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⑤俺はハーレムを、ビシっ!……道具屋にならせていただきます1部4章~ダンジョンで裏切られたけど、俺の人生ファーストキスはババアでした!~美女の香りにむせカエル!編  作者: ぺんぺん草のすけ
第一部 4章 ダンジョンで裏切られたけど、俺の人生ファーストキスはババアでした!~美女の香りにむせカエル!編

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痕跡

 一方、小門という名の洞窟内。

 タカトはビン子を背負い、オオボラの後をついて歩いていた。


 洞窟の中は、どんよりと湿った空気に満ちている。汗が乾かず、服が肌にべったりと貼りつくほどの蒸し暑さだ。

 天井からはポタリ、ポタリと水滴が垂れ、頬に落ちたそれが汗と混ざってぬるりと伝う。

 タカトは空いた手で額をぬぐいながら、内心で悪態をついた。

 ──しかし、蒸し暑いな……


 足元を見れば、水滴がつくる筋が脇の暗がりへと流れていく。

 その奥から、水音が先ほどよりもはっきりと、そして近くに響いてきた。

 どうやら、すぐそばに水脈があるらしい。


 そんな中、タカトの目蓋は徐々に重くなり始めていた。

 珍毛との戦闘で張り詰めていた集中力が切れたせいか、眠気が容赦なく襲ってくる。


 ──いや、マズい……眠い……


 背中には気を失ったビン子。決して下ろすわけにはいかない。

 それに、前を行くオオボラだって、足を引きずりながら必死に歩いているのだ。


 何とか眠気を振り払おうと、タカトは奥歯を噛み締めて歩を進めた。

 だが、体は正直だった。

 ── 一体……なんなんだよ、この眠気は……


 三人の進む先──

 角を曲がった闇の奥で、ふいに青白い光が、息を呑むように浮かび上がった。


 オオボラたちは壁をつたって歩き、その光の口へと静かに足を踏み入れる。

 そして、次の瞬間──ぴたりと立ち止まり、そろって天を仰いだ。


 そこには──満天の星空が広がっていた。

 

「すげぇ……」

「マジかよ……これ……」


 思わず漏れたのは、言葉にならない感嘆の声。

 洞窟の中であることすら、一瞬忘れてしまいそうなほど、そこは静謐(せいひつ)な光の世界だった。


挿絵(By みてみん)


 その空間は、体育館が二つは入るほどの巨大なドーム。

 柔らかな青白い光が、あたり一面を包み込んでいる。

 その光源は──壁面をびっしりと覆う無数のヒカリゴケ。

 青白い微光が、岩肌をつたう水滴に染み込み、まるで命を宿すように脈動していた。


 光は揺れ、にじみ、反射しながら、空間全体へと穏やかに拡がってゆく。

 だが、その輝きが届かぬ、はるか高みの天井の奥──


 そこには、深く、暗く、底知れぬ空が横たわっていた。

 その闇の中を、グローワームや、名も知らぬ発光生物たちが静かに群れをなして漂っている。

 瞬くたびにきらめく無数の光が、まるで星座のように浮かび上がり──


 この地下の楽園に、もうひとつの夜空を描き出していた。


 感動に胸を打たれたタカトは、思わず背中のビン子を揺り起こした。

「おい! ビン子! 起きろよ!」


 こんな光景、そう何度も見られるものではない。

 ――この地下の星空を、ビン子にも……いや、ビン子と一緒に見たい。


 星空を見上げるふたり。

 自然と手が触れ合い、そっとつながる。

 言葉はいらない。ただ、共に空を見上げる。

 それだけで、きっと十分なのだ。


 ……しかし──


 いくら肩を揺すっても、ビン子はまったく目を覚まさない。


「くそっ、このボケビン子が……!」


 ロマンチックな瞬間が、手の届くところにあるというのに。

 なんて間の悪い女だ。

 苛立ちを隠しきれず、タカトはさらにビン子の身体を揺すった。


 その瞬間だった。

 睡魔のせいか、タカトの足がぬれた岩の上をつるりと滑った。


 しかも滑った先は、よりにもよって暗い谷底――地下水脈の方角。

 タカトは背負ったビン子ごと、川へ向かって勢いよく滑り落ちていく。


「わっ! わっ! わっ! わっ! わぁーーーーーーーーーっ!」


 冷たい岩のつるりとした感触が、ボロボロのズボン越しに尻の皮膚をこすっていく。

 だがその中でも、タカトは本能的に背中のビン子をかばおうと、必死に身体を前に傾けた。


 ――ドスン!


