美女の香りにむせカエル
しばらくした後、ダンクロールの干し肉を万命寺に届けるためにタカトとビン子は森の道を歩いていた。
どうして、タカトたちが万命寺に干し肉を届けようとしているのかって?
……もしかして……忘れた?
万命寺の住職、ガンエンと交わしたタカトの約束だ。
「万命拳を教えてもらう代わりに、食料を持ってきてくれ」
タカトは、その言葉を律儀に守っているのだ。
いや、正直に言おう。守りたいから守っているわけじゃない。
最初……万命拳の修業をしたら、簡単に強くなれると思っていた。
令和のアニメみたいに、技を教わった瞬間に超絶パワーアップ! ついでにイケメン化もセットで──そんな展開を夢見ていた。
──なのに、現実はこれだ。技なんか教えてくれず、延々と“受け身”の練習ばかり。
しかも地面に叩きつけられる。容赦なく、痛い。超絶痛い。
まぁ、そのおかげで、オオボラの背負い投げも耐えられるようになったのだが……
やっぱり痛いのは嫌だ……
もう、万命拳以外で強くなる方法を探そうと思っている。
だから、万命拳なんて……習いたくない。というのがタカトの本音である。
しかし、かといって、いまさら約束を守らなかったらガンエンに怒られる……
怒られるだけで済めばいい……
修行と称して、陰湿ないじめにあうかもしれないのだ……
所詮、坊主なんて見た目は人格者っぽいが──中身はただの人間、生臭坊主だ。
しかも、なぜか権蔵にも怒鳴なられるのだ……
「ワシはガンエンに借りを作る気はない! 奴との約束事は死んでも守れ!」
もし、ガンエンに干し肉を届けなかったら、タカトの飯抜きが決定となる。
……それはもう、タカトにとっては死活問題だった。
だから、タカトは嫌々ながらも、万命寺に干し肉を運んでいるのである。
とはいえ、そんなことばかり考えていても、気分は沈むばかりだ。
人間、辛いときこそ空を見上げるものである。
そんなタカトは、なぜか妙に嬉しそうに歩いていた。
どうやら、本人だけは“いいこと”を思いついたつもりらしい。
笑いながら歩くタカトは、カバンの中をごそごそと探り──何やら取り出した。
それは、一見するとただのカエルだった。
隣を歩いていたビン子が、駆け足でタカトに並ぶ。
「それは何?」
不思議そうに、タカトの手の中を見つめる。
するとタカトは、カエルを高らかに掲げて叫んだ。
「聞いて驚け! これは、おっぱいの大きな美女を発見するための道具!
名付けて──『美女の香りにむせカエル』だぁぁぁぁぁッ!」
そして、誰にも頼まれていないのに、堂々と説明を始める。
「美女が発する特有の香りを嗅ぎ分けてな!
見つけたら“ゲコッ!”と鳴いて、その方向を教えてくれるという優れものだ!」
……というか、美女の香りを嗅ぎ分けて、どうするつもりなんだコイツは。
見つけたところで、付き合えるとでも思っているのか?
今朝、自分の顔を鏡で見たか? 寝癖ついたままだぞ?
と、ビン子は額に手を当てて、あきれ果てる。
「またアホなもん作って……」
だが、あきれとは別に、ほんの少し──安堵したのも事実だった。
道具コンテストの帰り道。
あのときのタカトの顔は、本当にひどかった。
何もかもが嫌になったような、空っぽの顔。
実際、あれからタカトは机に向かわなくなり──
ずっとベッドに寝転んで、ムフフな本を読んでいた。
ドアのすき間から、それをこっそり見るビン子。
――こんなタカト、見たくない。早く、元に戻って
だけど、いざ目の前にいるのは──頭にカエルを乗せてケラケラと笑う、
あのバカみたいに道具作りが好きな、タカトそのものだった。
──立ち直ってくれたんだ。本当に、よかった。
でも……なんでそれが、“おっぱいセンサー”なのよ!?
当然──私には、反応しないんでしょ?コレ!(……ちょっと悔しいけどさ!)
そんなビン子の気持ちを知ってかどうか、
タカトは誇らしげにカエルの口の奥へと、自分の指を突っ込んだ。
しかも、それを何の迷いもなく、前後に激しく──!
ゲコッ……オエッ……
えづきまくるカエル。
その光景は、どこか教育テレビでは放送できない雰囲気をまとっていた。
「やめなよタカト……それ、だいぶアウト寄りだよ……」
ビン子が若干引き気味でつぶやいた──
だが、これは“教育テレビ”ではない。
むしろ“今ラジオ”。
そう、“夜の今ラジオ”である!
ついに感極まったタカトが、絶頂の叫びをあげる!
「うっ! 開血解放っ!」
その瞬間、タカトの手の中で──
涙目になった『美女の香りにむせカエル』が、ビカァッと光り出す!
ゲロゲロ! ゲロゲロ!
全力で鳴きまくるカエル!
「キタ! キタ! キタ! キタ! 来たァーーーーーッ!」
歓喜の咆哮をあげるタカト!
カエルが示す方向へ──ひた走る!
道が悪くても!
倒木があっても!
銅貨が落ちてても!
関係ない! 止まれない! 走れタカト!
「今度こそは成功だ……!」
ならば、このカエルが示す先にあるモノは──
すなわち! 美女のオッパイッ!
あの憧れのお姉さんの、ふくよかで、やさしくて、ちょっと色っぽいオッパイかもしれない!
夢と希望と脂肪が詰まった、あの理想郷!
「おっぱいちゃん! 待っててねぇ~~~~!」
──もうその目は、おっぱい以外、見えていなかった。
「待ってよー!」
置いていかれまいと、懸命に走るビン子。
胸のお肉は揺れないけれど、背中の袋にぎっしり詰まった干し肉は激しく揺れていた。
二人は、すたれたスラムの中を駆け抜ける。
相変わらず、飢えた人や干からびた人──まるで地獄のような光景が広がっていた。
普段なら、その景色に足がすくんでしまうところだ。
──だが、今のタカトにはそんな景色は一切見えていない。
ただ一点、カエルの鳴き声が示す方向だけを見据え、一直線に進む。
そして──
ついに、万命寺の門前へたどり着いた!
はぁ、はぁ……肩で息をするタカト。
汗びっしょりになりながらも、立ち止まる気配はない。
なぜなら……
カエルが指し示す方向、すなわち──
「万命寺の中に! 俺が探し求める、理想の美女がいるはずだ!!」
鼻息荒く、ズカズカと門をくぐっていく。
だが、その下心全開の様子を、門に立つ鬼神たちは黙って見下ろしている。
……たぶん、これ……ふつうに仏罰案件じゃね?