小門と言う名のダンジョン(5)
涼やかな洞窟内に入ると、どぶ臭いにおいが鼻を突いた。
鼻をつまむビン子。なぜか消極的なタカトは前を歩くオオボラに叫ぶ。
「なんか臭くない……」
「やっぱやめようぜ」
「やっと見つけたんだ。大金貨は惜しくないのか」
「いやぁ、それは欲しいけど、今日じゃなくてよくねぇ……」
何か都合が悪いのだろうか。タカトは乗り気ではないらしい。
オオボラの、強い言葉が洞窟に響き渡る。
「俺は、どうしても金が要るんだよ」
「なんに使うんだよ。どうせどうでもいいことだろう!」
「俺は、金で、役人になる、そして、この国を変えるんだ」
「ああそうですか……それは結構なことで……はわあぁ」
どうでもいいのか。タカトは大きなあくびをした。
――しかし、この感じ……どこかで……
そう、タカトはこの洞窟の気配、いや、雰囲気をどこかで感じたことがあった。
この小門というなの洞窟……洞窟と言えば洞窟なのだ……
だが、どこか普通の洞窟とは何かが違うのだ……
というのも、タカトは小門という名のこの洞窟内に入ったとたん、まるで洞窟に拒絶されるかのように股間が痛くなったのだ。
なんで股間がwww
だが、この痛み、耐えられない痛みではなかった。
ちょっとムギギギギってする感じ……分かりやすく説明するならば、オラの息子が頑張って起立!気をつけ!をしようとしているのに、それをピチピチパンツという名の先生が頭をつかんで無理やり席を立たせないように押さえつけている感覚に近い。
――確か、あの時もこんな感じがしたっけな……
それはツョッカー病院の地下にのびていた洞窟に入った時である。
あの時も、洞窟に入った途端、股間がムギギギギと痛くなったのだ。
ならば!
対処法はあの時と同じ!
そう、大きく息を吸って深呼吸!
そうすることにより、男は一時的に賢者モードになることができるのだ。
これにより、おらの息子の緊張はほぐれ、ついにはパンツ先生に無理やり机に押さえつけられているような感覚が和らいでいくのである。
だが、タカトは気になった。
オオボラの息子は痛くなっていないのだろうか?と。
なので、前を歩く背中に声をかけた。
「おい! オオボラ! お前は金玉痛くないのか?」
「洞窟に入って金玉が痛くなる奴なんていないだろwwwお前wwまさかビビってんのかよwww」
オオボラはそんなことを気にする様子もなくたいまつの明かりを先頭に暗い洞窟の奥へとさらに進んでいった。
まぁ、オオボラのいうことは普通である。
ということは、タカトがたんにビビりなのか、それとも普通でないだけなのか?
――いやきっと! オオボラの息子は俺の息子よりもチン長が低いのだ! だから、パンツ先生に頭を押さえつけられても痛くならないに決まっている。
妙に納得したタカトはオオボラの後をついていくのだが……どぶ臭い匂いは、深く入っていくほど強くなってくるのだ。
そう、洞窟内はコウモリの糞の臭いで充満していたのである。
「ぎやぁっぁぁぁ!!!!」
ビン子のあげた悲鳴が洞窟内に反響する。
とても女の子のものとは思えない。
タカトにしがみつくビン子の手からたいまつが落ちた。
落ちたたいまつが、地面で何かがうごめいているのを照らし出した。
糞をエサにしているのであろうか、糞の中にゴキブリが多数うごめいている。
湿度が高い洞窟内は、壁にじっとりと汗を垂らしている。
クモやゲジ、カマドウマなど、魔物かと見間違うような生物がその壁を這いまわっている。
ギュルルウルウル
奥から大きな甲高い音と共に何か大きな黒いものが迫ってくる。
「ぎょぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
タカトは叫ぶ。ビン子はすでに声が出ない。
その大きな何かは、瞬く間にタカトたちを飲み込んだ。
とっさに目をつぶる。
タカトたちの顔を無数の羽音がたたきつけ、出口へと飛んでいく。
その正体は、コウモリの群れであった。
おそらく、先ほどのビン子の叫び声に驚いたのであろう。
ビビったタカトは、その何かがコウモリであることがわかると、仕方なくオオボラの後を追って歩き始めた。
しかし、タカトの肩は強く後ろに引っ張られ、進むことができない。
ビン子は、タカトの袖を引っ張り、歩くことをかたくなに拒否していた。
しがみついているビン子の顔は、すでに完全崩壊していた。
その足は、一歩も動けない。いや、動きたくない。
タカトはあまりにもひどいビン子の泣き顔を見ると、もう何も言えなかった。
タカトは仕方なしにビン子を背中に背負う。
洞窟の中は深く入り組んでいた。
小さい側洞を含めると、無数に存在している。
タカトは照らし出される分かれ道を眺め悩んでいた。
すでにタカトの背中では、現実逃避をしたビン子が寝息を立てている。
その側ではオオボラが石で矢印を書いていた。
「何してるんだ?」
「とりあえず、どちらから来たかわかるように、分かれ道には印を残しているんだ」
なるほど、それならば、帰り道を見失うこともないだろう。
しかし、オオボラはどちらに行けばいいのか知っているのであろうか?