二週目(3)
トラックを走るゴリラは、悠々とスタート地点に帰ってきた。
後ろを走っていたハヤテたちは、既に半周遅れである。
そのため余裕なのか、スキップを踏んでいるではないか。
しかし、ゴリラの目の前には、グレストールたちの乱戦の様子が迫ってくる。
今や、スタート地点の乱戦はだいぶ落ち着きを取り戻していた。
いまやグレストールとライオガル、カマキガルの三匹の魔物を残すのみ。
ここぞとばかりに加勢した四匹の魔物たちは、今やグレストールの腹の中である。
さすがに、これだけ食えばグレストールの胴体も大きく膨らんでいた。
だが、その腹もいたるところ傷を負い血が流れ落ちている。
ここまでの傷を負ったのは初めてではないだろうか。
しかし、いまだに、戦意を失うことなく3つの鎌首を持ち上げていた。
ライオガルも、息を切らしてはいるが、まだその気力は衰えていなかった。
だが、空を舞うカマキガルは、少々おかしい。
すでに左の鎌がなくなり、羽が半分ほどちぎれていた。
そのせいか、空を飛ぶカマキガルの体が先ほどからふらついているのだ。
観客席後方にたつゴリラ魔人の長兄が自分の足元に目を落すと、小さな声で威嚇する。
「今度は、ちゃんとあのグレストールの目を狙えよ。さっきの犬みたいによけられるなよ」
ゴリラ魔人たちの間から伸びていた細長い筒は、かすかにうなずいた。
その筒の元には、小さな魔人の少年がいた。
3匹のゴリラ魔人は、その少年魔人を取り囲むように密着し、その姿を隠す。
ゴリラの長兄は続ける。
「せっかくの仕事をやったんんだ。今度、失敗すれば、食い殺すぞ!」
その強い言葉に、少年魔人は震えるような声を出す。
「わ・分かってるよ……」
少年はうなずく。
この少年、名前はテッシー。
見た目はおかっぱ頭で、少々気弱そうな感じである。
だが、その首にはえらの跡らしきものがついていた。
そしてテッシーは首からかけた水筒に口をつけ口に水を含んだ
「お前の力なんて、小さな水玉を飛ばすぐらいしかできないんだから、これぐらいしか役に立たんだろうが」
ゴリラの兄弟たちは、かわるがわるに脅迫する。
と言うことは、先ほどハヤテの眼球を狙ったのもこのテッシーなのだろうか。
いや、実際にそうなのだ。
先ほどから、テッシーが口に含んだ水を勢いよく細い筒で飛ばしていたのである。
こう見えてもテッシーは鉄砲魚の魔人である。
水を飛ばすのは得意中の得意。
その正確無比な射撃の能力は絶賛に値する。
だが、所詮は水の弾。
虫程度は落とすことができても、魔物や魔人を撃ち殺すなどと言うことはとてもできなかった。
実際にタカトが持つ短剣すら撃ち落とすことができない。
というか、タカトですら、何か当たったかなって思う程度なのだ。
いわゆる、攻撃力としては、ほぼ0の特技なのである。
しかし、このテッシー、無茶苦茶目がいいのだ。
スタジアムの対面を走るハヤテの眼球ですら正確に狙えるほどの視力と狙撃の腕前を持っているのである。
そんなテッシーに目を付けたのが、このゴリラの三兄弟なのだ。
ゴリラの三兄弟も、自分たちが使役するゴリラの魔人が魔物バトルに参加して簡単に勝てるなどとは思っていない。
さすがにバナナが欲しいからと言って、無謀なチャレンジをするほど、知能は低くはない。
それ相応に、勝てる算段を立てたうえで参加しているのだ。
その作戦と言うのが、このテッシーの狙撃なのである。
このテッシーの水弾は、威力こそはないが、固体もないのである。
相手に当たった後に残るのは、水だけなのだ。
また、威力がないのも、好都合。
威力があり過ぎれば当然、ターゲットの体に損傷が残る。
跡が残れば、当然、狙撃したとバレてしまうのだ。
すなわち、不正に狙撃した証拠が残らない。
だが、ゴリラの三兄弟たちは威力がない水弾を使って、どうやってレースを制御するというのだろう。
そう、先ほどからハヤテの目を狙っているの方法なのだ。
威力が弱いと言ってもスピードがある水弾が、眼球に当たれば反射的に目をつぶる。
視界を失えば、攻撃もまた当たりにくいのである。
魔物の目を狙えば、ゴリラを邪魔する魔物は無力化するのだ。
ゴリラを襲おうと思っても、その瞬間ゴリラが見えなくなれば、襲うことはできない。
そして、ターゲットが目を閉じているうちに、ゴリラはさっさと走り去ってしまえばいいのである。
単純であるが、効果はデカい。
だが、こんな単純な作戦もテッシーの水弾という狙撃があってこそ成立するのである。
あのゴリラの三兄弟、ゴリラのくせに頭が回る。




