記憶の片隅(1)
「マリアナさま!」
ソフィアは、砂漠の上で一人立ち尽くし不気味な笑いを浮かべている女の背に抱き着いた。
その衝撃でマリアナの青い髪が揺れる。
そして、その髪は、ゆっくりと無機質な笑い声と共に振り返りはじめた。
その横顔には、はっきりと赤黒い目が見て取れる。
見開かれる目。
口からは笑い声が漏れているのに、笑っていない。
それでも、ソフィアは、マリアナを強く抱きしめた。
「だから、姿を隠してとお願いしたのに……」
ソフィアの目には、涙が浮かうんでいる。
だが、マリアナから言葉は出てこない。
こぼれるのは、乾いた笑い声だけ……
もう、意識もないのかもしれない。
荒神爆発を起こすまでそう時間は無いかもしれない。
焦るディシウスが、ソフィアの肩を力強く引っ張った。
「もう、遅い! 俺たちも門外に出るぞ! 急げ!」
引っ張られるソフィアの顔が、マリアナから離れていく。
だが、そんな中マリアナの赤黒い瞳から、涙がこぼれ落ちた。
それは白く、かぼそい一筋の涙。
その涙は、救うことができなかったアリューシャに対して後悔なのか。
それとも、自分のために裏切りまでおこなったソフィアたちに対して懺悔なのか。
それは誰にも分からない。
だが、その涙は、消えゆくマリアナの最後の言葉に違いなかった。
ごめんね……
そう、ソフィアには聞こえたような気がした。
それが意識のないマリアナができる、精いっぱいの謝罪だったのかもしれない。
その涙を見た瞬間、ソフィアは、ディシウスの手を振り払った。
それと共に、ソフィアの背に残っていた片羽が大きく広がる。
そして、マリアナへと飛びつくソフィア。
「あなたを、消したりしない! あなただけでも、生き残ってください!」
広がった虹色の片羽が、みるみる二人を包んでいく。
さらに、巻き付く蝶の羽が帯状に伸びていく。
帯は抱き合う二人を巻き上げる。
勢いを増したその帯は、さらにどんどんと細く細く伸びていく。
まるでそれは糸のように。
糸は、ぐるぐると二つの体を蚕の繭のように巻きあげていった。
「ソフィア! ダメだ!」
とっさにディシウスが、手を伸ばした。
ソフィアに手を払われたディシウスは、一瞬何がおこったのか分からなかった。
それはほんの数秒の事だったのかもしれない。
だが、そのわずかな時間が、致命傷だった。
ディシウスの伸ばした手は、ソフィアに届くことがなかった。
ソフィアの体に巻き付く虹色の糸によって遮られたのだ。
今や、ソフィアとマリアナの全身をくるむ糸。
かろうじてその隙間から見えるソフィアの緑色の瞳。
その瞳がディシウスを優しく見つめる。
「ごめんね……ディシウス。私の分まで生きてね……」
その刹那、急速に巻き付いた糸が、ソフィアの全て飲み込んだ。
そこには、大きな虹色の繭が一つ。
ソフィアとマリアナを取り込んだ繭が、音もなく静かに立っていた。




