空腹の獣(3)
ディシウスが目を覚ました時には、そこは、どこか別の部屋であった。
おそらく、ヨメルが、気を利かせてディシウスを休ませたのだろう。
「ソフィア!」
ディシウスは上体が跳ね起きた。
あの光景は夢だったのだろうか?
現実なのか、夢なのか全くわからない。
だが、確かめる方法はある。
ディシウスは立ち上がると、部屋を飛び出る。
そして、そこでであった魔人の胸倉をつかみ上げ、凄い剣幕で脅した。
「オイ! ヨメルの研究室はどこだ! あの繭が浸かったカプセルの部屋だ」
ビビる魔人は、震える手で廊下の先を指さした。
その先を見るや否や、ディシウスは掴む魔人を投げ捨てて、一目散に駆けだした。
そう、その部屋の中にカプセルがあれば夢なのだ。
緑の液体に虹色繭が浮かんでいれば、あれは、ただの悪夢だったのだ。
ソフィアが魔人を食ったりするわけないだろ。
部屋に入れば、何事もなかったかのようにカプセルがあるはずだ。
そして、俺は、また、そこに座り続けるだけの事。
ディシウスは、指さされた研究室の入り口をがらりと開けた。
しかし、暗い。
いつもなら、オレンジ色の光が緑の液体を照らし出しているにもかかわらず、やけに暗い。
踏み出す足が何かを踏んだ。
ガチャっと割れる音。
ディシウスは足元を伺った。
廊下から差し込む明かりが、うっすらと部屋の床の様子を浮き上がらせた。
辺り一面に飛び散る赤き血。
いたるところに血だまりができていた。
その間あいだに砕け散ったカプセルの断片。
その奥に緑の液体が、いまだに乾くことなく広がっていた。
ディシウスの体が硬直した。
自分が願っていた部屋の様子とは明らかに違う。
いや、この風景だけは、見ることを拒みたかった。
争った風景。
それは紛れもない事実。
と言うことは、あの夢のような情景が現実であったという事なのか。
ソフィアが魔人を食らっていたという事実が現実なのか。
あれが……ソフィアだというのか……
ディシウスは、動けなった。
全くその場から動けなかった。
だが、一瞬ソフィアの顔が目に浮かぶ。
そう、あれはソフィアだ……
ソフィアが繭から生還したことは紛れもない事実なのだ。
そして、耐え難い事実だとしてもそれが真実である、この部屋が証明してくれている。
もしかしたら、ソフィアはただ単に復活直後のため、少々混乱していただけんではないのか?
そもそも、四週間も何も食べていなかったんだ。
いくらソフィアと言えども、腹が減るに決まっているだろう。
復活の混乱と空腹。
きっとそのせいで、あんな行動をとったんだ。
今なら、きっと落ち着いているはず……
というか、ソフィアはどこだ!
咄嗟にディシウスは、辺りを見回した。
だが、そこにソフィアがいるはずもない。
もしかして、殺されたのか……
いや、あの情景が現実であれば、ヨメルの最後の命令は捕獲だったはず。
ならば、どこかに幽閉されている。
ディシウスの体が反転した。




