何! オッパイ! 触ってんのよッ!
消えゆくガイヤを見送ったアイナの体がくるりと向きを変えた。
先ほどまで城門の出口に向かっていた体が背を向けたのである。
「ケケケッ……」
先ほどからうつむくアイナから乾いた笑い声と共に何やらブツブツと呟いている。
「ケケケッ……前世の記憶と力を取り戻すためにエウアが作りしモノたちを壊していたはずが……こんなに早くアダム様とまみえるとはな……」
それはまるで自分に言い聞かせるかのようでもあった。
「ケケケッ……だが……アダム様を消し去ることなど……本当にできるのか……いや……アダム様を消し去らない限り、われら魔族に真の自由などないのだ……」
アイナの後を追いかけて全速力で走っていたタカトは突然スピードを落とした。
というのも、目の前にうつむくアイナが立っているのだ。
「アイナちゃん……大丈夫?」
その声に反応したのか、アイナのうつむいた首がいきなり起き上がって微笑んだ。
だが、その笑顔、いつものアイナと全く違う。
そう、いうなれば先ほどキーストーンのある小部屋で見せた笑顔そのもの。
ほぼ90度横に傾いた表情は笑い顔を作ってはいるが、目は大きく見開かれ決して笑っていなかった。
まるで亡霊かゾンビ。
――怖いって……アイナちゃん
それは本能的に不気味さを突き付けてくような笑顔だったのである。
だが、そんなアイナの乾いた笑顔が呆然と立ち尽くすタカトに近づいてくる。
「ケケケッ……アダム様……こんなに早くお戻りになるとは……思っておりませんでした……」
――アダム……何言ってんだよ……アイナちゃん……
「しっかりしてよ! アイナちゃん! 俺だよ! タカトだよ!」
だが、アイナは気にすることもなく話を続けるのだ。
「ケケケッ……しかし、なぜ、この世界にアダム様の気配が二つあるのでしょう? 教えていただけませんか……アダム様……」
「一体、何のことなんだよ!」
一方、アイナの言っている意味が全く分からないタカトは大声を張り上げていた。
「アイナちゃん! 正気に戻ってくれよ!」
だが、次の瞬間、タカトの目の奥が熱くなる。
そして、ゴールデンボールの奥底から何か熱いコアのようなものが昇ってくるのだ。
もしかして、こんな時にイキそうなんですか?
いやいや、そんな感じではない。
体が身震いするようなおぞましい何かが這いずって出てこようとしている感じなのだ。
タカトの生存本能がアラームを鳴らす。
――ヤバい……これは、絶対にヤバい奴だ!
とっさにタカトは、その這いずって出てこようとするものに対し抵抗するかのように胸を強く押さえてうずくまった。
――この嫌な感じが大きくなれば、きっと俺は俺でなくなってしまう。
本能的にタカトはそう感じていたのだ。
ふぅ……
大きく息を吐くタカト。
どうやら胸の痛みは治まったようである。
よかった! よかった!
だが、立ち上がったタカトの両目は赤黒く染まっていたのだ。
それを見るアイナがとっさにその場で膝まづいた。
「ケケケッ……おかえりなさいませ……アダム様」
だが、タカトの赤黒い両目は冷淡な視線でアイナを見下ろしていた。
「よくも言う……この下種が……」
その言葉にアイナの体がビクンと反応し小刻みに震えだしていた。
「我に歯向かうとは……覚悟はできておるのだろうな」
「ケケケッ……やはり……我らの忠誠を……お試しになられたのですか……」
今や恐怖でワナワナと震えるアイナの声は、すでに何を言っているのかよくわからなかった。
そんなアイナが土下座した。
「ケケケッ……アダム様!お許しを!」
必死に石畳に頭をこすりつけ目の前のタカトに懇願するのである。
「ケケケッ……あれはガイヤの命令で……」
「アイナ! 嘘をつくな! お前が真っ先に我の入れ物に手をかけたのであろうが! 身の程を知れ!」
「ケケケッ……私は決してそんなつもりは……私は……私は……アダム様の復活をお手伝い……します! させて頂きます!」
次の瞬間、苦悶にゆがんだアイナの表情が石畳を離れ起き上がっていた。
ぐっ!
苦痛にゆがむアイナの口からうめき声がもれた。
そう、両目を赤黒く染めたタカトによってアイナの薄紫に輝く美しい髪が無造作に鷲掴みにされると、勢いよく吊るし上げられていたのであった。
「お許しを……お許しを……アダム様……ケケケッ……」
いまやタカトの手から糸人形のように力なくぶら下がるアイナの体。
そんなアイナの胸の真ん中にタカトの手の平が押し付けられたのである。
「もうよい! ゴミが! 従者といえども、その行為は万死に値する! もう一度、消えろ!」
バシっ!
暗い駐屯地の広場に何かが炸裂するような音が響きわたった。
タカトの手からゆっくりと落ちていくアイナの体。
次の瞬間、力なくドサッと石畳の上に倒れこんでいた。
そして、その横では石畳の上でウンコ座りをしたタカトが頭を抱えて叫び声をあげていた。
「いてぇぇぇぇぇぇぇえ!」
そう、タカトの手の平がアイナの胸を打ち砕こうとした瞬間、ビン子のハリセンがタカトの頭に振り下ろされたのであった。
「清浄寂滅扇!」
その清浄なる白き輝きをもって何の迷いもなくまっすぐに振り下ろされるハリセンの軌道!
「何! アイナのオッパイ! 触ってんのよッ!」
バシっ!
そんなハリセンによってタカトの後頭部は思いっきりとシバかれいたのだった。




