめた足を、そのまま振りぬいた。
体の回転が終わると同時に、すっと着地――そして、フィナーレのお辞儀を美しく決める。
その瞬間、観衆の間から割れんばかりの大歓声。
まさに! スタンディングオベーション!
……って、みんな最初から立ってたけどなww
タカトも負けじと、『至恭至順』で蘭華の蹴りをいなした体をグルリと回転。
ピタリと静止し、大きく両手を上げて――深呼吸!
フィニッシュ!
決まった!
……まぁ、確かにここまでは様になっていた。
ここまでは、な。
だが――。
プスゥ。
直立不動のタカトのケツから、変な声が漏れた。
念のために三度言おう。
この男、パンツ一丁である。
つまり、ケツの声を遮るのは、綿パンただ一枚!
その瞬間、真後ろにいた男が、まるでバク転でもするかのようにのけぞった。
「くっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
観客たちも一斉に鼻をつまみ、手をバタバタ振りはじめる。
「何食ったらこんな匂いになるのよ!」
「せっかくのダンスが台なしだ!」
割れんばかりの大ブーイング!
まさに――ブーイングエモーション!
決まった!
……って、決まってないわいwww
もはや誰の目にも、勝者は蘭華であることは明白だった。
しかし、立ち上がった蘭華は、少し悔しそうな目でタカトを睨んでいた。
ダンスが始まる前、彼女は自分の圧勝を疑わなかった。
なのに――。
──あの兄ちゃん……意外とやりよるやないか。
最後の「ケツボイス」がなければ、結果は分からなかったかもしれない。
いや、あの瞬間、自分はすでに負けを感じ取っていたのかもしれない。
──もしかして、うちの負けやったかもな……
勝負に正直な蘭華は、悔しさをにじませながらもその事実を受け止めた。
蘭華は地面に置かれたタカトの服を拾い上げると、勢いよく投げ返す。
「フン! しゃくだけど、この服は返してやるわ!」
そう言い残すと、顔を真っ赤にして体をひるがえし、猛然と走り去っていった。
「待ってよぉ~!」
その後を追う蘭菊。
だが、ちゃっかりタカトのカバンだけは握りしめている。
──まぁ、負けたと思ってるのは蘭華ちゃんだけだし。これ、もらってもいいわよねwww
遠ざかる双子の背を、タカトは呆然と見送っていた。
足元には、小汚い服が無造作に転がっている。
──カバンは取られたけど、服は取り返した……
そう思った瞬間、タカトの口元がにやけた。
──もしかして、俺……輝いてたのか?
気持ちの悪い薄笑いを浮かべたまま、タカトは空を見上げた。
目を閉じ、両腕を天に掲げ、叫ぶ。
「俺はスターだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「何がスターや、この変質者! 服着ろ服!」
「ビオフェルミン飲め、この屁こき虫!」
容赦ない罵声の嵐。
ゴミが飛び交い、ブーイングが響く中――
どう見ても、“スター”とは程遠いタカトの姿がそこにあった。




