嫉妬
イサクと別れた真音子は、ひたすらにタカトを追っていた。
しかし、いくら廊下を走れどもタカトの姿は見当たらない。
それどころか、守備兵たちとともにケテレツが意気揚々と肩を振りながら歩いているのがみえたではないか。
ケテレツに付き従う守備兵たちの腕には、ぐたりと意識を失ったビン子が脇を抱えられながら引きずられていた。
真音子はとっさに脇の廊下に飛びこんで、その様子を伺った。
――どうして、ビン子さんが……
しかし、守備兵の周りを見渡すも、いつも一緒にいるはずのタカトの姿は見えない。
タカトとビン子、いつもケンカばかりしているくせに、いつも一緒なのである。
どこに行くにも常に一緒。
まるで、恋人。
いや、一心同体であるかのように常に行動を伴にしていたのだ。
そんな二人を常に見てきた真音子にとって、ビン子の存在は常にうっとおしいものであった。
ビン子さえいなくなれば……
ビン子さえいなくなれば、タカトは自分のものに……
そんな思いすらしていた。
だが今、実際に、タカトと離れたビン子を見ると一抹の不安が湧きおこってきてしまう。
――どうして、ビン子さんだけ……
常に一緒のものが一緒にいない。
その違和感……
なにかよからぬ力が働いたと考えるのが普通である。
よからぬ力……
その瞬間、真音子の頭を嫌な予感がよぎった。
――もしかして……
もしかしたら、既にタカトは殺されてしまっているのではないだろうか。
そして、一人だけ残ったビン子だけが捕らわれた。
あのケテレツの気味悪そうな笑顔だ。
きっと、女の子を捕えてあんな事や、こんな事、とても乙女の口からは言えないようなことをするつもりに違いないのだ。
う……うらやましい……
そんな……はしたない事……私がタカト様にしてもらおうと思っていたのに……
どうして、ビン子さんが……
あっ! 相手はタカト様ではなかったですわね!
という事で、お楽しみの価値のない男は邪魔だと言わんばかりにポイ!
そんな妄想を振り払うかのように真音子は頭を振った。
――大丈夫、きっと大丈夫……タカト様はきっと大丈夫……
でも、タカトがどこに行ったのかは全く分からない。
ではどうする。
簡単なことだ。知っている人間から直接、聞けばいいだけの事。
そう、いつも一緒にいるビン子なら当然、タカトの事を知っているはずである。
ならビン子の口から真実を聞くまでは、まだ、タカトが死んだと確定したわけではないのだ。
真音子は、ビン子奪還、いや、ビン子の口からタカトの所在を聞き出すことを決意したようである。
そんな真音子の影が、音を忍ばせそながら守備兵とケテレツの後をそっと追い始めた。
なにも知らぬケテレツたちは、地下の奥にある大きなドアを押し開けた。
部屋の中には、ぽつんと一つ明かりがついているのが見えた。
いや、それ以外にも、小さな明かりがいくつかついたり消えたりしているが、部屋全体を照らすにはその光は弱すぎた。
真音子は、ケテレツたちが入っていった薄暗い部屋の中へと、自らの体を滑り込ませた。
薄暗い部屋の片隅で膝をつき、部屋の様子をひっそりと伺う真音子。
暗闇にだんだんと目が慣れてきた。
どうやらその部屋は、思った以上に大きいようである。
地下のフロワーが、一つの大きな部屋になっていた。
体育館ほどの大きなスペースがあるようだ。
その一角に、先ほどの部屋を照らす一つの明かりがぽつんとついているのである。
ケテレツと守備兵たちは、ビン子を連れてその明かりのもとへと近づいていった。
守備兵たちがビン子の体を、恐る恐る頭の上へと担ぎ上げていく。
まるで、それは神への貢物をするかのように仰々しい。
——何をするつもり?
真音子は固唾をのみこみながらその様子を伺う。
⁉
だが、次の瞬間、真音子は驚いた。というか、固まった。
——あれは何?
守備兵の手の上で横たわるビン子の体の元に、どこからともなく長い触手のようなモノが何本も伸びてきたのだ。
その触手の太さは、人の腕ほどはあるだろう。
そんな生々しい触手が何本も、ぬるぬるとした体液を垂らしながらビン子の体にまとわりついていくのだ。
——気味悪い……
口を押えて悲鳴をこらえる真音子。
先程、食い散らかされた死体を見てもなんとも思わなかった真音子。
そんな真音子でさえ、悲鳴を上げそうになるぐらい異様な光景だったのだ。
「どうだ! 3000号、新たな素材だぞ!」
その様子を嬉しそうに見つめるケテレツ。
にやけた笑顔から、ニヒヒという声が聞こえてくる。
よほどうれしいのであろう。
ビン子が美人だから?
いや違う、先ほどケテレツはビン子が神、すなわちノラガミであることに気が付いたのである。
異形のモノを作ることを愛してやまないケテレツ。
そんなケテレツは、人と魔物の融合実験の成果を超えてみたかったのである。
魔の融合国の魔人騎士ヨメルは、神と魔物の融合実験を行ったと聞いている。
結果できた実験体は、目的とした神の力の制御と言う面では失敗だった。
だが、ソフィアと言う稀有な融合体を生み出したのだ。
そして今、ケテレツの目の前に立つソフィアは知性を持っている。
ソフィアは、いかにすれば安全に自分の空腹を満たすことができるのかを考えることができるのである。
ソフィアは行動の根源は、空腹を満たす食欲である。
その欲求を満たすために常に考えるのである。
ケテレツは、こんなソフィアを目の前にして、これが失敗作であるとはとても思えなかった。
神と魔人の融合はできる。
――ならば……
いまやケテレツの中では、ある種、ヨメルに対して嫉妬にも近い感情が芽生えていた。
――アイツにできるのであれば、俺はもっとすごい物を。
今のケテレツは、神と人間、いや、神と異形のモノの融合体を作り出そうとしていたのである。
そう、この地下の研究室は、その融合体の研究所であったのだ。




