死にたがり(5)
メルアが殺されて以来、毎日のように飲んだくれていたヨークは、一般街の酒場で第六の駐屯地が全滅した知らせを聞いた。
――なぜ、駐屯地が全滅するんだ?
酔った頭では、今一よく理解できない。いや、酔っていなくても理解などできはしないのだ。
だが、ココは酒場、噂話は、酒のつまみである。
混乱するヨークの耳に、辛らつな言葉が次々と入ってくる。
「どうやら、エメラルダは魔人国とつながって、この国を売ろうとしていたらしいぜ」
――そんなバカな……
ヨークが握る酒の入ったグラスが、カタカタと揺れる。
「それどころか、第六駐屯地の人間を魔人国の生贄にして、自分だけ助かろうとしていたとか」
――エメラルダ様に限って、仲間を売る訳はないだろうが……
「駐屯地にガメルが責めてきたのも、疑われないようにするために示し合わせていたとか?」
「あっ! それ、ありうるな!」
――ウソだ……なら、何のためにあいつ等は死んでいったんだよ……
ヨークはグラスを机に叩きつけると、中の酒が勢いよく飛び出した。
「てめぇら! くだらねぇウソばっかり言ってんじゃないぞ!」
ヨークはふらつく足で、噂話に花を咲かせている男の胸倉をつかみあげた。
ヒィィ
男の体がカウンターの上へとすり上がっていく。
周りの男達が、数人がかりで懸命にヨークを引き離す。
「嘘もくそもねぇよ! 軍事裁判で決定的な証拠が出てきたんだよ! エメラルダは黒なんだよ! 真っ黒!」
「そうだぜ、兄ちゃん。あのエメラルダ様がって俺も思ったが、証拠が出ちゃしかたねぇよ」
ヨークは男を掴んだ手を力なく放すと、へたり込むように椅子に座り込んだ。
――ウソだ……ウソだ……ウソだ……
顔を手で押さえ、人目を気にせずに泣き出した。
大の男が、みっともないほど大きな声で。
――メルアも死んだ。仲間も死んだ。みんな死んだ……俺だけ残ってどうするんだよ……
「エメラルダ様……早く行ってくれ! 今、あんたの顔を見ると、マジで殴ってしまいそうなんだ!」
小門の洞窟内で、ヨークは、暗殺者たちに向かって懸命に拳を振りながら叫んだ。
その大きな涙声は、洞窟内に反響する。
ヨークが振り返らなくても、それが涙声であると分かるほど、ひどい鼻声になっていたのだ。
「ごめんなさい……」
エメラルダはうなだれる。
駐屯地の仲間たちが死んだ原因は、自分にあることは間違いない。
ヨークが自分を恨んでも、それは仕方ないこと。
エメラルダは、そう理解した。
だが、今、ヨークにしてあげられることなんて、謝る以外何もない。
ただただ、謝る。
その無念の言葉だったのだ。
「謝らないでくれ! 分からなくなってくる。だから、早く行ってくれ!」
ヨーク自身も小門の大空洞で笑みにあふれるエメラルダの姿を見て以来、再び疑いの芽が芽生えてしまっていた。
――本当にエメラルダが仲間をうったのか?
ビン子やコウエンに微笑みかけるエメラルダの表情は、とても仲間をうって自分だけ生き残ろうとする人間の表情に見えなかった。
――いつものエメラルダ様だ。あの、お優しかった時のエメラルダ様だ……
だが、魔人国と通じた罪で軍事裁判によって騎士の刻印をはく奪されたのも事実。
実際にヨークの胸にある神民の刻印が消えているのが証拠である。
――何が本当の事なんだ……
迷うヨークは、暗殺者に追われるエメラダの後を追った。
その先には、カルロスが毒に侵され膝をついている。
それを横目で見ながらヨークは駆けていく。
――なぜ? カルロス隊長が?
カルロスもまた、その気配を感じ取る。
走り去る男の横顔をにらみつけた。
カルロスとヨークの視線が一瞬、交わった。
「お前! ヨークか?」
動けぬカルロスは、ただ叫ぶだけ。
だが、ヨークは何も答えずに、魔の国に通じる洞穴の中へと駆け込んだのだった。




