超覚醒(5)
「何するんだ! 俺のごりごりちゃんに! というか、お前、臭ぇよ! アダム臭ぇよ!」
次男とおぼしき魔人が、叫び声を上げるとともにタカトめがけて突進してきた。
速い!
ゴリラの魔物も早かったが、それ以上に速い。
あっという間に、タカトとの距離を詰めた、次男魔人。
タカトめがけて拳を振り下ろす。
ぐはぁ!
その衝撃に口から唾液が飛び散った。
次男魔人が、みぞおちを押さえうずくまる。
その前で、低い姿勢から、タカトが剣の束で、みぞおちに一撃をくらわしていた。
「なんだ! コイツ! 神民兵か!」
エメラルダを掴む長兄魔人が大声を出した。
この強さ、普通の一般兵のはずがない。
闘気や覇気を使える奴、すなわち、神民兵クラスでないと説明できない。
だが……あれは、生気。奴の体から噴き出しているのは紛れもなく生気だ。
生気は生気でも赤黒い殺気をまとった生気である。
まるで荒神……
弱肉強食の世界で生きる魔人たちは、相手の殺気を感じることに長けている。
そうでないと生き残れないのである。
だが、目の前の男からは、嫌な殺気が滲み出している。
反射的に身震いする。
長兄魔人は、歯ぎしりをした。
くそがぁ!
キャイン!
その長兄魔人の前で、ハヤテがゴリラの魔物に押さえつけられていた。
ゴリラを弾き飛ばすまではよかったが、それ以降のハヤテの攻撃が続かなかった。
ゴリラの圧倒的な力とスピードの前に、攻撃は通用しない。
それどころか、その大きな手により首を押さえられ、その体に馬乗りにされていた。
そのゴリラの大きさから考えて、ハヤテが自分の力でこの状況から脱出する方法はなさそうである。
悔しそうな表情浮かべるハヤテ。
先ほどまで馬鹿にしていたタカトが、ゴリラをぶちのめしたというのに、自分は、逆にゴリラに押さえつけられている。
――無様……
ハヤテの口から、無念の唸り声が漏れおちた。
「小僧! この女とその犬っころの命が惜しかったら、剣を捨てな!」
長兄魔人は、これみようがしにエメラルダの首を絞め、頭上にあげる。
エメラルダが苦悶の表情を浮かべ、懸命にゴリラの手を振りほどこうと、両の手で抗っているが、いっこうに開かない。
ゴリラによって首を絞められたハヤテもまた、呼吸ができないのか、舌がだらりと口からこぼれ落ちている。
タカトは、躊躇なく剣を、目の前にぽいっと捨てた。
「動くなよ……小僧が!」
先ほどやられた次男魔人が、口から垂れた唾液をふきながら、立ち上がる。
つぶれろ! ボケ!
次男魔人の拳がタカトの顔面を捕らえた。
しかし、またもや、その拳は空を切る。
何!?
次男魔人の視界がぐるりと回ると、その背中に激しい衝撃が打ち付けられた。
ごへぇ!
次男魔人ののど元に、タカトの肘が入っている。
地面に打ち付けられるとともに、タカトの肘が魔人の喉を押しつぶす。
次男魔人が白目をむき口からよだれを垂れ流していた。
死んだか。
いや、どうやら、気を失っているだけのようである。
もし、タカトの体に、万命拳の動きが染みついていたならば、きっと即死だったのかもしれない。
「てめぇ! よくも弟を! この女がどうなってもいいのか!」
長兄魔人が腕が、エメラルダの首を勢いよく締め上げた。
エメラルダの腕がだらりと垂れる。
エメラルダもまた、限界か……
「エメラルダさん!」
ビン子の鳴き声が響き渡る。
次の瞬間、タカトの姿が消えた。
二条の赤き航跡が地を疾走する。
長兄魔人に向かって、突進する低くき姿勢。
そして、それは跳ね上がる。
魔人の頭上高く舞い上がるタカトの赤き瞳。
タカトの手刀が、一直線に打ち下ろされる。