「いてぇっ!」


 幸運だった。滑落は、そこで止まった。

 岩の下にあった大きなくぼみが、タカトの顔面を見事に受け止めたのだ。


 すぐさまタカトは、背負っていたビン子の様子を確かめる。


「ビン子! ケガはないか!」


 その身を挺して守ったおかげで、ビン子に目立った外傷はなかった。

 タカトはホッと胸をなでおろす。

 だが、衝撃はそれなりにあったはずなのに……


 ──こいつ……まだ寝てやがる。


 まるで何事もなかったかのように、ビン子は静かに寝息を立てていた。

 よほど疲れていたのか、それとも……

 その姿はまるで、命の炎を極限まで絞って眠りにつく、冬眠中のリスのようだった。


 オオボラが、崖の上からロープを垂らして叫んだ。


「タカト! 大丈夫か!」


「あぁ、ちょっと……ふらついただけだ!」


 タカトはビン子を背中に縛りつけ、崖に垂れたロープをつかんだ。

 が、まともに力が入らない。

 結局、オオボラが半ば引きずるようにして引き上げてくれた。


 地上に戻ると、タカトはハァハァと肩で息をしながら、近くの大きな石の上にビン子をそっと寝かせた。

 そして、どこかほっとしたような表情を浮かべると、石の壁に背中を預けるように腰を落とす。


 そのまま、まぶたを閉じながら、ぽつりとつぶやいた。


「悪い……ちょっとだけ……寝かせてく……れ……」


 声は語尾に届く前に、夢へと溶けていった。

 タカトの意識はすでに深い眠りの底へと落ちていた。


 その様子を見たオオボラは、ふっと目を細め、ドームの内部をぐるりと見渡す。


「……少し、休むか」


 天井は、大きくくり抜かれていた。

 それはまるで、何か巨大な爆発がこのホールの中心で炸裂したかのような光景だった。


 オオボラは、壁面にそっと手を添え、ヒカリゴケの覆いをなぞるように拭い落とす。

 露わになったのは、鍾乳石のような質感ではなく──硬質な、まるで溶けたガラスが冷えて固まったかのような、透き通った光の肌。


 その輝きは冷たいのに、どこか生き物の体温を思わせた。

 触れてはならぬものに触れてしまったような──そんな背筋のざわつきが、指先に残った。


 ――もしかして、これ……命の石か……?


 思わず、別の箇所にも手を伸ばし、ヒカリゴケをぬぐう。

 やはりそこにも、同じように冷たく煌めく石の面が広がっていた。


 ――おいおい……この壁面、全部……命の石ってことかよ……


 ごくり、と喉が鳴る。

 それもそのはず、命の石とは極めて希少な宝石である。

 かつてタカトがミズイに買い与えた親指大のかけらでさえ、金貨二枚(およそ二十万円)という高値がつくのだ。

 それが今、目の前の体育館ほどもある壁一面に、無数に──びっしりと──埋め込まれているのだ。

 ……その総量と価値たるや、国ひとつすら買えるかもしれない。


 そのとき、オオボラの脳裏に一つの確信めいた予感が走る。


 ――これが命の石であるとするならば……このホールの中心に、爆心地があるはずだ。

 

 そう、命の石とは「荒神爆発」の際に発生する神の生気が結晶化したもの。

 つまり、この巨大なドーム空間そのものが、かつて荒神爆発によって生じた「痕跡」なのだ。


 ――だが……こんな規模の爆発跡など、聞いたことがない。


 荒神が聖人世界に顕現したとき──放置すれば、町ひとつが跡形もなく吹き飛ぶ。

 だが、人々はそれに抗う術を持たなかった。荒神の浄化など、ごく一部のものにだけ認められたスキルなのだ。

 唯一の手立て。それは、「小門」と呼ばれる異空間へと、荒神を封じ込めること。

 そして、そこで引き起こされるのが──荒神爆発。

 その余波によって、かろうじて命の石が採れる。

 ほんのわずか、しかも混じり気のある、粗末な結晶が。

 ……通常、命の石とは不純物を多く含み、純度も低いものなのだ。


 ──だが、ここは違う。


 命の石は、異様なまでに澄みきっていた。

 その量も、質も──まさしく常軌を逸している。


 ──これほどの神性が、この空間に封じられていたというのか。


 思い浮かぶは、原初に座した神──“融合の神スザク”。

 もしかしたらそのような存在が、ここにつながれていたのかもしれない。


 それを確かめるかのように、オオボラはゆっくりと歩み出す。

 音もなく、けれど確かに──この世ならざる中心へと、足を踏み入れてゆく。


 そこには、眠れる神性の核が──ただ、静かに脈動していた。

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